第9話「望まれぬ帰還」
おじさんたちの制止を振り切って、パセロオルクの中に入る。一目散に向かうのは、この町の中心でもある探索者ギルドだ。
木造二階建ての立派な建物は、“老鬼の牙城”に潜る探索者を記録している。
「フェイド!」
ドアを蹴破る勢いでギルドの中に飛び込む。荒い呼吸を繰り返し、なかなか声が出せないでいる僕に、無数の視線が突き刺さる。まるで幽霊でも見ているかのような、そんな顔だ。
「ヤックさん!?」
第一声を上げたのは、カウンターに立つ受付嬢のマリアだった。彼女は細い銀縁の眼鏡の奥で目を大きく見開き、手に持っていた書類の束をバラバラと落とす。そして、それを拾うこともなくカウンターを飛び越えて駆け寄ってきた。
「ご無事だったんですね!」
「むぐっ!?」
視界がギルド職員の青い制服で埋まる。彼女に頭を抱きしめられたのだと気付くのに、少し遅れた。
窒息しそうになってもがいていると、マリアははっと気が付いて解放してくれた。それでも、僕の頬や頭に手を当てて、実在しているのか確かめようとしている。
マリアに遅れて、他の職員や探索者たちもにわかに騒がしくなる。そんな異様な様子に不安を募らせていると、マリアがそっと僕の肩に手を置いた。
「ヤックさん、落ち着いて聞いてください」
エルフ特有の笹型の耳をピンと張り、翡翠色の瞳をこちらに向けて。マリアは何か重大なことを告げようとする。
「――貴方は死亡届が出ています」
その言葉が理解できたのは、慌てた様子のギルド職員が僕の登録証を持ってきてくれた時だった。僕が探索者ギルドに所属していることを示す書類に大きく押された死亡の赤い判を見て、それが現実だと理解する。
「フェイドさんたち“大牙”の皆さんによって申請され、先ほど受理されました」
「そんな……」
探索者の死亡届が、そのパーティメンバーによって提出されることは多い。そして、確認もされず受理されることも。わざわざ危険な迷宮へ出向いて確認するのも多大な手間が掛かるからだ。
でも、それが虚偽だと発覚したら、提出者には相応のペナルティが下る。そうでなくとも、内輪揉めであるという噂が流れ、今後の活動はかなり難しくなるはずだ。
それなのにフェイドは僕の死亡届を出した。救難隊の要請もせず。
その理由を考えて、すぐに思い至る。
「あ――」
未踏破領域の存在だ。
枯れた迷宮と呼ばれて久しい“老鬼の牙城”で見つかった未踏破領域。そこにはまだ見ぬ財宝が眠っている可能性が高い上に、第二階層のスポットから続くという分かりやすさもある。
フェイドたちが準備を整え再度挑戦するまで他の探索者に取られたくないと考えるのは妥当だ。そして、何より――。
「ヤック……?」
聞き覚えのある声に振り返る。そこには、装備を整えたフェイドたちが立っていた。
「フェイド」
「お前……生きて……なんで……」
彼の表情が険しくなる。
彼らにとって、僕は死んだはずの人間だ。なぜなら、未踏破領域でオークの群れに襲われていたのだから。フェイドたちですら逃げ出すほどの相手に、僕が敵うはずもない。
そう考えると、彼らが死亡届を出したのも妥当かもしれないと思ってしまう。
それでも、すでに分かっていた。
本来、フェイドたちがするべきことはギルドに報告し、救難隊を要請することだ。しかし彼らは僕を見捨て、死んだと判断し、未踏破領域を独占することを優先した。
その事実を理解して、僕の頭は急速に冷えていった。
「そうだ! リュックは!? 戦利品はどうしたんだ? 三階層で仕留めたオークの! あれは持って帰ってるんだろうな?」
「フェイド!」
見当外れなことを言うフェイドを、ホルガが引き止める。ようやく周囲の状況を察した彼は、慌てて取り繕う。
「よ、良かった。これから、今から探しにいく予定だったんだ」
フェイドはぎこちない笑みを浮かべてこちらへ歩み寄ってくる。
けれど、僕は彼の歩幅に合わせて後ろに下がる。
「フェイドさん、奥で詳しい話を伺ってもよろしいですか?」
「なっ!? 待ってくれ。ち、違うんだ、これは……」
僕とフェイドの間に入ってくれたのはギルド職員のマリアだった。メガネの奥の瞳が鋭い光を放っている。
彼女だけじゃない。この場に居合わせた探索者たち全員が、フェイドに冷ややかな視線を浴びせていた。
パーティメンバーを見捨て、その死を偽った。この悪評は今後ずっとフェイドたちに付きまとうだろう。
「ま、待ってくれよ。ちょっとした行き違いなんだ。俺は、ヤックが生きてるって信じてたんだぞ?」
窮地に立たされたことを自覚して、フェイドは冷や汗を額に滲ませる。けれどもはや、彼の言葉をまともに聴こうとする者はいなかった。
「フェイド……」
「一旦、マリアに従った方がいいわ」
狼狽えるフェイドは、落ち着いたメテルたちに諭される。フェイドとは違って、背後の3人は悟ったような表情だ。
「嘘だろ。お前らだって! ヤック! てめぇのせいだ! お前が大人しく死んでたら!」
けれど、錯乱するフェイドは止まらない。混乱の末、あろうことか僕へと敵意を差し向けてくる。その言葉が何よりもの証拠となるのに、それすら気付かない。
「クソ! クソ! お前なんか!」
「フェイドをこちらへ」
フェイドが職員に拘束され、奥の部屋へと連れて行かれる。メテルたちも冷たい視線を受けながら、唯々諾々とそれに従う。
「ヤック様、荷物をお忘れですよ」
そこへ、張り詰めた空気を破るようにアヤメがやって来る。彼女は片手にトランク、そして僕のリュックサックを持ち、ひょっこりと現れた。
見慣れないメイド服の女性に、周囲がざわつく。
「ヤックさん、この方は?」
「ええと……」
マリアの当然の疑問に答えあぐねる。さっきの打ち合わせしたとおりの話で誤魔化すつもりだったけれど。
「実は、ギルドに報告したいことが」
僕は覚悟を決めて、口を開く。
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明日からは12時05分の1日1話投稿になります。
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