第122話「張り切るメイドたち」

「下手なことしちゃったかなぁ」


 ギルドを出て、とぼとぼと道を歩く。アヤメたちに無理を言ってヴァリカーヤと二人にしてもらった割に、成果らしい成果も挙げられなかったどころか、むしろ心象を悪くしてしまった。

 ギルド長が何か隠していることは確実だ。実際、アヤメたちの話からすれば、〝銀霊の氷獄〟は二階層で終わるほど小さな迷宮ではない。問題は、ヴァリカーヤが三階層以降の存在を知っているのか。もしくは、三階層へ向かう手段があるのか。

 三階層へ向かう手段がないとすれば、状況は予想よりもはるかに悪い。僕らでさえ対処ができないまま、魔獣侵攻の勃発を待つことになってしまう。


「やっぱり、忍び込むしか……」


 悪い考えが脳裏を過ぎる。

 けれどそれも非現実的だ。〝銀霊の氷獄〟の場所は地元の住民どころか、森を狩場にするヤブローカたち猟師でさえ知らない。ギルドに所属する探索者だけが秘匿する情報だ。迷宮が閉鎖されている以上、探索者の後を付けるということも難しいだろう。

 思いついたアイディアを振り払い、町を歩く。向かうのはアヤメたちが働いている現場だ。


「――で、あたしがわざわざ寝袋を作ってあげたの。そしたあいつ、感激に咽び泣いて、それから毎日感謝しながら使ってるのよ!」

「へぇ。そりゃあありがたい話だものね」

「ヒマワリちゃんの腕前なら納得だわぁ」


 町の集会所の前に立つと、中から何やら声が聞こえてきた。ここではヒマワリが防寒具の作製を手伝っているはずだけど……。


「何の話してるの?」

「ひょわああっ!? なっ、な、あんた何急にっ!?」

「うぉわああっ!?」


 扉を開いて顔を覗かせると、ヒマワリが肩を跳ね上げて振り返る。今まで見たことがないくらい驚いた顔で慌てふためき、何を思ったか手に持っていた針刺しを投げてくる。

 集会所の中では炭が焚かれて、車座になった町の女性陣が針仕事に精を出していた。どうやら、作業中の世間話として何かを話していたらしい。


「あら、あんたがヤック君だね」

「なるほど。確かに可愛い子じゃないの」

「毎晩一緒に寝てるんだって?」

「へ?」


 ヒマワリは僕のことをおばさま方に話していたようで、初対面にも関わらずあっという間に囲まれる。口々に言葉を浴びせられるなか、ひとつが耳に引っかかる。

 僕とヒマワリは別に、毎晩一緒に寝ているわけでは――。


「あああああっ! もう、突然入ってくるなんてマナー違反よ!」

「ええ……」


 ちょっと様子を見に来ただけなのに、なぜかすごい剣幕で怒られる。ヒマワリは僕をグイグイと押して集会所の外まで移動した。


「あ、あの話はちょっとした言葉の綾というか。とにかく、気にしなくていいから!」

「そう言われても、そもそもあんまり詳しくは聞けてないんだけど」

「なら別にいいわよ!」


 凄まじい剣幕で捲し立てられ、ヴァリカーヤとのやりとりで落ち込んでいたのも忘れてしまう。


「あらあら、照れちゃって」

「あんな可愛い子なら、世話を焼きたくなる気持ちも分かるわぁ」


 もごもごと舌を遊ばせるヒマワリの背後で、扉の隙間からこちらを窺うおばさまたちが見える。熊の丸い耳をぴこぴこと揺らして、何とも楽しそうに何やら囁きあっていた。


「とにかく! こっちは問題ないから。さっさと行きなさいよ!」

「えっ!? あ、うん……」


 さっきは絶対について来いと言っていたはずなのに……。

 少し物悲しい気持ちになりながら、ヒマワリと別れる。集会所に戻った彼女の何か叫ぶような声も聞こえたけれど、僕はそのままユリが働く倉庫へと向かった。

 彼女が引き受けていたのは穀物倉庫の害獣対策。冬の間に食べるための食糧を納めた倉庫の点検だ。害獣と言っても大型の魔獣なんかではなくて、むしろ小さな鼠を相手にするという話だったけど。


「すげぇな、姉ちゃん! こんなに見つけたのか」

「生体感知センサーを使えばこの程度は容易ですので」

「よく分からんが、すげぇな!」


 こちらも住民たちと打ち解けているようだった。倉庫の前には筵が敷かれ、そこに鼠の死体がずらりと並べられている。倉庫の穴を塞いだり、鼠返しの点検をしたりするだけかと思ったら、駆除もしていたらしい。

 ユリは槍を手にして誇らしげに胸を張り、それを少年少女が尊敬の目で見上げている。


「おや、マスターもらっしゃったのですか」

「ごめんね、ユリ。邪魔しちゃったかな」


 そっと気配を殺して近づいたつもりだったけど、ユリはくるりと振り返って口元を緩める。


「ご覧ください。上々の戦果でしょう」

「流石だね。これだけ潜んでたっていうのも驚きだけど」


 ユリは僕にも、筵に並べた鼠を見せてくれる。どれも槍で素早く一突き、無駄なところは何一つない。殺鼠剤なんかも当然置いておくはずだけど、冬が始まる前にこれだけ減らせておけば被害もかなり軽減されるだろう。


「おう、あんたがマスターさんだな」


 ユリの働きを褒めていると、倉庫の中から大人の男性たちがやってくる。高床になっている倉庫から階段を軋ませ真っ直ぐにこちらへ近づいて、僕の肩をがっしりと握ってきた。


「鼠取りは助かったが、その余波も大きくてな。ちょっと来い」

「えっ、ええっ!?」


 熊獣人の腕力に敵うはずもなく、ずるずると倉庫まで引き摺られる。中には麦袋がうずたかく積み重ねられていた。ここに何か問題でもあるのだろうか……、と首を捻りながら奥へ進むと、唐突に明るい光が差し込んできた。


「この大穴、どうしてくれる」

「あの姉ちゃんが鼠を追いかけてぶち抜いたんだ」

「うわぁ……」


 倉庫の分厚い板が破られ、外が綺麗に見晴らせる。聞けば、外から倉庫内の鼠の気配を察知したユリが、突然轟音と共に飛び込んできたらしい。おかげで鼠は仕留められたけれど、それ以上に大きな風穴が開いてしまった。


「し、資材を借りて修理します」

「当然だ。全く」

「なんなんだあの馬鹿げた怪力は」

「申し訳ありませんでした……」


 ユリも優秀なメイドさんとはいえ、元々は戦闘専門のバトルソルジャー。敵と認めたものの排除のためなら、多少の障壁は目に入らなくなるのかもしれない。とはいえ、大工仕事も得意なのはギルドの屋根の修理で分かっているから、頼めばきちんと修復してくれるだろう。

 ご立腹の方々に平身低頭で謝罪して、ユリに倉庫の修理を伝える。


「任せてください。完璧に修理してみせましょう」

「あ、うん。できれば今後は気を付けてね」

「はい!」


 元気よく返事をするユリ。彼女は早速資材置き場から板を持ってきて、トンテンカンと軽やかな音を響かせ始めた。

 まあ、彼女も一度経験すれば二度と同じ失敗はしない。今後はつつがなく点検作業と鼠取りを遂行してくれることだろう。後のことは任せて僕は残るひとつ、アヤメの元へと足を向けた。

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