第92話「鉄扉の門番」
手榴弾が炸裂する。白い光が周囲に広がり、ゴーレムたちは糸が切れたように崩れ落ちる。衝撃も風もないけれど、その威力は絶大の一言だった。
とはいえ、とても強力な爆弾だけど、それだけでなんとかなる程状況は優しくない。
「はぁああっ!」
ユリが動く足場に殺到してくるゴーレムたちを槍で薙ぎ払う。隣ではアヤメが鉄拳を振り翳して次々と重厚な鉄の鎧を着込んだゴーレムを吹き飛ばしていた。
ラインの上に乗って進むにつれて、集まってくるゴーレムの武装もいかめしいものに変わっていく。だんだんと手榴弾の白い光にも耐える個体が増えてきた。彼らは一様に鎧を着込み、手には長柄の武器を携えている。
「アヤメ、武器は手に入りましたか」
「雷撃警棒を入手しました。爆砕刺突杭は互換性がないため装備できませんね」
混乱に乗じてアヤメはライン上を流れる武器を手に入れていた。いつも彼女が使っている雷撃警棒の、さらに能力を強化したもの。それが一本、メイド服のエプロンに無造作に突っ込まれている。
「それでは、ラインの奥に向かいましょう」
ユリの合図で僕らは動く足場の上を走り出す。ラインと自分の足でより早く第四階層を駆け抜けていく。前後左右から続々と押し寄せてくるゴーレムを退けながらの強行軍だ。
「ユリ、しゃがんで!」
「はいっ」
赤い髪が揺れる。その向こうにむかって手榴弾を投げる。
きっかり三秒後、激しい閃光が薄闇を塗りつぶしゴーレムを弾き飛ばす。次の瞬間には槍を握ったユリが飛び出し、猛獣のようにゴーレムを蹴散らした。
「ヤック様、お怪我はありませんか?」
「二人のおかげでね。アヤメも気をつけて!」
アヤメは自身の周囲で籠手をグルグルと旋回させていた。ラインの下から迫り来るゴーレムを次々と吹き飛ばし、圧壊させる。豪快な戦い方にも関わらず、緻密な動作だ。
「ヤック様。武器庫は施設内でも重要な区画となっており、警備も厳重である可能性は高いです。慎重に気を引き締めてください」
「分かってる。僕も探索者だからね」
ラインを駆け抜けて、狭い通路へと入る。先行したユリが潜伏していたゴーレムを蹴散らしている。僕とアヤメは彼女のフォローに入り、蜘蛛のように脚を伸ばすゴーレムを叩き潰した。
「際限がないね」
「それだけ重要なものを守っているということです。この先に進めば何か見つかるでしょう」
狭い通路に入ったことでアヤメは特殊破壊兵装を納めざるを得なくなる。代わりに手にしたのは、手に入れたばかりの新しい雷撃警棒だ。ゴーレム用に作られたというそれを、彼女は改めて眺めてひとつ頷く。
「ヤック様、しゃがんでください」
「えっ? うわぁっ!?」
アヤメがおもむろに雷撃警棒を振る。僕に向かって。咄嗟にしゃがんだ瞬間、背後から飛びかかってきた蜘蛛型ゴーレムが真っ二つに焼き切れて落ちていった。
新しい武器の威力は十分らしい。打撃武器だったはずの雷撃警棒が、まるで切断武器のようにゴーレムを切り裂いている。
「最大出力で使えば、ゴーレムの装甲も破壊できるようですね。使用時間は短いですが、代わりはいくらでもあります」
バチバチと強い稲妻を纏う雷撃警棒を振り回し、快刀乱麻を断つ勢いでゴーレムを退ける。それだけの破壊力が無限に続くわけもなく、雷撃警棒は何度か振り回すと力を失ってしまうけれど、アヤメはすぐに足元を転がる別の警棒を拾って持ち替えた。
舞台は狭い通路に変わったけれど、アヤメやユリを凌ぐ勢いでゴーレムを打ち落としている。心なしか、新しい武器を手に入れて喜んでいるようにも見えた。
