第36話「破壊と再生」
ダンジョンコアが崩壊したことにより、迷宮内に満ちていたマギウリウス粒子の供給が絶たれる。アヤメが力を出せなくなる前に、僕たちは脱出しなければならなかった。
アヤメは両腕に装着していた巨大な籠手――特殊破壊兵装“万物崩壊の破城籠手”を取り外し、コンパクトな徽章に戻して胸元に着けている。そして、背中にルーシーを背負い、メテルとホルガを両脇に抱えて運んでくれていた。
「本当に良いのですか? その者はヤック様に幾度となく危害を加えようとした危険人物です」
「いいんだよ。それでも、僕を守ってくれた人だから」
僕はといえば、リュックもないのでブレードキーだけを腰に差し、フェイドを背負っていた。
“大牙”の四人は気を失っている。ここに置いていこうと思えば、置いていける。それでも、彼らを置き去りにはできない。できるはずがない。僕らが勝てたのは、彼らの力があったからだ。
「分かりました」
アヤメも一度はそう言ったけれど、すぐに納得してくれた。
フェイドたちはまだ、立ち上がったばかりだ。彼らの実力は、僕が一番よく知っている。まだまだ成長して、やがて名を残す偉大な探索者になれるパーティだ。
それに、何度裏切られたとしても、フェイドたちには恩がある。思い出がある。
だから、こんなところで失うわけにはいかない。
「それよりも、急がないと。ダンジョンコアを破壊したら、迷宮が崩壊したりするんでしょ?」
ダンジョンの完全攻略、つまりコアの破壊を成し遂げた例は珍しい。そもそも、コアの破壊にはアヤメのような機装兵だけが使える特殊破壊兵装が必要なのだから当然なのだけど。だから、探索者の間ではコアを破壊すると迷宮そのものが崩れ始めるという話がまことしやかに囁かれていた。
しかし、それを聞いたアヤメは真顔でそれを一蹴する。
「そのようなことはありません。自動修復機能が停止するため、一時的に崩落する区画もあるかもしれませんが、再びコアが再生すれば問題なく再稼働が始まります」
「え、そうなの?」
「はい」
アヤメは三人を軽々と抱え、軽やかに歩きながら話してくれた。
「コアは十分な冗長性と自己再生能力を有しているため、特殊破壊兵装であっても完璧な破壊は難しいです。今回行ったのはコアの初期化、つまり第404特殊閉鎖環境実験施設のリセットです」
だから、迷宮そのものが死んだわけではない。内部の特殊な環境下で独自の進化を遂げてきた魔獣たちが消えて、新たにゼロからの再スタートを切るのだと、彼女は言う。
「十年程度の急成長期を経て、その後は緩慢な安定期に入ると考えられます。そうなれば、迷宮としての資源供給能力は取り戻せるでしょう」
「そっか。なら、町も存続できるんだね」
「おそらくは」
それを聞いて、少し安心した。
パセロオルクは“老鬼の牙城”の恵みによって成り立つ町だ。迷宮が崩壊すれば、そこに住むみんなが路頭に迷うことになる。
「しかし、今回の一件で予測が一つ確定しました」
上層へと続く階段を登る。
アヤメが言葉を続ける。
「かつて、この施設で発生したのは実験体の過剰進化によるものです。適切に管理されずに循環を続けた結果、実験体のマギウリウス粒子許容量が環境の閾値を超えてしまったのでしょう」
「つまり?」
「……ここ以外、他の施設も長期間放置されている可能性が高いです。その場合、同じく過剰成長した実験体の暴走が発生するでしょう」
彼女の予測を聞いてはっとする。
ごく稀に発生する、魔獣が迷宮の外にまで溢れ出す災害。彼女の言っているのはそのことではないか。だとすれば、恐ろしい。
この世には“老鬼の牙城”以外にも無数の迷宮が存在するのだ。
「それじゃあ、どうしたらいいの」
「ヤック様にひとつ提案します」
アヤメはこちらに目を向けて、少し言い淀む。真顔で固まっている様子を見るに、深く悩んでいるようだ。それでも、最後には口を開き、考えを伝える。
「私は幸運にもマスターに恵まれ、また特殊破壊兵装を手に入れることができました。しかし、各地の施設はむしろ機装兵が機能停止に陥っている可能性が高いと考えています。そのため、いずれ実験体の過剰進化による暴走が発生し、周囲に甚大な被害をもたらすでしょう」
彼女が語るのは、あまり考えたくない未来だ。
だからこそ、彼女は行動を起こす。
「ヤック様、私と共に各地の施設を巡っていただけないでしょうか。私は――私は、そこに眠る機装兵たちを助け、施設の崩壊を防ぎたいと考えております。おそらく、それが私がここにいる理由。私に託された最後の指令なのだと、思っています」
初めて口にする、彼女自身の願い。ただ命令に従うだけだった彼女が、仲間を思って考えだした結論。
今、この世界でダンジョンコアを破壊し迷宮を初期化する術を持つ者は少ないはずだ。彼女がいなければ、迷宮の上で栄えた町がいくつも滅びかねない。それは、僕としても看過できない問題だった。
僕は彼女を見上げて頷く。
「もちろん。一緒に行こう」
「ありがとうございます、マスター」
僕は彼女のマスターなのだから。
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