第46話「街角の行列」

「う゛ぅ……」


 朝っぱらから調子に乗って麦酒を飲んだ僕は、呆気なくも酒精に負けていた。こんがり焼いてもらった魚や魚醤の香りが鼻をくすぐる貝を、まだ美味しさを感じられるうちに食べられたのがせめてもの救いといった感じだ。

 呆れ顔の店主から水を貰い、一気に飲む。緩い水が喉を撫で、少しだけ気分もさっぱりする。


「ヤック様、ご無事ですか?」

「無事は無事だよ。アヤメもちゃんと食べてる?」


 せっかく景気良く乾杯までしたのに、アヤメには心配をかけてしまった。僕に構わず食事を楽しんでと言っても、なかなかそういうわけにもいかない。

 それにしても、我ながらお酒に弱すぎる。昔はそうでもなかったと思うんだけどなぁ。元々好き好んで飲むほどではなかったし、探索者仕事だと二日酔いする訳にはいかなかったから、しっかりと飲むのは久しぶりだ。


「ははっ。姉ちゃんの前で調子に乗るのも分かるが、酒はガキが呑むもんじゃねぇよ」


 囲炉裏の灰を掻きながら店主のおじさんが笑う。僕は重たい頭を抱えながら、自分はもう成人していることを示す。ギルドの会員証を見せると、彼は驚いた顔で目を剥いた。

 そういえば、お酒を頼むといちいちからかわれるのも、遠のいたきっかけだった気がする。少し身長が低いだけで、厳しい店だと頼んでもジュースしか出てこないこともあった。


「まあ、今日は一日休みだしね。たまにはこういうのもいいよ」


 頭がフラフラするだけで心地よい酩酊感はある。しばらく休めば苦しいのも落ち着くだろうし、ふわふわした状態で観光するのもいいだろう。

 アヤメは真剣な顔で僕の様子を見ているが、危険はないと判断したのか、肩の力を抜いた。


「お気をつけください。アルコールへの反応には個体差があります。ヤック様はかなり影響を受けやすい体質であるように見受けられます」

「分かってるよ。僕が酔っ払って眠ったりしたら、アヤメによろしく頼むよ」

「かしこまりました。その時はお任せください」


 一人で酔い潰れるのは不安だが、アヤメがいるなら安心だ。彼女はお酒を飲んでも酔わないらしいし。

 水を飲み、しばらくすると酔いも落ち着いてきた。美味しい魚料理を出してくれた店主のおじさんにお礼を言って通りに出る。朝から少し時間を潰し、明るくなった通りには既に多くの人通りがあった。


「うっ、人が多いね」

「はぐれないように手を握ってください」


 人混みで酔いそうな気がしてたじろぐ。アヤメはすかさず手を差し出してきた。身長差のある彼女と手を繋ぐと姉弟のように見えて大変不本意なのだけど、いたしかたない。僕は白手袋に包まれたアヤメの手を握り、人混みのなかに繰り出す。


「ヤック様、この後の予定は考えておられますか?」

「そうだね。とりあえず霊廟を回ってみたいかな」


 神聖都市アレクトリアのシンボルを聞けば、十人のうち十人が町の中央にある大神殿と答えるだろう。しかし、それだけがこの町の全てというわけではない。大神殿を取り囲むように四つの霊廟が置かれ、さらに各地に大小いくつもの神殿が散らばっている。

 アレクトリアの神殿やその関連施設を全て巡ろうと思えば、一日二日では到底終わらない。広大な土地にある歴史深き町には、それだけのものがある。

 四つの霊廟は、アレクトリアの歴史を刻む場所でもある。そこを訪ねれば、都市の地下にある迷宮“銀龍の聖祠”に関する情報も効率よく集められるだろう。


「直接“銀龍の聖祠”に潜るのは難しいのでしょうか」

「ここのダンジョンは魔獣も出ない安全なところだから、それもアリなんだけどね。やっぱり探索者としては、できるだけ事前情報を集めた上で迷宮に挑みたいんだよ」


 優秀な探索者はぶっつけ本番で初見の迷宮に挑むことはない。それは勇敢さではなく蛮勇、愚かな行為であることを知っているからだ。どれだけ自分に自信があって、どれだけ迷宮に住む魔獣が弱いと思っていても、できる限り詳細かつ信頼できる情報を事前に集める。

 質のいい情報を集めることが、生死を分けることも多々あるのだ。

 “銀龍の聖祠”は聖女様の加護によって魔獣が存在しない稀有な迷宮となっている。それでも迷宮である以上、やっぱりできるだけ情報を集めておきたい。


「ですが、昨夜宿泊した場所も“銀龍の聖祠”の一部分です」

「うぐ。それはそうなんだけど……。それとこれとは別というか」


 アヤメには痛いところを突かれる。大神殿は丸々ダンジョンの一部だ。だから僕らが宿泊した、あの地下の大穴も“銀龍の聖祠”といえばそう。でもあれば探索をしようと思って入ったわけじゃないし。

 もごもごと口の中で言い訳をしながら、僕はアヤメの手を引く。


「とにかく。霊廟に行こうよ。アヤメと一緒にいろんな所を見てまわりたいんだ」

「……。かしこまりました。どこまでもお供致します」


 少し乱暴だったかと思ったけれど、アヤメは素直に頷いた。

 ここから一番近いのは町の東にある“龍鱗の霊廟”だ。僕はガイドブックを広げて、向かうべき方角を定める。

 そして人混みを掻き分けて進もうとしたその時、何やら周囲が騒がしくなる。


「アヤメ、何かあった?」

「調査します」


 悲しいかな、周囲の人よりも背が低い僕はほとんど視界が埋まっている。しかたなくアヤメに尋ねると、彼女は周囲をぐるりと見渡した。僕と違って背の高い彼女は、人混みに囲まれていても問題なく遠くを見通すことができる。うらやましい。


「ヤック様」

「なに? うわっ!?」


 アヤメは背中から僕の両脇に手を差し込んだかと思うと、そのまま軽々と持ち上げる。突然視点が高くなり、僕は思わず足をばたばたと揺らす。けれどアヤメは一切動じず、そのまま僕を支え続けた。


「ちょ、アヤメ? 何を――」

「前方をご覧ください。神官らしき行列があります」


 アヤメに言われて気がつく。昼前の大通りを白い服に身を包んだ神官がずらずらと練り歩いている。その周囲には武装した神殿騎士らしい姿もあり、厳重な警備体制だ。


「あれは」


 長い神官たちの行列のちょうど中央あたり。屈強な男たちが駕籠をかいて運んでいる。白い駕籠は美しいが、中になにがあるのかは分からない。大きさからして人が一人か二人は入りそうだけど。

 僕はガイドブックのページをめくり、何か情報がないか調べる。そしてすぐに、それらしい記述を見つけた。


「あれ、聖女様が移動する時の行列みたいだよ。神殿騎士と側近を伴って、町

の中の各神殿に行くんだって」


 駕籠の中は見えないけれど、周囲の人々は恭しく頭を下げている。中には地面に膝をついて祈りを捧げている人もいた。


「あれが聖女様か……」


 いったい、あの駕籠の中にはどんな人が座っているのだろう。できれば、その素顔を一度くらいは拝見したい。

 胸の奥から湧き出す好奇心は、駕籠がゆっくりと遠ざかり、見えなくなっても収まらなかった。


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