第153話「かつての迷宮」

「私はBS-02M111N99。あの施設で働いていた、しがない機装兵です」


 滑らかに語られた数字の羅列。アヤメたちも持つ、自身の所属を示すものだ。それを聞いたアヤメは訝しげに眉を寄せる。


「第一一一施設にバトルソルジャーが?」

「危険な実験も多くてね。ハウスキーパーだけじゃ手が足りなかったらしい」


 話を聞くに彼はバトルソルジャー、ユリと同じ戦闘特化型の機装兵であるようだった。そもそも男性型の機装兵というものを初めて見た僕は、ついまじまじと視線を向けてしまう。

 厚い胸板にがっしりとした肩。長めの金髪が優しげな雰囲気を醸している。かなりの長身で、黒い燕尾服を着ている。瞳はアヤメたちと同じ、機装兵らしい澄んだ青をしていた。


「あなたがこの機装兵たちのマスターか。間一髪、間に合ってよかった」

「あ、ありがとうございました。あのまま死ぬかと……」


 思い返してみても背筋がゾッとする。彼が助けてくれなければ、僕は今頃潰れて無惨な骸を晒していた。僕がいなければ、アヤメたちも真価を発揮することができない。僕らの旅は、あっけなく終わるところだった。


「えっと……」

「私のことは、ロックとでもお呼び下さい。同僚はもう、おりませんので」


 バトルソルジャーの男性あらため、ロックはあまりにも自然にそう言い放った。彼もまた、アヤメたちと同様にロック隊という部隊の一員だったのだろう。


「しかしまさか、人間とまた会えるとは。もう私は見放されたものとばかり」


 ロックは嬉しそうに目を細め、しみじみと言う。やはり大結界の内部に人間はいないのだ。


「ロック、あなたはここで何をしているのです。あなた以外の機装兵は全て行動不能となったのですか?」

「そうですね。こちらの話もしたいし、あなた方の話も聞きたい。少し、場所を変えましょうか」


 お互いに知るべきことは多い。ロックは周囲を見渡し、落ち着いて話ができる場所へ僕らを案内してくれた。彼は塔の周囲に浮かぶ島のひとつを拠点として使っていた。周囲から存在を隠すように木の枝を配置し、自然に溶け込むような姿をしている。

 食事を基本的に必要としない機装兵が身を休める場所ということで、小屋の中は軽く落ち葉が敷いてあるだけの質素な内装だった。


「ここならば伐採用自立機械たちに見つかることもありません。安心していただいて結構です」

「ここのゴーレムも暴走状態になってるの? 見たところは仕事に忠実なだけかと思ってたけど」


 ロックの言葉に違和感を抱いたヒマワリが首を傾げる。ゴーレムと魔獣は現代の僕ら探索者にとっては同じ括りにある存在だけど、彼女たちからすれば歴然とした差がある。そもそもゴーレムは施設の補修などに使われていたもので、機装兵に味方する側のものというのが基本の認識なのだ。

 ヒマワリの故郷である〝黒鉄狼の回廊〟ではゴーレムが暴走状態にあり、それもあって魔獣として討伐されていた。


「暴走状態というのは少々異なります。説明すると複雑になるのですが、普段は真面目に働く庭師たちですよ」


 ロックは何やら奥歯に物が挟まったような言い方をする。


「とにかく、私にとってもアレらが少々厄介なのは正しいです。三原則の第一項がなくなったものと思っていただければ」

「たしかに、盗伐者への対処としてもまずは警告から入るのが常道でしょう。私もゴーレムについて認識がずれていますね」


 ユリが自戒するように言葉を噛み締める。

 とにかく、あのゴーレムたちはロックにも問答無用で襲いかかるような状態になっていると考えていいようだ。


「まず確認したいのですが、あなたとはどの程度の知識が共有できているのでしょうか」

「七千年ほど前に発生した災害が〝大断絶〟と呼ばれ、その直後に文明が壊滅状態になったことは辛うじて。その後は施設の上層部で活動していたため、ほとんど動向は掴めていませんでした」

「この塔がダンジョンとして利用されてたことも?」

「ダンジョン、魔獣、〝割れ鏡の瓦塔〟といった単語についてはある程度把握しているつもりです」


 ロックの来歴を軽く整理する。彼はもともと第一一一閉鎖型特殊環境大規模実験施設で働くバトルソルジャー型の機装兵だった。この施設も例外はなく〝大断絶〟に巻き込まれ、施設の大部分が損傷を受けたらしい。

 生き残ったバトルソルジャーとハウスキーパーは、ゴーレムを用いながら施設の補修と研究を並行して続けた。施設として優先度が高いのは上層部の方だったようで、彼らは足元で人間たちが町を作り、迷宮として知られるようになった塔に挑んでいることには遅れて気が付いた。

