第157話「魔窟の中」
「大丈夫かなぁ」
銃を抱えたヒマワリが潜り込んでいった穴を見つめ、つい心配の声を漏らしてしまう。彼女が出発して、実際はまだ数分といったところだろうけど、それが何倍にも長く感じる。
ロックは自ら望まない限りジンに取り込まれることはないと言っていたけれど、その確証も実際のところはない。もしヒマワリが……、などと考えただけでも胸が苦しくなってくる。
「あまり心配なされない方がいいですよ。ヒマワリはなんだかんだといって、第二世代のハウスキーパーですから、能力は折り紙付きです」
「それは分かってるつもりなんだけどね」
ユリの慰めも、頭では理解しているはずなんだけど。やっぱり、自分とそう背丈も変わらない少女だからか心配が勝ってしまう。さっきから穴の中から何の音沙汰もないという事実も、余計に焦らせてくる。
「アヤメたちはよく平静でいられるね」
「申し訳ありません。このような状況で取り乱すと、迅速な行動が取れない可能性もありますので」
「いや、うん。大丈夫だよ、分かってるから」
いつも冷静沈着なアヤメがハラハラとしている方が余計に不安になるかもしれない。そう言った意味ではこんな状況でも涼しい顔をしている彼女たちが頼もしくもあった。
ヒマワリのことを強く信頼していれば、僕もあれくらい堂々として待っていられるのかもしれない。
「でも、やっぱり心配だなぁ……」
なかなか合図のこない穴を見つめ、ため息をついたその時。
「アヤメ、ユリ! 早く来なさい!」
「ヒマワリ! ちょっと待って、今ふたりを――」
穴の奥から待ち侘びた声がする。ただし、それは切迫した早口で、僕ではなくアヤメたちを呼んでいる。僕が立ち上がってアヤメたちを呼ぼうと振り返ったその時、他ならぬ二人が競うように穴へ飛び込む。
「うわぁっ!?」
「二人とも、ヒマワリのことが嫌いなわけではないようですね」
驚くほど素早い二人の動きに驚いていると、ロックが口元を緩めながらやってくる。
「我々も追いかけましょう。加勢しなければ」
「そ、そうだね。よしっ!」
ロックに背中を押してもらい、穴の中へ。狭いなかを這うようにして進むと、ユリの足が見えた。彼女は僕よりも大きな体をしているけれど、それでも滑らかに体を動かし、するすると進んでいっている。
穴は思ったよりも長く続いていた。暗くてよく分からないけれど、アヤメとユリが前を進んでいることで先に続いていることだけは分かる。
そして、
「出れた!」
「危ないから頭引っ込めなさい!」
「ひええっ!?」
ついに穴の終端にたどり着き、薄暗くも広々とした空間に頭を出した瞬間、ヒマワリの鋭い声が飛んできた。慌てて反射的に身を縮めると、頭頂のすぐ側をヒュンと何かが掠めた。
「ひええっ!?」
「カカカカカカカッ!!!」
「ええい、ウザったいわね!」
これでも喰らいなさい、とヒマワリが猟銃の引き金をひく。散弾が周囲にばら撒かれ、薄暗い塔の内部を縦横無尽に飛び回る小さな影をバラバラと撃ち落とした。
「建築補修用の自律機械ですね。まったく、小型のものばかり」
「拳で潰せばサイズも関係ありません」
ヒマワリの背後ではユリとアヤメが交互に攻撃を繰り出していた。彼女たちを取り囲むのは、激しい羽音を響かせる大きなハチに似た鋼鉄の魔獣の群れだった。それはアヤメたちに狙いをつけると、尻の先から鋭い針を次々と飛ばして攻撃している。
アヤメは鉄拳でそれを粉砕し、ユリは軽やかに針を避けながら逆に槍で貫いている。それぞれのスタイルの違いを見せながら、空中に群れる敵を次々と撃破していた。
僕はせめて彼女たちの支援にと、荷物の中から刻印魔石を引っ張り出して投げる。ほのかな光を放つ魔石をばら撒けば、暗い迷宮内でも視界を確保できるという寸法だ。
