第87話「回転する蛇」
“黒鉄狼の回廊”の第二階層は広大な倉庫区画だ。とはいえ、元々置いてあったであろう荷物のほとんどははるか昔に持ち出され、おそらくはココオルクの勃興を助ける資金となったのだろう。細い鉄の枠組みがずらりと並ぶ大きな部屋がいくつも並んでいるだけになっている。
「おそらく、元々はこの金属製フレームにコンテナを収めていたのでしょう。コンテナ自体に可動機構が備えられていて、自動的に搬入搬出ができたと思われます」
「荷物自体が勝手に動いて整理されてたってこと? まるで魔法みたいだね」
「機械工学と数学的最適化理論の賜物です」
迷宮には今では失われてしまった技術が詰め込まれている。僕らが迷宮遺物として活用できるのは、そのなかのほんのわずかな一部に過ぎない。この迷宮も“工廠”として稼働していた頃には、全く違う光景が広がっていたはずだ。
「マスター、前方からゴーレムです」
「うへぇ。やっぱり多いね、このあたりは!」
今となっては薄暗い部屋の中に、赤い目を光らせたゴーレムが徘徊するだけとなっているけど。
僕は飛び出すユリの視界を確保するためにランタンの光を強めながら嘆いた。
「第二階層のフロアボスは、最新の情報だと
ココオルクの探索者ギルドで貰った資料には迷宮に出てくる魔獣の情報が纏められている。第二階層くらいの浅い場所のフロアボスは頻繁に狩られるから、実際に階段まで向かわないと何がボスになっているかは分からないけれど。
「けど、どうして他の地域から探索者が来ないのかちょっと分かった気がするよ」
資料を荷物にしまい、ずっしりと重たくなったリュックサックを背負い直す。ここまでの道中で何体かのゴーレムを倒してきたけれど、その全てを持ち帰ることは不可能だった。
なにせこの迷宮で出没するのはゴーレム種だけ。全身が鋼鉄でできた彼らは死んでも重たい。持ち帰ろうとすれば、ずっしりとした重みが両肩にのしかかってくる。これでは今後の戦闘にも支障が出るし、そもそも持ち帰るだけで一苦労だ。
普通の探索者パーティなら専用の荷物持ちを雇わなければ話にならないだろう。
迷宮自体の立地もさることながら、迷宮内で求められる動き方や能力も、他の場所とあまりに違いすぎる。
「おそらく、溶鉱炉や精錬工場は現在も稼働しているのでしょう。ゴーレムを構成する金属の質は予想していたものより高いです」
「戦利品として迷宮外に持ち出された金属もそれなりのはず。“工廠”の近傍に鉱脈でもあるのでしょうか」
「破損した機体の回収を行うゴーレムもありました。ある程度は現場からのリサイクルも――」
アヤメたちにしても、“黒鉄狼の回廊”は謎が多い場所だった。ゴーレムを倒し、下の階層を目指しながら、二人はあれやこれやと話し合っていた。よく分からないけど、二人の中では重要なことがあるのかもしれない。
「アヤメ、ユリ。そろそろ第二階層の階段が見えてくるはずだよ」
頭に地図は叩き込んでいる。おそらくそろそろ目的地だ。そんな予想も大きく外れず、僕たちは第三階層に続く階段を見つけた。第一階層から降りてきた階段よりも大きくて立派だけど、当然ながらその手前の部屋には魔獣が居座っている。
とぐろを巻いて中央に鎮座している、大きな鋼鉄の蛇のようだった。
「あれがフロアボスですか」
「鋼鉄の車輪って感じの見た目じゃないけど……」
首を捻ったその時、蛇が僕たちの接近を感知して目を開く。赤く禍々しく輝く瞳はゴーレムに共通だ。それは鉄の擦れる耳障りな音を発しながら、ゆっくりと体を持ち上げた。太く無骨な体には荒々しい鱗がまとわりつき、触れただけで指が切れそうなほどに鋭い。通常の蛇のように舌を出したりはしないが、代わりにボトボトと黒い油のようなものを吐き出した。
「ヤック様、後ろへ」
「我々が対処します」
いつも通り、僕は後方からの支援に徹する。アヤメとユリはそれぞれの特殊破壊兵装を構えて、先手必勝と飛び込んで行った。
「せーのっ!」
僕は急いで荷物から刻印魔石を取り出しガチンと叩き合わせてから部屋の四隅に向かって投げる。強い光を発する魔石は、即席だが強力な照明となって室内を照らす。
強力な光の中に浮かび上がった大蛇が、ギシギシと音を立てながら身をくねらせた。
「はぁあああっ!」
ユリが槍を手に勢いよく突撃を仕掛ける。しかし蛇はそれを滑らかな動きで避け、逆に彼女を捕らえようと身を巻き付かせる。ユリもそれを許すはずなく、軽やかに潜り抜けて距離を取る。
そこへアヤメの籠手が飛び込み、強烈な一打を蛇の腹に叩き込んだ。だが柔軟に身をくねらせる蛇はうまく衝撃を躱したのか、ほとんどダメージが入っていない。
一瞬のうちにそこまでの攻防が繰り返され、僕は息つく暇もない。
その時、蛇が大きく動いた。
「二人とも気を付けて!」
後方から俯瞰しているからこそ、その不自然な動きに気づいた。アヤメとユリが咄嗟に距離をとる。直後、蛇の鱗が逆立ち、鋭い刃を外側に向ける。触れればアヤメたちとてただでは済まないだろう。
しかも蛇は自分の尻尾に噛みつき、その大きな体で輪を作る。
「これか! 二人とも、やっぱりこいつは
その姿が図鑑にあったものと一致する。鋼鉄の車輪という名前の魔獣は、蛇型のゴーレムが取っていた一つの形だったのだ。
車輪となった蛇は全身を力強く動かし、逆立った刃鱗で地面を削りながら猛烈な速度で回転する。急に活発になった蛇に、二人も避けるので精一杯のようだった。当たれば大怪我、掠るだけでも危険な相手となれば、二人もなかなか手が出せない。
僕は急いで図鑑に載っていた鋼鉄の車輪の対処法を思い出す。
「鋼鉄の車輪……。元々は破砕機でしょうか」
「非金属産廃の処理に使われていた裁断機でしょう。とにかくこの鱗は厄介です」
縦横無尽に駆け回る蛇を避けながら、二人は冷静に敵を分析する。全身に刃を連ねた蛇はまさしく凶器の塊だ。掠れば終わりという状況にもかかわらず、二人の動きに淀みはなく、ひるがえるメイド服すら傷ついていない。
僕はリュックの中から取り出したものを、鋼鉄の車輪の足元に向けて投げた。
「これで――!」
地面に落ちたそれを蛇が踏む。すると刃の飛び出した複雑な形状に黒い泥のようなものがへばりつき、如実に速度が低下した。
「特製粘着玉ってね。これをどんどん投げていけば、機動力を落とせるって話だったけど」
その効果は覿面だ。
蛇は全身にまとわりついたそれを落とすこともできず、グネグネと動くことしかできない。明らかに運動能力が削がれたそれは、もはやアヤメたちの敵ではなかった。
「頭を潰せば」
「問題なく機能停止するでしょう」
最後にはアヤメの鉄拳によって頭を潰され、その動きを完全に止める。
これも持ち替えればそれなりの稼ぎにはなるんだろうけど、流石に大きすぎるし重たすぎる。泣く泣く部屋の隅に退けておいて、僕らは第三階層へと降りていった。
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