 それが、今からおよそ二百年ほど前のことだという。


「外部から現れた人間と接触するべきかという問いは常にありました。しかし検討の結果、施設長は非接触を選んだのです」

「施設長?」

「まさか、〝大断絶〟を生き延びた人間がいたのですか?」


 アヤメたちが反応したのは施設長という言葉。それの含意するところは、少なくとも二百年前まではこの施設の責任者となり得る存在がいたことだ。

 絶望視されていた、〝大断絶〟以前の人間の存在に、彼女たちが取り乱すのも分からないわけではない。

 ロックは注目を浴びながら、しっかりと頷く。


「ええ。この施設の責任者であり、全ての研究の統括管理者でもあった方――私のマスターがあの荒波を乗り越え生き残っていました」

「その、方は……」


 彼の話しぶり、表情から少なからず察する。ロックは過去を思い返し、懐かしむような、悔やむような顔をしていた。


「あらゆる延命措置を施して来ましたが、ついに限界を迎え、七十年ほど前に逝去されました」


 冷たい沈黙が室内に広がる。

 一瞬見えたはずの光明は、はるか過去には消えていた。〝大断絶〟以前の時代を知る人間であることを考えれば、想像を絶する長寿となったことに違いはないのだけど。もう少し、あと少しでお互いが顔を合わせることもできたのではないかと考えてしまう。

 そこでふと思ったのは、施設長が亡くなったのが七十年前という事実だ。〝割れ鏡の瓦塔〟で魔獣侵攻が発生したのは五十年前のこと。それまで七千年にわたって――後の二百年は探索者たちの侵入も許しながらも――迷宮は正常に機能していたという事実だ。魔獣侵攻が発生しなかったのは、施設長の存在もかなり大きいのではないか。そんな気がした。


「私を含め、その時まで稼働状態にあった機装兵には研究の続行が命じられました。この施設で行われる実験はどれも非常に重要な意味を持ち、そこから得られた知見を基にすれば〝大断絶〟の原因究明や復興への足掛かりも得られる、と施設長は考えていたようです」

「魔獣侵攻……。施設街に実験体が流出したのは、実験の失敗が原因なのですか?」


 〝割れ鏡の瓦塔〟で発生した魔獣侵攻の原因については現在も謎とされていることが多い。一般的に魔獣侵攻は内部の魔獣の数が過剰に増大し、迷宮内部の環境だけでは受け止めきれなかった時に発生するものとされている。けれど〝割れ鏡の瓦塔〟は有数の迷宮都市が築かれるほど人気の迷宮で、常に大量の魔獣が狩られていた。魔獣が枯渇する心配はしても、増えすぎることを心配する必要はなさそうだ。

 そもそも施設長が存在していた時は魔獣侵攻も発生していないのだ。彼の死後、たった二十年で魔獣侵攻が発生したことは、そこに何かの原因が潜んでいることを示唆している。

 ロックはアヤメの追求を受けて難しい顔になる。否定も肯定も選びづらいといった雰囲気だ。


「施設が制御不能となったのは――」

「待ちなさい。何かが近づいて来てるわ!」


 ロックが重たげに口を開こうとした矢先、ひまわりが立ち上がって叫ぶ。即座に動き出したのはユリとアヤメだ。それぞれの得物を手に取り、耳を澄ませる。

 直後、


「ヤック様、伏せてください!」

「うわああっ!?」


 アヤメが僕の手を引き地面に押し倒す。次の瞬間、凄まじい轟音と共に背後の壁が崩れ、舞い上がる粉塵が視界を覆い隠した。


「アヤメ! みんな、大丈夫!?」

「せやあああああっ!」


 呼びかけに応じる暇はなく、ユリが猛々しい声と共に壁の向こうへ飛び込む。ガキンッと甲高い金属を叩きつける音が響き、彼女が何者かと接触したことを知った。


「ヤック殿、こちらへ!」


 小屋の戸口に立ったロックがこちらに手を伸ばしている。アヤメとヒマワリが両脇を固めるなか、僕は急いで外へと飛び出す。


「ふん、女型のバトルソルジャーとは珍しいな」

「……警告もなく奇襲するとは、すでに暴走状態にあると捉えて良いようですね」


 外では小さな浮島に飛び移って槍を構えるユリが見えた。そしてもう一人、別の浮島からこちらを見下ろす存在も。それを見た途端、僕たちは驚きの声をあげてしまった。


「ろ、ロック!?」


 そこに立っていたのは、ロックと全く同じ姿形をした男性型機装兵だった。

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