「いい加減に消えなさい。目障りよ!」
ヒマワリが吠えながら一網打尽に撃ち落とす。それでも鋼蜂はどこからか際限なく湧き出てくる。足元に倒した蜂の残骸が散乱し、だんだんと戦いにくくもなってくる。
僕は穴の中から少しだけ頭を出し、周囲を見渡す。これまでの定石通りなら――。
「いた! アヤメ、右上のほう、天井!」
「っ! ――せぁあああああっ!」
見つけたのは、他の蜂と比べて尻がでっぷりとした個体。明らかに一線を画する特殊な姿は、群れを統率するボスに違いない。僕の声に素早く反応したアヤメが、それを見つけて拳を繰り出す。
「ダメだ、素早い!」
けれど、間一髪。その蜂はアヤメの腕を掻い潜って逃げる。見失ったら、また際限なく襲われてしまう。どうにかして倒さなければ。
「とっ、とりゃあああああっ!」
無我夢中で、僕は近くに落ちていたものを手に取る。思い切り投げてから、それがアヤメの打ち落とした蜂の残骸だと気が付いた。固い金属片が真っ直ぐに飛び、逃げるボス蜂へ。その太った体に直撃する。
「ビィィガガガガガガッ!」
不意を突けたのか大きく揺れて悲鳴を上げる蜂。
あまりにも大きな隙を晒していた。
「これで終わりよ。死になさい!」
猟銃を構えたヒマワリが叫び、引き金を引く。
弾丸が放たれ、螺旋を描きながら迫る。機敏な蜂とて、それを避けることは叶わない。
「ビァアアアアッ!」
耳をつんざくような絶叫をあげ、爆発四散。
その瞬間、周囲の蜂の群れも糸が切れたかのようにボトボトと地面に落ちて動かなくなった。
「まったく、とんでもない目に遭ったわ」
恨みのこもった勢いでボス蜂を蹴飛ばしながら、ヒマワリが吐き捨てるようにいう。穴を抜けてみてみればそこは蜂型ゴーレムの巣になっていたらしい。一人で戦うとなると、散弾銃でも大変だっただろう。
とにかく、彼女が刺されて腫れたりしていないことは良かったといえるだろう。針を飛ばすような蜂が、毒を持っているかどうかは分からないけど。
「おや、終わってしまいましたか」
「お前は何をしてたのよ!」
片がついた後で穴からひょっこりと現れたのはロックだ。彼は周囲の惨状を見て、目を丸くしている。どうやら、彼も穴の内部については知らなかったらしい。
ヒマワリがプリプリと怒ると、彼は頭に手を当てて謝っていた。
「申し訳ない。私も武器さえあればもっと戦えるんだが」
「……そういえばお前は武器も持ってないわね。バトルソルジャーのくせに」
僕らを襲ってきた、彼と同型のバトルソルジャー。ジンの配下になった彼は剣を携えていた。けれど、ロック自身は出会った時から丸腰だ。おそらく、格闘もかなり強いのだろうけど、蜂を相手にするには相性がわるい。
「この施設の特殊破壊兵装はジンが隠している。それに、私に武器を与えるような真似もするはずがない」
「それもそうね。じゃあ道中で適当に見つけなさい」
相変わらず上から目線で言うヒマワリ。ついハラハラしてしまうけれど、ロックは気分を害した様子もなく素直に頷く。
「ロックもやっぱり槍の方がいいのかな?」
「バトルソルジャーは得物を選びません。とはいえ、彼も第二世代ですから、自己進化の過程で得意となった武器はあると思いますが……」
気になって同じバトルソルジャーのユリに聞いてみると、彼女も興味がありそうな顔で言う。武器を持った男性型バトルソルジャーの実力がどんなものなのか、しかもロックはユリよりも遥かに経験が深い。どちらかといえば、聖女様に近い実力があるかもしれないのだ。
期待も膨らませながら、僕たちは迷宮の奥へと足を向け――。
「えっ?」
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