第143話「最後の一撃」

 地平線で小さな光が弾け、直後に轟音が訪れる。凄まじい速度で繰り出された鋼槍は、的確にユリを狙う。その大きさも、速さも、これまでの警告とはまるで違う。掠るだけでも腕が吹き飛びそうな猛攻だ。


「はぁああっ!」


 それをユリは的確に受け流す。バトルソルジャーとしての能力が、それを可能にしていた。直撃を避けながら槍の横腹を叩き、軌道を変える。重く鈍い音で衝突したそれを、強引に叩き落とすのだ。

 バッテリーからエネルギーを充填し、力を漲らせたユリの動きは鮮やかだ。短く切り揃えた髪は赫灼として輝き、軽やかな身のこなしも合間って猛々しい獅子のようにも見えた。

 風を切って槍が滑るたび、魔槍が歪む。蒼穹を叩くような快音が響き、巨槍が跳ねる。

 それだけではない。


「ひぃいいっ!?」


 後方から水平に貫く白雷が僕らを追い越す。水面を激しく叩くようなバリバリという音と共に突き抜けた弾丸が、飛来する魔槍を吹き飛ばしてなお直進する。そして、その発生源を完膚なきまでに破壊した。


「ご安心を。ヒマワリの精密制御であれば、ヤック様に当たることはありません」

「そ、それはわかってるんだけど……」


 必死に走りながら、後方に伏せている頼れる味方に思いを馳せる。莫大なエネルギーを消耗しながら着実に弾丸を撃つヒマワリが、的確に槍の発生源を減らし続けていた。

 彼女の特殊破壊兵装〝千変万化の流転銃〟は、いくつかの形態変化を有する。普段はエネルギー効率もいい猟銃形態を基本としているけれど、大量のエネルギーを前提とすれば超長距離の精密射撃を可能とする狙撃銃形態を取れるのだ。彼女はその利点を十全に活かして、敵の力を削ぎ落としている。

 とはいえ、狙撃銃は再装填に時間とエネルギー消耗を要する。彼女が一発撃ち出す間に、槍は十回以上も射出されるのだ。


「はぁっ、はぁっ……!」


 大きな石がごろごろと転がる荒野を必死になって走る。

 ユリが槍を弾いているのも、ヒマワリが反撃を繰り出しているのも、全ては僕のためだ。彼女たちだけなら、槍を避けながら進むことは容易であるはずだ。

 足手まといになっていることを実感しつつ、それでも懸命に走るしかない。

 そして、


「ヤック様、伏せてください」

「ふぶぁっ!?」


 唐突にアヤメが僕を地面に押さえつける。直後、剛風が背中を掠める。

 ユリだけを狙っていた魔槍が、僕らにも目をつけ始めた。


「申し訳ありません、緊急避難を優先しました」

「大丈夫。まだ走れるよ」


 ユリは変わらず露払いに徹してくれている。それでも、魔導具の方が彼女を狙わずにこちらへ向いていては、守りきれない。この事態を想定して、アヤメは僕のそばにいる。


「再装填までの時間で走ってください。15秒後に伏せて」

「了解。申し訳ないけど、任せるよ」


 アヤメと一瞬視線を交わし、走る。乾いた土を蹴り上げ、頭の中で数えながら。

 十、十一、十二、十三、十四、十五。


「とぉっ!」


 ざり、と土の上を滑りながら身を倒す。遮蔽物のない荒野で、できるだけ体を晒す範囲を最小化させるように。仰向けに倒れる僕の眼前で、黒髪が翻る。


「はああああっ!」

――ガィンッ!


 青い光が飛沫のように飛び散る。アヤメの鉄拳が、容赦なく迫り来る槍を下から叩き上げた。切先が上へ傾いた槍はその勢いで後方へ吹き飛んでいく。数秒空いて地面に落ちる時には、僕は立ち上がって再び走り出していた。

 アヤメの特殊破壊兵装〝万物崩壊の破城籠手〟は有効射程がとても狭いという。けれど、彼女の卓越した目は高速で飛来する槍を的確に捉え、機敏な腕が正確に拳を打ちつける。刹那の猶予を余裕で叩き、アヤメは降り注ぐ槍を難なく凌ぐ。


――ィィイイイイイインッ!


 ヒマワリの狙撃が再び砲台を破壊する。槍の密度は少しずつ疎らになっていく。

 それでも、距離を詰めるほど迎撃は厳しくなってくる。

 ユリも必死の表情だ。きっと槍を介して伝わる衝撃も増大しているはずだ。人間であれば、一撃受けるだけでも痺れてしばらく使い物にならなくなるはず。


「くっ。――っらあああああっ!」


 それでも彼女は槍を握り離さない。

 片手で太腿のベルトに手を伸ばし、バッテリーを胸元に突きつけてエネルギーを補給する。わずかな息継ぎだけをして、槍を迎え撃つ。

 その背中を目指して走りながら、僕は咄嗟に声を上げる。


「ユリ、足元だ!」

「っ!」


 猶予は一瞬。伝えられることは少ない。それでも彼女は的確にこちらの意思を汲み取って、迷いなく跳躍した。


――ガキンッ!


