第154話「破綻する人工知性」

 身長はアヤメよりも少し高い。軽く波打った金髪に、機装兵らしい青い瞳。儀礼的な制服に身を包みながら、その手には金属製の剣を携えている。武器の有無はともかく、その外見はさっきまで悲しげな表情を浮かべていたロックと寸分違わず同じものだった。


「BS-02M111N99。同僚はいなくなったと述べていたのは、虚偽のようですね」

「違う。色々と……今は説明している暇はないんだ」


 静かに怒りを湛えるアヤメに対し、ロックは苦しげに呻く。その間にも突如現れたロックと同型の機装兵は剣を構え敵意を剥き出しにする。

 容姿はロックと全く同じなのに、纏う雰囲気が全く違う。


「ユリ、気を付けてくれ! そいつは――」

「お前は黙ってなさい。余計な真似したら射殺するわよ!」


 走り出そうとするロックに、ヒマワリが銃口を突きつけて制する。直後、浮島に立っていた謎の機装兵が剣を振りかざして地面を蹴った。


「そのような明け透けな太刀筋で――。舐められたものですね!」


 真正面からの直線的な攻撃に、ユリは憤りを感じながら応じる。槍を繰り出し、剣を弾き返そうとしていた。

 だが、


――キィンッ!


「なっ!? くっ、重たい……っ!」


 両者の武器が重なった時、金属の衝突音が周囲に広がる。それと同時にユリが予想とは異なる手応えに眉を上げて驚いていた。軽く叩いて敵の手から弾き飛ばすこともできたはずなのに、むしろ彼女の方が手に痺れを感じているようにも見える。

 機装兵は槍に刃を押し付け、不適な笑みを浮かべる。


「男性型のパワーに、女性型が勝てるはずがないだろう。フレームの頑強さも人工筋繊維の搭載量も、何もかもが違うのだ!」

「ぐぁああっ!?」

「ユリ!」


 数秒の鍔迫り合いの後、弾き飛ばされたのはユリの方だった。アレクトリアの神殿で聖女さまと鍛錬を積み、これまでの旅の中でも多くの経験を糧にしてきたはずの彼女が、真正面から押し負けている。


「死ねぇ!」


 体制を崩したユリの喉元に容赦のない剣先が迫る。機装兵はなんら躊躇することもなく、同じ機装兵であるユリを――。


ダァンッ!


「まったく世話が焼けるわね! 一対一とか勘違いしてるならぶん殴るわよ!」

「……ふん。厄介な武器だな」


 剣の腹を的確に叩いた弾丸に、機装兵が仏頂面になる。その隙にユリはこちらへ合流してくる。

 アヤメはロックに目を向けているが、ユリとヒマワリはもう一人の機装兵を油断なく睨みつけている。流石に二対一ではおいそれと手が出ないのか、その男はこちらへ踏み出してこない。

 代わりに、彼は不敵な笑みでこちらを見下ろす。


「五十年ぶりの賓客だ。せいぜいゆっくりとしていくがいい。――BS-02M111N99、人類最後のマスターをせめて丁重にもてなすことだな」


 そう言って、機装兵は高く跳躍する。ユリとヒマワリが後を追いかけようとするも、その姿は無数に浮かぶ浮島のどこかへと消え、早々に見失ってしまった。

 後に残されたのは、警戒心を露わにするアヤメたち。そして、彼女ら三人に囲まれ項垂れるロックの姿だけだった。


「とりあえず説明してもらいましょうか」


 憤慨するヒマワリに、彼は拒否権すら持たない。不用意なことを言えば即座に眉間に穴を開けられそうな緊張感のなか、彼は口を開いた。


「たしかにあれば、元々はロック隊の同僚として活動していた機装兵です。識別番号は分かりませんが七十番代から八十番代ほどの、比較的私と近い者だと思います。――それはあまり関係ありませんね」

「なぜあれは我々に刃を向けて来たのか。何よりも、マスターに殺害予告とも取れるような事を言い放ったのは許し難い蛮行です。是非とも詳しい説明を」


 静かに怒りを滾らせるユリ。その焦土のような気配を感じたか、ロックは頷く。


「我らのマスターであった施設長は、七十年前に亡くなりました。しかし、その後も彼の遺志によって研究は続行された。――その際に必要となるのは、数々の実験を管理する責任者の存在でした」


