第146話「待ち続ける理由」
ぶん、ぶん、と風を切る音がする。ユリが同じ姿勢のまま、幾度となく槍を繰り出し続ける音だ。その真横にしゃがみ込み、じっと槍の先端を見つめているのはアヤメだ。頬を赤くして、青い瞳をじっとむけている。
「いつまで続けるのよ、これ」
コップに注いだお茶を手にして呆れ顔をするのはヒマワリだ。アヤメたちがあの動きを始めてすでに数時間が立っている。その間にヒマワリは魔導具の残骸から使えそうなものを持ち出してきて、簡単な椅子とテーブルを用意した。さらに火を起こし、お湯を沸かし、お茶まで淹れてくれた。
すでに日は沈み、周囲に人里なんてものは何もない荒野は漆黒の闇に包まれている。ヒマワリの用意してくれた焚き火の炎だけが、僕らと周囲をオレンジ色に揺れる光で照らしている。
「ずっと続けてるってことは、止める理由がないってことでしょ。何か分かりかけてるんじゃないかな」
「それにしたって進捗が無さすぎるのよ!」
ヒマワリはむっと眉を寄せ、大きな声をあげる。それでもユリは一定のリズムで槍を繰り出し続け、アヤメは微動だにせずそれを観察し続ける。
僕はテーブル(円柱型の魔導具を輪切りにしたもの)の上に広げた手帳にペンを走らせながら、そんな彼女たちの様子を見守る。しばらくサリサリと紙に文字を連ねていると、不意に視線を感じた。
顔を上げると、不満げなヒマワリと目が合う。
「一番不思議なのはアンタよ、ヤック。昼間から何も進展してないのに、どうしてそんなに余裕があるのよ」
言われてみれば、そうかもしれない。客観的に見てみれば、僕らの状況は全く変わっていないどころか、物資を少しずつ消費している状況ですらある。それでも僕は心配をしていなかった。
「なぜって言われたら、アヤメたちを信じてるからかな」
不思議そうな顔をするヒマワリに思わず苦笑する。
僕は理外の法則で成り立つ大結界も、アヤメたちなら理解できるんじゃないかと思っている。それに対して、アヤメたちも真摯に向かってくれている。飽きることも休むこともなく、検証を続けてくれている。
これでさっぱり何も得られなさそうだったら、アヤメだって早々に中断しているはずだ。それよりも、何か別の方法で大結界を迂回できないかと考えるはずだ。けれど、彼女はそうしていない。
僕はこれまでの経験から、アヤメが無駄なことをするとは思えなかった。だからこそ、彼女を信じて待っている。
「全然結果を出さないのに、それでも信じられるの?」
ヒマワリの声が低く響く。彼女は疑うような、怯えるような瞳を僕に向けていた。
彼女は〝工廠〟と呼ばれる施設で働いていた機装兵だ。その主な役割は、実験段階の武器の検証だ。安全性が万全とは言い難く、実際に事故は頻発していたという。それでも彼女たちハウスキーパーは、当時のマスターの要求を受けて武器を使い続けた。
危険な仕事だ。むしろ危険だからこそ彼女たちに任せられた。
武器が爆発したら、修正すべき課題が見つかったと捉えられるのだ。完璧な武器を扱うのであれば、検証は必要がないのだから。
ヒマワリが生き残った理由も関連している。彼女は〝大断絶〟の発生直前に検証業務で身体を破損し、修理中だったのだ。だからこそ、他の仲間たちと命運を共にしなかった。
「ヒマワリも頑張ってきたんだよね」
「ちょ、ちょっと!? アンタ何やって――」
思わず彼女を抱きしめる。柔らかく波打つヒマワリの髪を撫でると、その下から慌てた声がした。
彼女は常に結果を出すことを求められていた。性格にもその環境が強く影響しているのだろう。そして、だからこそ延々と同じ動きを続けて進展の見られないアヤメたちに苛立ちを覚えている。
「あ、アンタね……馬鹿でしょ……」
ぽんぽんと頭を撫でていると、やがてヒマワリも抵抗の意をなくしたようで、こちらに身を委ねてくる。そうしながら、やっぱり呆れたような声でいう。
「ハウスキーパーはマスターに仕えるのが使命なのよ。存在意義とも言えるくらい。マスターの役に立たないようなハウスキーパーは不要なんだから」
「それなら、三人とも安泰だね。僕はヒマワリたちに何度も助けられてる」
「話聞いてた?」
彼女たちには返しきれないほどの恩と揺るぎようのない信頼がある。
だから、いくらでも待てる。
「――ヒマワリ、あなたの機体は見た目以上の重量がありヤック様の負担となります。今すぐにそこを離れなさい」
「うわぁっ!? あ、アヤメ!?」
ヒマワリを膝に乗せたままぼんやりとしていると、頭上から冷たい声が降ってきた。慌てて顔を上げると、そこにはまだ頬に赤みを残したアヤメとユリが並んで立っている。
「何よ、人を待たせてるんだから謝罪が先じゃない?」
「あなたも検証に協力して良かったのですよ?」
何やら雲行きがあやしい。僕は慌てて立ち上がり、膝の上に乗っていたヒマワリは転がるように落ちる。
「ま、まあ二人とも落ち着いて。それよりもアヤメ、もしかして何か分かったの?」
彼女が作業を止めたということは、進捗があったということだろう。期待を込めて尋ねると、アヤメはひとつ頷いた。
「〝万物崩壊の破城籠手〟で殴打した時に、結界表面上に極微細な歪みが生じました。それをより詳細に検証するため、ユリに手伝ってもらったのです。その結果――」
彼女の出した結論に、期待が高まる。
この後に続く言葉次第で、僕らの進退が決定するのだ。それを自覚してかどうかは定かではないけれど、アヤメは僕をじっと見つめながら口を開いた。
「大結界の構築に我々の時代と同水準の科学技術を根源とした理論の適用が考えられる、という可能性があることが判明しました」
「……えっと?」
つまり、どういうことだろうか。
あまりにも迂遠な言い回しに理解が追いつかないというか、結局の結論まで辿りつかない。首を傾げる僕を見かねて、ユリがそっと要約してくれた。
「つまり、解析と解除ができる可能性があることが、一応は確認できたということです」
「よ、喜んでいいんだよね」
「はい。――最終的な結論はまだ出せませんが」
なんだか煮え切らないというか、すっぱりとした結論じゃなくて唸ってしまう。でもとりあえず、首の皮一枚で繋がったという認識は正しいようだ。
アヤメは僕の隣にある椅子代わりの石に座り、
「ヤック様。私はこれから収集したデータの解析を行います。現在の計算リソースでは、解析完了にかなりの時間を要すると考えられますが、ご寛恕ください」
どうやら、彼女にとってはここからが本番らしい。
「もちろん。僕は応援することしかできないけど」
「ありがとうございます。――ユリとヒマワリは、ヤック様の警護とお世話を頼みます」
「お任せください」
「言われなくても!」
アヤメはユリとヒマワリに後を託し、休む間もなく目を閉じる。眠りにつくような穏やかな表情だが、その頬は徐々に熱を帯びていく。彼女が全ての機能から思考を優先していることが、僕にも理解できた。
「我々は夕食を作りましょう」
「ユリも疲れてるんじゃないの? 休んでていいよ」
数時間にわたって槍を振り続けたユリも相当に疲労しているはずだ。そう思って声をかけるも、彼女は首を横に振る。
「マスターはごゆるりとお待ちください。おそらく、かなりの長丁場になると思いますので」
ユリは口元に優しげな笑みを浮かべて、僕の隣に座るアヤメを一瞥した。
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