第60話「協力者」

 戦利品でずっしりと重たくなったリュックを背負い、“銀龍の聖祠”の通路を歩く。アヤメが少し前を行き、周囲の警戒と露払いをしてくれている。

 僕は隣を歩くユリの方を見て、彼女の綺麗なメイド服に思わず目を奪われる。


「マスター、何か?」

「あ、ごめん。――綺麗だなと思って」

「綺麗、ですか」


 ピンと来ていない様子のユリが首を傾げる。主語を抜かしたことに気が付いた僕は、慌てて付け加える。


「ユリのメイド服。もう、ボロボロになってないね」


 第四階層での修行を始めて、数日。ユリの技量は破竹の勢いで上達した。もはや目隠ししたままの戦いもお手のもので、メイド服も穴も空いていないしホコリひとつ付いていない。

 それに何より。


「……」

「マスター?」

「いや、何でもないよ! なんでも!」


 メイド服越しにも、彼女が成長しているのが分かる。機装兵は成長しないと思っていたけれど、バトルソルジャーは違うらしい。具体的には、胸や足の存在感が増しているような。やっぱり攻撃を受けたり、繰り出したりするのに最適な筋肉が発達するのだろう。

 メイド服のデザインも相まって、直視できない。本人には自覚がないのか、ぶんぶんと頭を振る僕を不思議そうな顔で見ているけど。


「ヤック様」

「な、なに?」


 突然アヤメがこちらへ振り返り、じっと目線を向けてくる。何だか内心を見透かされているような気がして、冷たい汗が背中を伝う。

 しばらく無言の時間。


「……まだしばらく道は続きます。油断しないように、お気をつけください」

「う、うん。分かってるよ」


 何か含みもあるような気がするけれど。僕はリュックサックを背負い直して、気合いを入れる。

 ユリが順調に戦えるようになったこともあって、持ち帰る戦利品も多くなった。スラッグドッグの牙や爪がほとんどだけど、アーマードベアやホロウウルフといった、手強い魔獣のものも増えている。どれも、僕は到底敵わないような相手だ。


「マスターも素晴らしいです」

「僕が?」


 歩きながら、ユリがそんなことを言う。驚いて顔を向けると、青い瞳がこちらを見ていた。


「その荷物は100kg近くあるでしょう。マスターの体格でそれほどの大荷物を運搬するのは、並大抵のことではできない、と推測できます」

「ああ。まあ、慣れてるからね」


 探索道具にユリの戦利品を加えると、大柄な大人一人分くらいにはなる。それを運ぶのは、たしかに慣れていないと少し大変だろう。とはいえ、僕は長い間これでなんとか糊口を凌いでいたわけで。荷物を運ぶ時の足の運び方なんかは体に染み付いている。


「ユリやアヤメに任せるわけにもいかないし。これくらいはね」


 戦えない僕は、荷物運びで貢献するしかない。魔獣が襲って来た時、咄嗟に動けるよう二人には身軽にしておいてもらいたいし。僕が荷物を持つことに二人も難色を示していたけれど、結局これが一番全員の生存率を高めるのだ。


「歩き方くらいなら、教えられると思うけど」


 ふと思い立ってそう言うと、ユリの目が光ったような気がした。


「ぜひ、ご教授いただきたいです」

「そんな大層なものじゃないけどね」


 真剣な顔で深々と頭を下げてくるユリに苦笑しながら、僕は普段意識していることを上げていく。足音を殺す歩き方、できるだけ足裏の全面をうまく使うことで、重量を分散させて負荷を軽減する方法。中には精神的な心構えもあって、そっちはユリにはあまり分かってもらえなかったけれど。それでも彼女は早速実践しながら、乾いた海綿が水を吸うように知識を取り込んでいった。


「そうそう。いい感じだよ」

「ありがとうございます」


 メキメキと目に見えて成長していくユリ。なるほど、これはとても楽しい。それに、自分が普段無意識にやっていることを言語化するのは、自分に対しても発見があって有益だろう。

