第23話「新装備のお披露目」
アヤメの力は凄まじく、彼女のおかげで迷宮での稼ぎは倍増した。それを金庫に眠らせておくだけというのももったいない話だということで、僕は思い切って装備を更新することにした。
僕が今着ている服は、サイズの合っていない古着だ。そのうち成長することを見越して買ったものだけれど、今日までがっつりと裾を折って袖を捲ってベルトを締めなければならないくらいに余裕がありすぎる。
探索者にとって装備は命そのもの。アヤメと共に第三階層へ潜るとすれば、こんな間に合わせの装備ではいけない。
「うーん。全身金属鎧か……。流石にちょっと重すぎるよね」
パセロオルクは迷宮都市ということもあり、探索者向けに装備を作る工房もたくさんある。
僕はアヤメと共に工房街と呼ばれる区画を訪れて、装備を見ていた。
「月光銀製だから、羽みたいに軽いぜ。魔法攻撃だって弾く逸品だ」
「あはは……。それはすごいですね」
軒先に並んでいた銀色に輝く金属鎧を見ていると、腕っぷしの強そうなドワーフの鍛治師がやって来る。彼は自分の作品に自信を持っているようで豪快に胸を叩くが、僕は愛想笑いを浮かべながら距離を取る。
月光銀は確かに軽くて魔法防御力も高いけれど、肝心の物理的な防御力が低い。“老鬼の牙城”で魔法を使ってくる魔獣はゴブリンメイジくらいなもので、それも第四階層以降の深層でごく稀に遭遇する程度の珍しいものだ。
そもそも、月光銀はめちゃくちゃに高い。
「うーん。いざ選ぶとなると大変だなぁ」
お金がなかった時はいつか強い武器と防具を揃えるんだと息巻いていたけれど、いざ買えるだけの財力を手に入れたら尻込みしてしまう。どの装備も一長一短で、なかなか踏ん切りが付かない。
「アヤメはどう思う?」
「私はこれらの装備に関する情報が不足しています。そのため、適切な助言はできないと判断します」
「そっかぁ」
アヤメも武器や防具に関する知識は持ち合わせていないようで、結局僕は自分で選ばなければならない。
「ですが、ヤック様は武器を新たに用意するのがよいのではないでしょうか」
「武器を? たしかに、ちょっと不安かな」
僕が普段使っているのは、長さ50センくらいの短めの剣だ。片刃で軽く、扱いやすいけれど、あまり良い鉄を使っているとは言い難い。手入れは欠かしていないけれど、それでも少し頼りないところはある。
とはいえ、迷宮内ではアヤメがほとんど全ての敵を倒してしまうから、なかなか剣を抜く機会がやって来ない。むしろ、投げナイフの方がよく使っているくらいだ。
「あちらのハンマーなど、破壊力も十分に発揮できるのでは?」
「いくらなんでも大きすぎるよ……」
アヤメが見つけてきたのは、僕の身長ほどの長さの柄を持つ巨大なハンマー。どう考えても人間向けの商品ではない。おそらく、獣人の中でも特に屈強な士族や、巨人族が扱うためのものだろう。
たしかに、アヤメなら難なく扱えるのかもしれないけどね。
「あ、そうだ」
革細工職人の工房が立ち並ぶエリアに入って、前々から用意したいと思っていたものを思い出す。僕はベルトに差した青刃の短剣を手に取る。
「これも落としたらまずいしね。できれば鞘か何かを作っておきたかったんだ」
「なるほど。それは良い考えかと」
アヤメも頷いてくれたし、早速仕事のできそうな工房へお邪魔する。猫獣人の店員さんに用件を伝えると、すぐに作ってくれることになった。
それほど大きいものでもないし、鞘を作るという仕事は向こうも慣れているのだろう。さほど時間もかからずに立派なものができた。
「どう?」
「お似合いです」
長い紐を使って、斜めに掛けられるようにした鞘だ。これなら迷宮で激しく動いても落としたりしない。しかも、職人さんが青刃の短剣の美しさを気に入ったようで、刀身が外からでも見える仕様にしてくれた。
