第66話「広がる魔境」

 ――そして、いよいよ第五階層探索の目処がついた。予測と検討を重ね、聖女様とも何度も相談し、アヤメやユリと打ち合わせをして、色々な物資を補給した上で。

 装備を整え、完全武装となった僕たちは、緊張を高めながらもその日を迎えた。


「それじゃあ行こうか」

「気をつけてな。ヤック殿」


 聖女様に見送られながら、第三階層を出発。第四階層で何度か魔獣との戦闘を繰り返し、肩慣らしをする。そして最奥にあるアシッドスネイルの巣を通り、第五階層へと下る。

 ここから先は未知の領域。聖女様ですら現状を把握していない領域だ。

 けれど、頭の中に地図は叩き込んでいる。そして、それはおおよそ一致している様子だった。


「マギウリウス濃度が規定値を超えています。これより先は事前の計画通り、“万物崩壊の破城籠手スクラップ&デストロイ”を展開します」


 第五階層の入り口に立ち、アヤメは両腕に大型の籠手を纏う。青い光を帯びた物々しいその武器こそ、僕と契約を結んだ彼女だけが扱える特殊破壊兵装だ。消耗の大きい完全起動はしていないからダンジョンの壁をぶっ壊せるほどではないものの、通常起動でも魔獣に対して十分な威力を発揮する。


「ここからは私も本格的に戦闘に加わります。ユリ、協力戦闘の立ち回りに注意しなさい」

「了解しました」


 第五階層からは手加減をする理由がない。ユリだけに敵を任せるのではなく、アヤメもしっかりと戦ってもらうことになる。それだけで、とても頼もしい。

 もちろんユリも、僕が準備を進めている間に何もしていないわけではない。第四階層では単独での戦い方を磨いていたけれど、ここからはアヤメとの連携も重要になってくる。というわけで、彼女と二人で聖女様と模擬戦をするという形で修練を積んでいた。

 おかげで、槍を手にアヤメと並ぶ彼女は、すでに歴戦の雰囲気を醸し出している。


「気を引き締めていこう」


 第五階層はいっそう重苦しい空気に満ちている。

 基本的な構造は第四階層とそう変わらないけれど、壁や床に迷宮植物が根付き、崩れかけた構造物も見て取れる。ダンジョンそのものは頑丈でも、それに付随する他のものは普通に風化して朽ちていくのだ。


「前方から敵。初遭遇の相手です」


 アヤメが淡々と報告をあげる。早速、第五階層からお出迎えが来たらしい。

 僕は余計な見栄を張らず、さっと後方へと下がる。その方が二人が戦いやすく、かえって楽に状況が進むのだ。パーティで重要なのは役割分担。なのでこれはおんぶに抱っこというわけではない。


「ガァッ! ガァッ!」

「推定、ハウリンググーズ。ヤック様、耳の保護を」

「うん。あとはよろしくね」


 現れたのは大きな鳴き声を上げる焦茶色の鳥。その怪音は鼓膜を破るどころか、人の神経を乱すほどの力を持つ。更に以前のスラッグドッグの例に漏れず、これも“銀龍の聖祠”の特別仕様のようだった。


「ガァアアッ!」

「くっ!」


 一息で放たれた大声。空気の衝撃は砲弾のように迫る。両腕を前面に構えたアヤメがそれを受け止めたけれど、わずかに後方へ押し下げられるほどの威力だ。小さく圧縮した空気の砲弾を放つというのは、魔獣図鑑には書いていなかった。けれど、聖女様からその話自体は聞いていた。だから、アヤメも対応できた。

 僕は急いで耳栓をして対策を取る。ハウリンググーズが生息していることは事前に分かっていたから、すぐに装備できるように用意しておいたのだ。

 アヤメたちの声が聞こえなくなるけれど、問題はない。僕が前を向いた時には、すでに二人は動き出していた。


「――ッ!」

「――!」


 先んじて駆け出したユリが、槍を突き込む。ハウリンググーズがそれを避けようと翼を広げたところへ、アヤメの鉄拳が叩き込まれれる。ふらつく鳥は無防備に隙を晒す。そこでユリが槍を突き立てる。動きを封じられたところで、アヤメが頭を潰す。