 ユリの爪先を掠めるように、荒野から鋭い棘が飛び出す。矢継ぎ早に繰り出される魔槍さえも目眩しにして、第二の罠が仕込まれていた。

 僕がそれに気がつけたのはただの偶然だ。確実に不意を突けるように土中に仕込まれた牙は、一見しただけでは気付けない。ただ、おそらく魔槍でそれを破壊しないような細工は施してあるのだろう。荒れ放題の荒野のなかで、その一帯だけが不自然に整って見えた。


「ありがとうございます、ヤック様。ユリも助かりました」


 アヤメが飛来する槍を叩き飛ばしながら言う。

 彼女たちの役に立てたのが嬉しくて、思わず口元がにやける。そんな気の緩みを締め直すように、後方から砲撃が飛んできた。


「足が遅くなってるわよ! さっさと行きなさい!」


 自身も再装填の合間にこちらへ走り寄るヒマワリの一喝に、慌てて速度を上げる。

 周囲は砂塵が舞い上がり、視界がだんだん悪くなってくる。そもそも、最大の難関は依然として立ちはだかっている。

 ユリは紙一重に飛び越えた土中の棘だけど、僕はどう考えても回避できない。回り込もうにも、おそらくあの罠はぐるりと荒野を取り囲んでいるはずだ。事実上の壁が、目の前に聳え立つ。


「ヤック様、少々失礼します」

「えっ? うわぁっ!?」


 何度目かの迎撃の直後、アヤメが耳元で囁く。驚いて振り返る間もなく、僕は唐突な浮遊感に襲われた。

 アヤメが僕の背中と足に手を回し、横抱きにしていることに気付いたのは後のことだ。


「ユリ、ヒマワリ、次の攻撃を防いでください」


 よく通るアヤメの声。けれどその要求は無理難題だ。

 砲台との距離が近すぎる。ユリはすでに手一杯だし、ヒマワリはまだ再装填が終わっていない。それでも――。


「任せてください」

「言われなくても!」


 二人は即座に頷く。

 砂塵の向こうにずらりと並ぶ大きな円柱。辺縁部にあったものと比べて、一回りも二回りも大きな円柱に、青く輝く魔石が埋め込まれている。表面の複雑な回路を魔力が流れ、魔石が煌めく。一瞬、その表面に複雑な魔法陣の重なりが見えた。その直後、構築された魔槍が勢いよく放たれる。

 アヤメは僕を抱き上げたまま走る。回避はまったく考えていない。むしろ槍に向かっているような気さえする。


「固有シーケンス、実行。――〝荒天の破突〟ッ!」


 その槍を、はるかに小さな槍が貫く。

 ユリの手から解き放たれた特殊破壊兵装が、魔法によって生み出された鋼の槍を容易く破壊する。彼我の勢いをそのままに衝突し、大きい方が打ち負ける。

 彼女の槍はそれだけに留まらない。追随する二の槍、三の槍も合わせて貫く。青い光の翼を広げ、まっすぐに直進して魔槍を切り裂く。

 だが、敵はそれだけではない。軌道をずらした別の槍がこちらに迫っている。


「銃撃だけが――芸じゃないのよ!」


 僕とアヤメを颯爽と追い越す黄色い影。重たい狙撃銃を胸の前で抱えたヒマワリは、地面を力強く蹴って飛び出す。彼女は迫る魔槍に向けて、狙撃銃を握る。ただし、銃身を手のひらで鷲掴みにして、銃床を先端にして。

 しなやかに身を捻り、目は真っ直ぐに敵を見据えて。


「とりゃあああああああっ!」


 激しい声と共に、ハンマーのようにそれを繰り出す。

 特殊破壊兵装はとても硬くて頑丈だ。それは、そもそもアヤメやユリのように近接の武器として扱われている点から明瞭だろう。だからといって、それが正規の運用法であるとは思えないけれど。


――ガキィィイインッ!


 振り抜いた狙撃銃が爽やかな音を響かせる。僕らを狙う槍が吹き飛び、砲台は目前に迫っていた。


「ヤック様、しっかりと掴まっていてください」


 アヤメの白いエプロンに密着し、身を縮める。

 そんな僕を軽々と抱き上げたまま、彼女は軽やかに地中の牙を飛び越えた。

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