第58話「食中の談話」

 “銀龍の聖祠”の第四階層には、スラッグドッグをはじめ獰猛な魔獣が多く生息していた。しかも、その多くが他のダンジョンに生息しているものと比べて特異に発達した部位や能力を持っている。

 ただの魔獣と思って挑めば、その隙を突かれてしまう。常に慎重を期しながら進まなければならない探索は、初めて歩く場所であることを考えても疲れが増すものだった。


「アヤメ、ユリ。少し休憩しよう」


 疲れを感じたら、極力休む。例え仲間がまだ動けそうでも、自分の動きが鈍ってきたら、恥ずかしがらずに伝える。これも探索者がパーティで行動する際の鉄則だ。自分だけが、と言い出せないでいると、肝心なところで足を引っ張ってしまうこともある。


「かしこまりました」

「周囲に敵影なし。周囲の警戒は続けますか?」

「いや、ユリも入ってきて。ずっと緊張したままも大変でしょ」


 “銀龍の聖祠”にも安全地帯セーフティエリアはあったのは助かった。魔力濃度が著しく低い部屋の中には、魔獣達も入ってこない。緊張続きのダンジョン内で唯一、肩の力を抜ける場所だ。

 第四階層の途中で見つけた、古びた小部屋。魔獣の足跡も残っていないその部屋の魔力濃度を測ったところ、セーフティエリアとして使える場所であることが分かった。

 けれど、魔力濃度が低いということは、アヤメ達も力を出せなくなるということだ。セーフティエリアに入るとパーティとしての戦闘力は大きく減退するという、奇妙な状況になる。


「二人ともお腹空いてない? お昼ごはんにしよう」


 それでも、僕は無理を言ってユリを中に招く。そして、携帯コンロをリュックから取り出し、着火剤に火を付ける。ダンジョンに潜っているとついつい時間感覚を失ってしまうけれど、もう昼頃だろう。食事も探索者の基本だ。


「私は食事の必要が……」

「まあまあ。そう言わずに」


 ユリは困ったように眉を寄せる。アヤメもそうだけど、機装兵は魔力濃度の高い場所に居れば食事を必要としない。そもそも空腹というものも感じないはずだ。

 けれど、アヤメは慣れた様子で食事の用意を進めてくれている。


「マスターと食事を摂るのも、ハウスキーパーの役目です」

「そうなのですか?」

「うん。まあ、そんなに肩肘張るようなもんじゃないけど」


 アヤメとダンジョンに潜っているときも、僕一人だけ食事を摂るのは申し訳なさが込み上げてきていた。そんなわけで、彼女には無理を言って、一緒に食事をしてもらっていた。

 ダンジョンは持ち込める荷物にも限りがあるし、調理道具も乏しい。料理といっても、パンにハムとチーズを挟んだような、簡単なものになってしまう。それでも、軽く炙ってチーズを溶かせば、なかなか美味しそうに見えるものだ。


「はい、アヤメ。ユリもどうぞ」

「ありがとうございます」

「……ありがとうございます」


 簡単に組み立てたホットサンドを二人に渡す。自分のぶんも手早く作り、早速食べる。

 疲れた体には、こういう素朴な美味しさが滲みるのだ。


「食事はただの栄養補給ではありません。こうして共に楽しむことで、ヤック様との親交を深めることにも繋がるのです」

「なるほど」


 アヤメの解説を受けて、ユリはハッとする。そして、真剣な表情でホットサンドを見つめ、意を決して口をつける。


「どう、おいしい?」

「おいしい、です」


 じっくりと吟味するユリ。美味しいとは言ったものの、食事自体が初めての経験なのだろう。味を確かめるように、二口、三口と食べ続ける。ひとまず、吐き出すほど不味くはないようだ。

 隣を見ればアヤメも上品な所作で食べている。彼女が作る料理と比べれば大雑把なものだろうけど、ダンジョン内では僕が食事当番を任せてもらっている。いつもは彼女が作ってくれるから、こういう時くらい働かないと。


「ユリ、戦ってみた感触はどうだった?」


 食事とはただの栄養補給ではない。英気を養いながら、次に向けてパーティ内で情報を共有しておく大事な時間でもある。

 ユリは何度か魔獣との戦闘を繰り広げてきた。僕の目には危なげなく戦えているように見えていたけれど、本人が実際にはどのように考えているのか。


「魔獣について、事前の情報との大きな逸脱は見られませんでした。現状のままであれば、問題なく処理できるかと」

「なるほど。それは頼もしいね。……でも、この先もスラッグドッグばっかりって訳じゃないんでしょ」


 ユリは重々しく頷く。

 スラッグドッグは前哨戦に過ぎない。嗅覚に優れ、機動力があり、何より数の多い魔犬だからこそ、こんな浅い層にまで進出している。けれど、ダンジョンは奥に進めば進むほど、より力のある魔獣が待ち構えているものだ。


「第五階層につながる道にも、フロアボスはいるかな」

「おそらくは。――事前に情報も得ています」


 戦闘経験こそ浅いユリだけど、聖女様からある程度情報は得ている。彼女はホットサンドを完食した後、それを僕たちに話してくれた。


「第四階層のフロアボスとして可能性が高いのは、アシッドスネイルと呼ばれる魔獣です」

カタツムリスネイル?」


 名前から想起されるのは、ノロノロとした動き。とてもフロアボスとして階層の頂点に立てるような気はしない。けれど、ユリが――ひいてはこのダンジョンを熟知している聖女様がそう判断するのならば、それだけの理由があるはずだ。


「アシッドスネイルは強力な腐食液を撒き散らす魔獣です。動きこそ鈍いものの、体は堅固な殻によって守られ、それを破壊するのも困難でしょう」

「いざとなれば、私が粉砕しますが」


 す、と拳を握ってみせるアヤメ。たしかに彼女が“万物崩壊の破城籠手”を使えば魔獣の殻くらい軽く粉砕できるだろうけど……。


「ユリは勝てる?」

「いいえ」


 本来の目的を忘れてはいけない。フロアボスは、ユリに任せるべきだ。

 彼女は問いに対して即答する。自分の現在の技量と敵の情報を冷静に分析して、素直な結果を伝えた。


「それじゃあ、ユリが勝てるようにしないとね」


 第五階層に向かうには、ユリにフロアボスを破ってもらう必要がある。アヤメだけで突破しても、ユリを鍛えられない。


「ところで、ユリ」

「なんでしょうか?」


 アヤメがユリの方へと向き直る。その青い瞳が鋭くなった。


「そのような重要な情報は前もって共有しなさい。我々は集団で動いています」

「それは……。失念しておりました」


 しょんぼりと肩を落とすユリ。


「バトルソルジャーは単独戦闘が基本です。以後は、情報の伝達も優先度を上げて設定します」


 単独で戦うバトルソルジャーと集団で行動するハウスキーパーは、行動の優先順位も違う。彼女は今、その狭間にいる。


「こういう情報共有も、食事の重要な役割だからね。これからも積極的に会話してくれると嬉しいな」


 食事はただ漫然と食べるだけにあらず。事前にフロアボスの情報を共有できたのは、こうして休憩の時間を確保したからだ。

 ユリもこの時間の役割を理解してくれただろうか。


「それじゃあ、アヤメ。ユリがアシッドスネイルに勝てるようになるにはどうすればいいか、考えてくれる?」

「お任せください。最短最速で目標を達成できるよう教育プログラムを構築します」


 胸を張るアヤメ。

 そんな彼女の方をチラリと見て、ユリが少し不安そうな顔をした気がした。

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