足場をよじ登ってくるゴーレムを撃退しながら進むと、やがて終着地が見えてきた。
「マスター、あれを!」
「大きな扉だ……。あそこが武器庫かな?」
足場の上を流れる武器が種類ごとに選別されて、ゴーレムによって運ばれていく。その先にあるのは大きくて頑丈な鉄の扉だ。十中八九、そこが僕らの目的地でもある。けれど当然、一筋縄ではいかない。
「ヤック様、お下がりください」
「あれは我々にお任せを」
アヤメとユリが構えるほどの相手。門番のように扉の前で待ち構える大きなゴーレム。その姿は翼の生えた鬼人――ガーゴイルと呼ばれる魔獣に酷似していた。
身の丈に相応しい戦斧を構え、燃えるような眼をこちらに向けている。
「とりあえず、手榴弾投げるよ!」
こちらも武器はあるんだ。
拾い集めていた手榴弾を勢いよく投げる。綺麗な弧を描いてガーゴイルへと飛んでいったそれは、きっかり三秒後に閃光を弾けさせる。普通のゴーレムならば、それで一発のはずだった。しかし――。
「やはり効きませんね。防護手段があるようです」
「ゴァアアアアアッ!」
閃光を受けたガーゴイルは翼で自身を包み込んだ。地下に広がる迷宮の奥でなぜそれが必要かと思ったら、身を守る盾だったらしい。手榴弾の閃光を凌いだ鬼人が怒りの咆哮を突き上げる。
「ユリは支援に回ってください。あの躯体では槍も通らないでしょう」
「くっ……。分かりました」
ガーゴイルは全身が頑強な鋼鉄でできていた。一目するだけで槍や剣では分が悪いと分かる。アヤメとユリは即座に役割を決めて、向こうが動く前に走り出す。
僕にできることといえば、周囲を見渡して何か異変がないかと目を凝らすことくらいだ。背後からは変わらずゴーレムが迫ってきているし、それを時々手榴弾で追い払う必要もある。
「はっ!」
「ガアアアアアッ!」
背後で両者が激突する音がする。アヤメの握った雷撃警棒がガーゴイルの戦斧と打ち合った。雷撃が周囲に広がり、余波を受けたゴーレムがもんどりうって沈黙する。アヤメはそれを一瞥もせず目の前に立ちはだかるガーゴイルに連撃を叩き込んだ。
ガガガガガッ、と熾烈な打撃音。そのたびに空気を叩くような稲妻が迸る。
しかしガーゴイルもタフだ。アヤメの連撃を受けてなお構えを崩さず、なおも攻勢を仕掛けてくる。
「ガアアッ!」
掠れた威嚇。
巨体に似合わず俊敏な動きで戦斧が地面を叩く。アヤメはスカートをふわりと広げて華麗にそれを避け、地面に深い亀裂が放射状に走った。
「ユリ、アヤメはあのガーゴイルに勝てると思う?」
「……状況は厳しいですね。アヤメも健闘していますが、装甲が突破できません」
ユリは有象無象を槍で散らしながら冷静に分析していた。
彼女の槍でも突破不可能なガーゴイルの硬い体を貫くには、新型とはいえ雷撃警棒では威力が不足しているだろう。“万物崩壊の破城籠手”なら可能性はあるけれど、それを展開している間、彼女は無防備になってしまう。
なんとかしてガーゴイルの動きを、少しだけでも封じることができないか。
周囲を見渡し、思案する。そして、それに気が付いた。
「ユリ、あれなら何とかなるかな」
「マスター?」
懐から刻印魔石を取り出す。虎の子の爆裂魔法が刻まれた魔石だ。
それを握りしめ、僕は高く離れた天井を見上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます