第88話「品質検査ライン」
第三階層はこれまでとは様子が一変して、長い廊下が奥まで伸びていた。
「ここは……」
「品質点検区画、と言ったところでしょう」
「品質点検?」
元々が工場であったことを匂わせるアヤメの言葉に首を傾げる。品質点検といえば、作られた製品が、製品としての水準に達しているか検証すること。その方法は製品によって様々だけど、大抵は実際の使用条件に合わせた試験が行われる。たぶん、こんな認識で大きく間違ってはいないだろう。
この区画、第三階層で点検されるのは、ここで製造される物。つまり特殊破壊兵装、そして各種ゴーレムたち。特殊破壊兵装に対する試験ともなれば、その圧力も凄まじいものになる。さっきアヤメが確認したように、このダンジョンの構造は彼女の鉄拳でも破れないほど堅牢なのだ。
「あまり不安にならずとも良いでしょう。この施設もここ数千年は特殊破壊兵装の点検は行なっていないはず。それよりもゴーレムの製造の方がより優先度は高く、それに合わせて内部の構造も改変している可能性が高い」
「ということは?」
アヤメの言葉をユリが引き継ぐ。
前に踊り出した彼女の槍が、天井から落ちてきた鉄の獣を貫いた。
「検証対象はゴーレム。ゴーレムに勝てる我々ならば、問題なく突破可能ということです」
次々と天井から落ちてきたのは、両腕が太い棍棒のようになったゴーレムだった。アヤメと同じ――と言ったら彼女は怒るかもしれないけど――打撃特化型。ゴーレムにそれが有効であることの証でもある。
それを、ユリが槍で貫いていく。
「はああっ!」
疾風のように迫り、突風のように貫く。その槍捌きはこのダンジョンを進む中でも成長し、鋭さを増しているように見える。アレクトリアの市場で見た蟹に似た形の魔獣――
その時、僕は背後で大きな音が鳴ったのに気付いて振り返る。
「アヤメ、入り口が!」
「隔壁が閉じましたね。問題ありません」
事前の情報通りとはいえ、肝が冷える。
第三階層は長い廊下を進むと前後に壁が立ちはだかる。そして天井や壁から現れる“品質検査”を潜り抜けないと、壁が上がらず奥にも進めず後戻りもできない。
死ねば遺体すら壁際の側溝から排除されどこかに投棄されることになる。数多の探索者が、行方しれずとなった関門の連続だ。
「ガガガガッ!」
「甘いっ!」
棍棒を振り上げて迫るゴーレムを、アヤメとユリは次々と撃破する。特殊破壊兵装の直撃にも耐える堅固な壁に叩きつけられた検査用ゴーレムは、その体を粉々にして側溝に落ちていく。
これ、戦いながら戦利品を回収しないと稼ぎも手に入らないのか。
厳しい迷宮にゾッとしながら、僕はリュックサックから刻印魔石を取り出す。
「それっ! 二人とも気を付けて!」
投げた魔石が閃光を放つ。ゴーレムが強烈な光で目を焼かれて怯んだ瞬間、アヤメの鉄拳が圧殺した。
「ありがとうございます、ヤック様」
「支援は任せて。アヤメたちの動きに合わせるから」
次々と天井から落ちてくるゴーレムを三人で潰していく。ココオルクの探索者も三階以降に潜るためには必ず通らなければならない道ということで、ここに関する情報も十分に集まっている。
「あと三匹だよ!」
ボトボトと落ちてくる棍棒蟹の数は決まって二十匹。それだけの数を倒してしまえば、必ず道は開ける。迷宮そのものが牙を剥いてくる特殊な環境だからこそ、条件はいつも厳格だそうだ。
「やはり、問題ありませんでしたね」
「ギャシャッ!?」
アヤメが最後の二匹をまとめて押しつぶす。悲鳴のような声を最後に全てのゴーレムが鉄屑となり、側溝に落ちていく。僕らはゆっくりと開く前方の壁を見て、急ぐようにその隙間から次の試験場へと移った。
「次は……」
「動作確認試験ですね。ヤック様、手を」
隔壁が下がり、再び退路と進路を阻まれる。
長い廊下に水が満ち、競り上がった一部の床だけが足場として用意された。更に壁や天井から枝のように突起が伸びて、使えと誘導されるようだった。
ゴーレムの運動能力を調べるための試験場。当然、水に落ちたら命はない。
「この水には高圧の電流が流れているようですね。ヤック様、気を付けてください」
「分かってる。慎重に飛び越えて――うわぁっ!?」
アヤメの手を掴みながら言うと、ふわりと浮遊感。自分が軽々と持ち上げられたことに遅れて気付く。
「アヤメ!?」
「ここは私が運びます。ヤック様は力を抜いて身を任せてください」
「ちょっ」
僕を横に抱き抱えたまま、アヤメは軽やかに走り出す。ユリが前を走り、彼女の動きに付いていくように。僕はアヤメの腕にしがみついたまま悲鳴を上げる以外のことができない。
「うわああっ!? ひぃぃっ!?」
「あまり口を開けると舌を噛みます。お気を付けください」
「わ、分かってるけどぉ!?」
二人のメイド服の裾が空気を孕んでふわりと広がる。横から突き出した棒を蹴り、わずかな床に爪先を突いて、軽快に足音を響かせる。
ギルドの資料には、慎重にロープやハシゴを使いながら進むべしと書かれていた気がするけれど、二人は身体能力だけで突破しようとしていた。
「ご安心ください、マスター」
ユリが目線を前に向けたまま言う。
「我々はラインを逆走する形で進んでいます。つまり、奥へいくほど簡単な試験となっているということです」
「そ、そうかなぁ?」
壁や天井から細い熱線が放たれる。ユリが蹴りあげた石がそれに触れた瞬間、細かな灰となって焼き消える。そこに自分の将来を重ね合わせて、僕は顔面を蒼白にする。
けれどアヤメとユリはまるで恐怖心など少しも抱いていないかのように、スピードを落とさず熱線の隙間を駆け抜けた。
「前方の隔壁が見えてきました。もう終わりですね」
「ひぃぃ……」
終点にたどり着く頃には、僕はげっそりとしていた。アヤメもユリも澄ました顔だけど、一人だけ寿命が縮んだ気分だ。一気に二百メトは駆け抜けたんじゃないだろうか。それなのに呼吸一つ乱さないなんて。
ゆっくりと隔壁が開き、奥の通路が露わになる。二人はそのまま進むつもりのようだったけど、僕は少し休憩したかった。
普通の迷宮には滅多にない一本道は、迷う可能性はないとはいえ、逆に逃げ場がないとも言える。ココオルクの熟練探索者たちがしっかりと時間をかけて進む場所を一瞬で駆け抜けたことで、僕は精神的な疲労が重くのしかかっていた。
「第二階層のゴーレムって、この試験を突破してるってこと?」
「そうなるでしょう。品質検査としては、さほどレベルの高いものではありませんが」
「これでレベルが高くないんだ……」
アヤメはそう言うけれど、僕としては今後出てくるゴーレムがこの試験を軽々クリアできるレベルだと聞いて喜ぶ理由がない。ゴーレムたちの進路を逆走しているわけだし、今後は欠陥品が多く出てくれると嬉しい。そんな淡い期待を抱きつつ、僕は覚悟を決めて歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます