第156話「〝割れ鏡の瓦塔〟へ」
無限のエネルギーを生み出す〝紅光の墜星〟を、ジンよりも早く見つけて手に入れなければらない。そのために僕は〝割れ鏡の瓦塔〟に詳しいロックと手を組むことに決めた。
今は宙に浮かび上がり、どこから入るのかも分からない巨大な塔のどこかに、僕らが探しているものがあるはずだ。
「その前にひとつ、確認しておきたいことがあります」
いざ〝割れ鏡の瓦塔〟へ挑むといった直前、ユリが手を挙げて口を開いた。彼女はロックの方を向き、疑問を口にする。
「あなたがジンの支配下に置かれていないという確証も得られていませんが、今はその前提で進めるとしましょう。しかし、〝割れ鏡の瓦塔〟はジンの領域であるならば、そこにあなたや我々が入った瞬間に取り込まれるという可能性はないのでしょうか」
施設長から全ての実験を引き継いだ人工知性ジン。それは実験の成果を追い求めて暴走した。その結果、彼は〝割れ鏡の瓦塔〟そのものとロック以外の機装兵を取り込み、肥大化している。
重要なのは、ジンが機装兵を支配下に置く力を持っているということだ。もしそれがロックやアヤメたちにも及ぶのだとしたら、これから行うことは自殺行為に他ならない。
「その点については安心してもらっていい。ジンが機装兵を支配するには、機装兵自身がアクセスセキュリティを開放しなければならない」
「つまり、自ら望まない限りは支配されないと?」
「ああ。――逆に言えば、私の同僚は皆、望んで身を投じたわけだが」
遠い目をして、かつての仲間のことを思い返しているのだろう。もし、他の機装兵たちが自らその身をジンに捧げたのだとすれば、なぜロックはそうしなかったのだろうか。また一つ、彼の不思議なところを見つけた。
「結局、みんな疲れていたのかもしれない。七千年を生き延び、けれど進展はなく、外からやってきた人間たちからは身を隠し、遂にはマスターたる施設長も喪ってしまった。蟻の一穴で堅固な城壁が崩れるように、いや、立派な壁のように見えて内側はもう穴だらけだったのかもしれない」
ひとり、また一人と去っていく仲間を、彼はどんな気持ちで見送ったのだろう。そういえば、彼はアヤメやユリと比べても感情が豊かなような気がする。何を感じて、どう思ったのだろうか。
ロックの胸中を推し量ることはできない。けれど、七千年という悠久の時間を過ごしたなかで、僕の想像を絶するような経験をしていることは確実だ。外見だけならアヤメたちと同じく二十代の青年に見えるのだけど、その言葉の端々にたしかな重みを感じた。
「分かりました。ひとまずは、あなたのことを信頼しましょう」
ロックの言葉に嘘や偽りがあるようには思えなかった。ユリもそれを感じ取ったのか、彼の主張をそのまま受け入れる。
「それじゃあいよいよ迷宮に挑戦するわけだけど、どこから入ればいいのかな」
もともと〝割れ鏡の瓦塔〟を目指して浮島を渡ってきたわけだけど、どこから内部に入ればいいのかまでは見当も付いていなかった。ここは周辺一帯を熟知しているロックに案内を委ねることにする。
「ゴーレムたちが整備のため出入りする通用口があります。そこから内部に入りましょう」
彼はそう言って、早速動き出す。隠れ家にしていた浮島を離れ、間近に聳える巨大な塔へ。
四角い柱のような形をして、その表面に無数の窓を並べる巨大な構造体は、改めて見ると圧倒される。これの全てをジンという一人の存在が掌握しているのかと思うと、目眩さえしてきそうだ。
「こちらです。足元に気をつけて」
浮島の周囲に点々と散らばる瓦礫を飛び移っていく。時にはアヤメたちの手も借りながら。間下を見れば思わず悲鳴を上げてしまいそうなほどの高さだけど、いい加減に慣れてきた。というより、ロックたちがあまりにも平然と危なげなく飛び移っていくせいで感覚が麻痺してきたような気もする。