アヤメも表情は変わらないものの、ぱちぱちと手を叩いて褒めてくれる。
「よし、じゃあ一気に他の装備も揃えちゃおうか」
我ながら煽てられやすいと思ってしまうけれど、これで勢い付いた僕はそのまま工房を巡る。そうして、黒鉄の頑丈な軽鎧や丈夫なオーク革にアラクネシルクの裏地を縫い付けたインナーなど、なかなか手が出なかった少し高級なものを買い揃えていく。
工房街でたっぷりと買い物をした僕たちは、大量の荷物を抱えて移動する。向かう先は、探索者御用達の飲み屋が多く集まる街だ。
「ヤック様、荷物は私がお持ちします」
「いいよいいよ。僕の装備だし、アヤメにはお金を稼いでもらってるんだし」
総重量はかなりのものになってしまったけれど、迷宮から持ち帰る荷物の量と比べれば軽いものだ。気分が晴れやかなのも手伝って、まったく重たく感じない。
「……ヤック様は、平均的な周囲の人間と比較しても鍛えていらっしゃるように思います」
荷物が持てないのが不満なのか、少し眉を寄せながらアヤメがそんなことを言う。
「そ、そうかな? まあ、荷物持ちで多少は鍛えられてると思うけど」
自分としてはそんな自覚はあまりない。そもそも、探索者は体が資本の稼業だし、周りの同業者はみんなマッチョばっかりだ。小柄な人間族の僕はむしろ非力な方だろう。
「ヤック様は、もう少し自信を持ってもよいかと」
「自信か……。それが一番難しいかもね」
一人では二階層すらまともに探索できない僕は、どこまで行っても二流、三流止まり。自分で生計を立てられる一流には程遠い。いくら良い装備を揃えたところで、そこに変わりはないだろう。
アヤメの言う自信というものこそ、お金で買えない一番大切なものなのかもしれない。
「ど、どうかな?」
「とてもお似合いです」
飲み屋街の一角、多くの客が陽気に酒を飲み交わす賑やかなお店の一角で、僕は早速新装備のお披露目をする。黒鉄の軽鎧、妖精銀の片手剣、そして鞘に収まった青刃の短剣。装いを新たにした僕が両腕を広げると、ぱちぱちぱち、とアヤメが拍手してくれる。
どれもこれも、一線で活躍するベテランの探索者も使っているような、有名な工房のしっかりとした装備だ。これを着ていれば、かなり心にも余裕ができる。
「これで第三階層にも行けるかな」
大枚叩いて装備を一気に更新した理由は、この後いよいよ“老鬼の牙城”の第三階層に挑むと決めたからだ。第三階層からは中層と呼ばれる領域で、第二階層までとは明確に区別される。生息している魔獣は数も強さも数段上がり、迷宮自体も広さと複雑さを増している。
「もちろん。私がマスターをお守りしますので」
アヤメは真っ直ぐに僕を見て、はっきりと言う。その言葉には、いつもの彼女には珍しく、強い意志のようなものすら感じられた。
第三階層に立ち入ったのは、フェイドたちと向かったあの日の一度だけ。アヤメと二人で向かうのは初めてだ。そこに不安と期待を抱いていると、アヤメが不意に口を開いた。
「ヤック様、ひとつ、お願いがあります」
「珍しいね? 僕にできることなら、なんでもするよ」
普段自分からはほとんど何も言わないアヤメが、僕に何か頼みがあるとは。それだけで少し嬉しくなって、胸を叩く。
すると彼女は恭しく一礼してから言った。
「施設――迷宮内のどこかに、
「特殊破壊兵装……?」
はい、と彼女は頷く。
「ハウスキーパー、機装兵のみが装備、展開可能な特殊兵装です。私はこれを用いて――」
アヤメの青い瞳が真っ直ぐに見つめる。
「あの
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