 マスター亡き後も実験を進めるためには、マスターの代理となって研究を牽引する存在が必要だった。しかし、機装兵がマスターの代わりを務めることはない。それは、根本の能力として、できないことだ。

 だからこそ、施設長は極限まで自身の命を長らえさせていた。

 だが、遂にその命脈も尽き果て、研究は途絶の危機に立たされた。


「そもそも、さまざまな延命措置を施すなかで、フェイルセーフとしてバックアップは用意されていました。それが、ジンと呼ばれる人工知性です」

「人工知性……? 人工知能とは違うの?」


 僕にはどちらもよく分からないものだったけど、ヒマワリはその違和を目敏く指摘した。ロックは狼狽えることなく頷き、答える。


「ジンは施設長の記憶、記録、思考の全てを可能な限り完全に模倣した、高度な精密模倣です。人間と遜色のない知性的存在として生み出され、また人間の有する寿命という枷から脱することを目されていた存在です」

「施設長の死後、研究の責任は全てジンに引き継がれたと?」

「ええ。それがジンの役目でしたから」


 そして施設長の死後しばらく、ジンは実際に問題なく研究を進めてきた。多くの機装兵、ゴーレム、そして施設そのものの管理と統御を一身に担い、何ら問題なく順調に。


「施設では常に複数の実験が実施され、それらすべての監督をジンが担っていました。当初はたしかに、施設長が存命の頃よりも研究効率は高まっていました。これは否定し難い事実と言えるでしょう」


 その物言いが、後の暗雲を予測させた。僕の推察は大外れというわけでもなく、ロックは「ただし」と否定から続ける。


「そもそも人間の全てを完全に模倣することなど、我々の技術ではできなかったのでしょう。――研究を引き継いで十年経ったころには、少しずつジンに不調が見られ始めました」


 ジンは十年間休むことなく研究を見守りつづけてきた。それだけでも人間の所業ではないと思ってしまうが、実際はそれだけに留まらない。見守るだけでなく考察し、検討し、改善するのだ。思考し続けることを強要され、難解で茫洋とした課題に挑むことを強いられた。

 ジンに与えられた施設長からの指示は、『研究を続けよ』という一言だけだったという。

 彼はその指示に応えるため、働き続けた。計画と検証と分析と反省のサイクルを回し続けた。自身が少しずつ歪んでいることに、気付いていたのかさえ定かではない。


「やがてジンは気付きました。あるいは、発狂したと言ってもいいかもしれません。――無限の実験を終わらせるには、指示を与え監督する自分と、実際に働く機装兵や自律機械とが分離していてはならないのだと、そう考えたようです」

「それって、考えすぎじゃない?」


 人の知性を模倣したはずのジンが繰り出した結論は突飛なものだった。ヒマワリの遠慮のない一言に、ロックは苦々しく頷く。


「私もそう思います。理論上はその方が良いこともあるでしょうが、実際にはとても多くの弊害が考えられます。机上の空論としても出来が悪い」

「でも、ジンはそれを実行に移したのですね?」

「ええ。そういうことになります」


 ジンはまず、施設の根幹であるダンジョンコアと融合した。莫大なエネルギーの供給源となる心臓部を取り込むことで、施設そのものを自身と同一にした。

 その話を聞いて、僕は思わず塔を見る。無数の窓が整然と並ぶ四角い塔は、不思議な建築様式だ。大地から浮かび上がり、不自然でもある。ただの建造物だと思っていたこれまでは特に感じなかった異様な雰囲気を感じるようにさえなった。


「あれそのものが、ジンなの?」

「そう言って差し支えないでしょう。ジンはその後、機装兵を、ゴーレムを、手当たり次第に取り込み、自身の制御下に置きました」


 使役するのではなく、文字通り自身の手足とするために。マスター契約よりも強固な関係で、彼らを拘束していったという。その勢いは凄まじく、ロックの仲間たちも次々と取り込まれた。けれど、そのうちに異変が表出してきた。


「手当たり次第に取り込んだ結果、無理が生じたのです。結果として実験の統括は難しくなり、至る所で支障をきたすようになりました。これまでは指示さえ与えればよかったところを、自分で手も動かさなければならなくなったのですから、当然でしょう」


 人工知性は高性能だが万能ではない。ロックは端的にそう言い表した。

 無理に他者を取り込み肥大化し、本末転倒な結果に陥ったジンは、遂に最大の失敗を引き起こす。


「それが、五十年前の保全違反。――あなた方の言う魔獣侵攻です」

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