 間断のない鮮やかな連撃だ。ハウリンググーズは断末魔さえ上げることを許されず、絶命した。


「流石だね、二人とも」

「この程度であれば問題ありません」

「まだ同調が不完全です。まだ歩速が調整できるでしょう」


 ユリが槍を振るって胸を張る。けれどアヤメは満足してなさそうだ。


「まだまだ先は長いからね。二人とも安全第一でよろしく」

「かしこまりました」

「了解しました」


 少し勿体無いけれど、ハウリンググーズを解体している暇はない。僕らは足並みを揃えて、第五階層の奥地へと突き進んでいく。

 通路は事前の情報通り十分な広さだ。アヤメはもちろん、ユリの槍も問題なく振るえるだけの余裕がある。けれどそれは魔獣にとっても戦いやすい環境であることを意味する。

 しかも厄介なことにハウリンググーズは戦闘時に大きな声を上げて周囲にその存在を知らせるのだ。最初の戦闘から息つく暇もなく、連戦が強いられる。


「前方から敵影。ハウリンググーズとスラッグドッグの混群です」

「マスター、お気をつけください」


 更に魔獣たちも確実に賢くなっている。

 新たに現れたのはハウリンググーズ二匹とスラッグドッグ三匹の群れだ。異種族同士が一つの群れを構成するのは、ダンジョンそのもののレベルが一段階上がったことを示す。彼らが一つの魔獣種だけの群れとは異なり、協力という社会性を獲得していることの証左だからだ。


「ガァアアアアッ!」

「グラウッ!」


 ハウリンググーズの大声量と同時に、スラッグドッグが鉄牙を繰り出す。合計五体の魔獣に対し、アヤメとユリだけでは手が足りない。ハウリンググーズを抑えようにも、スラッグドッグが前衛として接近を阻むのだ。


「二人とも、目を閉じて!」


 閃光が迸る。

 直前に目を守ったアヤメとユリはそれを凌ぐが、言葉を理解しない魔獣たちは光の奔流を真正面から受ける。眼球を焼く鮮烈な白がダンジョン内の暗闇を一瞬だけ晴らし、すぐに消えた。

 後に残るのは悲鳴を上げてもんどり打つ魔獣たちのパニックだ。


「助かりました、ヤック様」

「支援は任せて。刻印魔石はたっぷり用意したからね」


 腰に吊った妖精銀の剣は扱えないけれど、刻印魔石を投げるのは得意だ。背中のリュックには、この日のために用意した刻印魔石が各種大量に詰め込まれている。

 魔獣は体内に持つ魔石を使い、原始的な魔法を使う。僕は魔法こそ使えないけれど、人間はその知恵と技で誰でも魔法が使える便利な道具を生み出した。刻印魔石と呼ばれるそれは、魔獣から手に入れた魔石に特殊な回路を刻み込むことで、特殊な力を発揮するものだ。

 閃光の刻印魔石によって目を焼かれた魔獣たちは、アヤメとユリによって一方的に狩られる。連携も協力もないただの獣を追い立てるのに、二人はさほど苦労もしない。


「よし、打ち合わせ通り一気に駆け抜けよう。最初のポイントまで行くよ」

「かしこまりました」

「了解です」


 五匹の群れを飛び越えて、僕らは猛然と走り出す。向かう先はすでに三人で共有している。第五階層そのものの構造も大きく変化はしていない。ならば、もう迷うことなく進める。

 事前の入念な打ち合わせの中で、特殊破壊兵装がありそうな場所にはいくつか目星は付けていた。そこを順に回っていくのが、大まかな作戦だ。


「十分に気を付けてね。特殊破壊兵装がある場所は魔力濃度が高いから――」


 入り組んだ迷宮を走り、時には物陰に潜んで魔獣の群れをやり過ごし、慎重に奥へと進む。その道程で、僕は今一度アヤメたちに忠告をする。

 特殊破壊兵装は、それそのものが強い魔力を秘めた迷宮遺物で、魔力もそれに吸い寄せられるように集まってしまう。故に、それがダンジョンのどこかに落ちているとするならば、その周囲は他と比べてもいっそう魔力濃度が高い場所ということになる。

 そして、ダンジョンの常としてそういった場所は……。


「第一候補地到着。やはりフロアボス級の魔獣が居座っています」


 見上げるほどの巨躯。赤黒く岩のように硬い肌。血管の浮き上がる筋肉。長い二本の牙が鋭く屹立し、手には粗野な棍棒を携えている。凶悪な鬼面。

 候補地はダンジョンの中でも生態系の上位に君臨する強力な個体の縄張りとなっている可能性が十分に考えられた。


「ジャイアントオーガ。“老鬼の牙城”のボスほどではないですが、強力な個体のようです」


 物陰に隠れたままそっと様子を窺い、アヤメが冷静に分析する。

 “銀龍の聖祠”は最下層ですらないにも関わらず、ボスに匹敵する魔獣が当たり前のように存在する魔境だった。

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