第155話「求めるもの」
五十年前、前触れなく発生し多くの死傷者を出した魔獣侵攻。その原因が、塔と融合を果たした人工知性ジンによるものだった。ロックの語った真相はにわかに信じ難い。これが事実ならば、他の迷宮でいつ同じようなことが起きてもおかしくはないのだ。
「ジンは間違いなく人工知性の最高峰です。他の施設で同様のことが起きる可能性は、逆に低いと言えるでしょう」
この事件はジンが優秀な知性を宿していたからこそ発生したものだとロックは言う。
「ジンは今、エネルギーを探しています。肥大化した自分を支えられるだけの莫大なエネルギーを」
「エネルギー?」
その言葉にどきりとする。
咄嗟にアヤメたちを見ると、三人も同じことを思ったようだ。
「ロック、僕らがここに来た理由をまだ教えてなかったよね」
ヒマワリは難しい顔をしているけれど、僕は話すことにした。僕らがここに来た理由。かつてこの施設に貸し出され、いまだ返却されていないアイテム〝紅光の墜星〟について。
「僕たちは〝紅光の墜星〟というものを探しに来たんだ。第二の〝大断絶〟の原因にもなりかねない危険なものだから、回収するために」
「……なるほど。やはりそうだったんですね」
ロックは意外にも驚かなかった。彼自身も〝紅光の墜星〟の存在は知っているようだ。
無尽蔵のエネルギーを生み出す強力なアイテム。それがあれば、ヒマワリがずっと大人の姿でいられるどころか、ジンが無数の機装兵を完全な支配下におくこともできる。
「先ほど現れた機装兵も、あなた方の目的は察しているのでしょう。だから、あっさりと引き下がったのだと思います」
「つまり舐められてるってこと?」
「……」
逆に言えば、今もまだ〝紅光の墜星〟は見つかっていない。迷宮を掌握しているはずのジンでさえ見つけられない場所に、巧妙に隠されているのだ。それならば、むしろ僕らが手出ししないほうが安全とも言えるかもしれない。
「〝紅光の墜星〟は、私も探しているのです。ジンは必ず、最後にはそれを見つけ出すでしょう。それまでに私がそれを手にいれ、始末しなければならないのです」
「簡単に言ってるけど、そんなことできるの?」
「状況は非常に厳しいですね。なにせ、私は一人ですので」
訝るヒマワリに、ロックは素直に吐露する。あまりにも勢力に差がありすぎる。いくらロックがバトルソルジャーだとはいえ、向こうは同じ機体を無数に支配しているのだから。
「それに、ジンは〝紅光の墜星〟を手に入れる以外にも目的を達成する手段があります」
「無限のエネルギーが別に用意できると?」
「ええ。――あれです」
ロックが指差したのは、塔の外側。廃墟の街並みのさらに向こう。この迷宮一帯を覆う大結界だった。五十年間、魔獣侵攻は拡大を続けていた。それを押し留めていたのはあの大結界だ。
時の魔法使いによって構築され、アヤメによって初めて解き明かされた不壊の壁だ。
「あの外には、世界が広がっている。何より太陽の光がある」
「勢力を広げていけば、いつか収支が均衡するという算段ですか」
魔獣侵攻のきっかけは事故だったけれど、今やジンの支配圏を押し広げる手段となった。大結界を乗り越え外に広がれば、それだけで生み出せるエネルギーも増えるという。その究極となるのは、世界全域を包み込む魔獣侵攻の災禍だ。
「正直、猶予はあまりない。あなた方が大結界を通り抜けられるということを証明してしまった。ジンはすでに、その解析を始めていることでしょう」
「しかし、あの結界を抜けるには条件を満たす必要がありますよ」
「私はそれを知りませんが、ジンはいつか突き止めるでしょう。――あなた方が襲われないのは、それまでということでもあります」
ユリの反論も、ロックは即座に封じる。
危険は、僕らが思っているよりも早く近くまで迫っていた。
「ロック、〝紅光の墜星〟はどこにある可能性が高いんだろう」
難しいことを全て理解できたつもりはない。けれど、今しなければいけないことは分かった。ジンよりも早く、〝紅光の墜星〟を見つけて手に入れなければいけない。そうでなければ、再び〝大断絶〟が起きてしまう。
僕らには〝紅光の墜星〟がどこにあるのか、その可能性すら検討できない。ロックもジンも五十年探し続けて見つけられていないのだから、よほど巧妙に隠されているはず。
「……私に分かるのは、おそらくあの施設内のどこかにある、ということだけです」
ロックは心苦しそうに言葉を絞り出す。あまりにも範囲が広く、危険だった。〝割れ鏡の瓦塔〟の中は正真正銘、ジンの掌の上だ。それでも、虎穴に入らなければ虎子は得られない。
「ロック、僕らも協力するよ。一緒に〝紅光の墜星〟を見つけよう」
「ちょっとヤック! こいつの事信用していいの?」
手を差し出す僕に、ロックさえも意外な顔をする。ヒマワリは反対の意を示しているけれど、僕の心はもう決まっていた。
「もしロックが敵なら、僕らにできることはないよ。〝割れ鏡の瓦塔〟の中がどうなっているのかさえ、僕は分からないんだ。だったら、少しでも可能性のある方に賭ける」
「アンタ……たまにとんでもないことするわね」
呆れているのか怒っているのか、ヒマワリは僕を見て大きなため息をつく。
「分かりました。私はマスターのご意志に従うのみです」
「ヤック様の決断です。私はどこまでもご一緒いたします」
ユリとアヤメもそう言って受け入れてくれる。場合によっては彼女たちも危険に晒す行為だ。けれど、ここで失敗したら元も子もない。選ぶ手段に限りがある以上、どれほどリスクがあろうとも、選ばなければいけない。
「というわけでロック、案内を頼んでいいかな」
「それは……構いませんが……」
ロックの手を握る。ゴツゴツとした、男らしい手だ。
「なに、迷宮遺物を探すのは得意なんだ。実のところ、アヤメも僕が見つけたんだよ」
あれはほとんど偶然というか、奇跡みたいなものだったけど。引きの強さも探索者には重要な資質と言える。
ちらりとアヤメの方を見るも、彼女はいつもの冷静な表情のままだ。少しくらい、反応してくれてもいい気がするんだけど。
彼女はともかく、ロックは僕の言葉を聞いて驚いた顔をしたあと、すぐに笑みを浮かべた。白い歯がきらりと輝き、爽やかな表情だ。
「探索者の方々の力はよく知っているつもりです。存在を気取られないように、苦労しましたから」
彼の方から、手を握り返される。
そうして僕らは共に迷宮に挑むこととなったのだった。
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