 アヤメが力を入れてユリに技を教えている理由が少し分かったような気がする。


「戦うのも大事だけど、探索者はそれだけが仕事じゃないからね。明日からは魔獣の解体とかも教えようか」

「とても楽しみです」


 知識を伝えるという喜びは、初めての経験だった。楽しそうに微笑みを浮かべるユリを見ると、僕の足取りも軽くなる。彼女には大きな可能性が眠っているのだ。


「やあ、修行は順調そうだな」

「聖女様!」


 ユリと話しながら歩いていると、前方からユリと同じ声がした。立っているのは、ユリと同じ赤髪の美女、アレクトリアの聖女様だ。普段はずっと第三階層にいる彼女が、階層の狭間に近いとはいえ第四階層まで降りて来ているのは珍しい。

 彼女は僕らを眺め、ユリの装いを見て満足げに頷く。メイド服が無傷であることの理由はすでに知っている。


「珍しいですね。何かありましたか?」


 アヤメが尋ねる。


「何、ちょっとしたリハビリだ。ずっと祈りを捧げているのも、体が鈍るからね」


 聖女様は不敵に笑って言う。

 一日のほぼ全てを神殿の奥――つまり“銀龍の聖祠”で過ごす聖女様は、対外的にはここで祈りを捧げていることになっている。実際は魔獣との激闘を繰り広げていたわけだけど、ユリが修行を始めてからは退屈な日々を送っているようだった。


「それにヤック殿に伝えたいことがあってね」

「僕に?」


 彼女の目がこちらを向き、首を傾げる。聖女様は白い聖衣の懐から、何か折り畳まれた紙を取り出してこちらに渡してきた。


「これは……」

「許可証だ。小難しいことは飛ばすが、溜め込んだ魔獣の骸を金に変えられるようにしておいた」

「ええっ!?」


 軽い調子で放たれた言葉に飛び上がる。

 今まで、ユリの修行の中で集めてきた戦利品は、使い道も見つからないまま死蔵されていた。考えてみれば当然の話で、アレクトリアは平和な迷宮都市、つまり魔獣素材を買い取る窓口自体が存在しないからだ。

 それでも、聖女様は僕たちのために動いてくれていたらしい。許可証には、僕たちが聖女様の御用商人という立場であり魔獣素材を神殿に売ることができる、と書かれていた。


「相場よりは少し安くなるが、これで現金に換えられるだろう。神官長のロウドが窓口になる」

「ロウドさん?」

「上の大神殿にいる老人だ」

「ええっ、あのお爺さん、そんなに偉い人だったの!?」


 この街に訪れた初日から、大神殿に迎え入れてくれた親切な神官のお爺さん。確かに大神殿の管理をしているとは言っていたけれど、まさかその責任者だったとは。なるほど、聖女の側仕えだったユリに伝言を伝えられるわけだ。


「神官長には雑事を色々と任せている。流石にダンジョンの内情までは知らないが、それなりに信用できるからな」

「な、なるほど……」


 あのお爺さんも、聖女様から見たら僕とそう変わらない年齢になるのだろう。気軽な調子で行ってのけるのを見て、改めて彼女の経験してきた年月の膨大さを実感する。


「これで晴れてヤック殿への報酬も渡せるようになった。いやぁ、一安心だな」


 あまり考えることもなかったけど、聖女様は僕らへの報酬まで気を回してくれていた。ユリの修行の中で手に入れた魔獣素材を売却して得たお金は、全て受け取っていいと。


「ありがたく受け取りましょう」

「アヤメ、聖女様が相手だとあんまり容赦しないよね」


 同じ機装兵だからだろうか。アヤメの淡白な言葉に苦笑してしまう。とはいえ、実際お金が稼げるのはありがたい。迷宮に潜るだけでも食料費などは掛かるし、ユリがメイド服を補修する際にも材料費が掛かっていたわけで。


「ありがとうございます、聖女様」

「なんの。ヤック殿のおかげで、ユリは私の予想を超えて成長しているからな」


 聖女様は外見からも鍛錬の成果が見て取れるユリに満足げだ。


「ぜひ、今後もよろしく頼む」


 そう言う聖女様はまるで子供の成長を喜ぶ母親のようだ。そんなことを少し思った。

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