「この土地の異常も、魔獣侵攻が原因なのでしょうか」
ふわりとメイド服のスカートを広げながら跳び、アヤメが周囲を見渡して言う。空中に巨大な塔や廃墟が浮かんでいる状況はどう考えてもおかしい。魔法にしたって、こんな天変地異を引き起こし続けるようなものはそうないはずだ。明らかに自然の摂理から反した現象で、アヤメも興味を覚えたようだった。
「第一一一施設では時空間の制御や解明に関連する実験が多くおこなれていました。空間歪曲や時空間捻転、重力制御などの空間構造力学もその一分野なのですが、魔獣侵攻の際にこれらの技術を用いた何かが暴走したのでしょう」
「へー」
ロックはすらすらと澱みなく解説をしてくれるけれど、やっぱり意味はほとんど分からない。逆にアヤメたちはそれだけで十分理解できたようで、質問も返さない。結果として、何も知らない僕だけが置いていかれることになる。
「この異常も、大結界が壊れたら外に広がるのかな」
「そのはずです。どれほどの勢いで拡大するかは分かりませんが」
すでに大結界の解析を始めているはずのジンを思い、背筋が寒くなる。それと同時に、こんな異常さえも押さえつける大結界の頑強性にも舌を巻く。
「ロックは時の魔法使いを知ってる? あの大結界を構築した人なんだけど」
ふと気になって、尋ねてみる。魔獣侵攻が勃発し、時の魔法使いによって食い止められたその時も、ロックはここにいたはずだ。もしかしたら謎に包まれている時の魔法使いについて何か知っているかもしれない。そんな期待からだった。
けれど、僕の予想に反して彼は首を横に振る。
「当時は〝割れ鏡の瓦塔〟内部も騒然としていましたから。私は施設の保守管理を担当していたこともあり、重要区画を走り回っていて、外の様子はなにも見ていないんです」
「そっか……。残念だけど、しかたないね」
そう都合のいい話もないということだろうか。少し落胆しつつも、そういうものかと納得もする。時の魔法使いがまた現れてくれたら、今回の問題も案外あっさり解決するのだろうか。
ないものねだりと知りつつも、ついついそう思ってしまう。
「ヤック様、あちらのようです」
「おわっ」
そんな考え事に意識を逸らしていると、目の前で振り返ったアヤメのお腹に鼻先からぶつかってしまう。メイド服越しに彼女の柔らかいお腹の感触を感じて、思わず声を上げる。慌てて飛び退いてみれば、彼女は相変わらず平然としていた。
アヤメは僕の挙動も意に介さず、目前に迫った〝割れ鏡の瓦塔〟の足元を指し示す。宙に浮かび上がった巨大な迷宮は、本来の入り口として使われていた場所は瓦礫によって埋まってしまっている。けれど、ロックの言ったとおりゴーレムが入れる程度の小さな隙間がいくつか空いていた。少し窮屈そうだけど、あそこから中には入れそうだ。
「まずは私が先行しましょうか」
「ユリでもちょっと狭くないかな。とりあえず僕が――」
「マスターを先に行かせるわけにはいきません」
ここは小柄な僕が率先して動くのがいいだろうと思ったけれど、そんな提案は満場一致で却下される。ユリだけでなくアヤメやヒマワリ、ついでにロックまで揃って首を横に振った。
それなら誰が行くべきかと言う話になるけれど、そこで手を挙げたのはヒマワリだった。
「ここで一番小柄なのはわたしでしょ」
「だ、大丈夫?」
「馬鹿にしないでよ。わたしは第二世代よ?」
ついつい心配してしまう僕に、ヒマワリは短機関銃型に変形させた特殊破壊兵装を掲げてみせる。あれならば狭い場所でも取り回ししやすいし、威力も十分だと言いたいらしい。
「ささっと安全確保してあげるから、アンタたちはゆっくり待ってなさい」
ヒマワリはそう言って、塔に開けられた小さな穴へと潜り込んでいった。
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