第119話「冬支度をしよう」
「終わったわよ!」
「……はぁ?」
完璧な力加減と疲れ知らずの機体を生かしたユリたちにより、屋根の補修は三十分とかからずに終わってしまった。早速、ヒマワリが意気揚々と仕事の完了を報告すると、ヴァリカーヤは豆鉄砲で撃たれた鳩のような顔をした。
僕だって、あの屋根の修理がこんな短時間で終わったと言われても信じられない。ヴァリカーヤは適当な仕事をされたと思ったのか、自ら屋根に登って成果を確認する。
「どんな魔法を使ったんだ」
「魔法などという未知の技術は使用できません。全て手作業で行いました」
唖然とするヴァリカーヤに、アヤメは無表情で――けれどどこか得意げに――答える。魔法使いといえば、〝大牙〟のルーシーのように魔力の扱いに長けた人間は一定数いる。エルフのように人間よりも遥かに卓越した魔法の才を持つ者も。とはいえ、アヤメたちには、そんな才能はない。あるのは人間離れした膂力と精密な力加減ができる身体能力だ。
「……まあいい。多少は使えるみたいだな」
屋根の完璧な仕上がりを目の当たりにしては、ヴァリカーヤも認めざるを得ない。梯子を降りた彼女は渋々といった様子で頷いた。
「だが、冬になる前にやる事はまだまだあるぞ」
「何なりと。全て完璧にこなして見せましょう」
僕は全く何も手伝っていないから、口を挟むこともできない。あれよあれよと言う間にアヤメは次の仕事をヴァリカーヤから受託してしまった。
向かう先はオギトオルクの町の辺縁部にある資材置き場。そこには木こりによって切り倒され、運び込まれた丸太が山のように積み上げられていた。
「薪にするために集めた丸太だ。これを割ってもらおうか」
森の中の町ということもあり、木は生活の根幹を担っている。特に薪は厳しい冬を乗り越えるのに必要不可欠なものだ。ギルドの薪置き場にも大量に保管されていたけれど、まだまだ薪を割る必要がある。
とはいえ、ヴァリカーヤの思惑はともかく、アヤメたちにとっては屋根の補修よりもこちらの方が楽な仕事だろう。
「ここにある丸太は全て薪にするのですか?」
「ああ。冬が本格的に来る前に終わればいいがな」
ギルドへ戻っていくヴァリカーヤを見送って、アヤメたちは丸太の山に向き直る。薪割り用の斧は、資材置き場に用意されていた。三人はそれぞれに斧を携え、早速動き出す。
「ふっ!」
「せいっ!」
「はぁあっ!」
カコーーーン!
三人は横たえた丸太に対し水平に斧を叩きつける。爽快な音が町中へ響き渡り、十メトはある丸太が真っ二つに割れた。どれだけ力があれば、そんな芸当が可能なのか。ともあれ実際にそうなっているのだから仕方ない。
更に彼女たちは丸太を八等分に割り、そこから薪の一本分の長さへと輪切りにしていく。普通は割る順番が逆だろうけど、たしかに効率はそっちの方がいいのかもしれない。
あっという間に丸太三本分の薪の束が出来上がる。
「薪束は僕が纏めるよ」
「ヤック様は休んでいてください」
「いや、何にもしないのも居心地悪いしね」
アヤメは不満げだけど、自ら仕事を見つけ出す。と言っても彼女たちが量産する薪を十本程度集めて縄で纏めるだけの簡単な作業だ。三人が次々と薪を量産するせいで全く作業が追いつかないけど。
カコーン、パコーン、と乾いた斧の音が響くなか、マイペースに薪を束ねていく。そんなことを続けていると、いつからか周囲から視線を感じた。
「あれ?」
「あちらの方から、住民らしき方がこちらを見ていますね」
思い違いかと思ったけれど、アヤメがそっと教えてくれた。とはいえ話しかけてくることもなく、こちらから声をかけることもしない。黙々と薪割りを続けていると、更に視線は増える。
そのうち、物陰から様子を窺っていた丸い熊耳が気になってしまって、僕はついに手を止めた。
「えっと、こんにちは」
「うぉっ!?」
まさか、完璧に隠れられていると思っていたのだろうか。物陰から男の人の驚いた声がする。なおもじっと見つめていると、やがて観念したように熊獣人の男性が姿を現した。
くたびれた作業着姿の精悍な男で、手拭いを首に掛けている。資材置き場で働いていた町民だろうか。
「えっと……」
「外からやって来た探索者だろ。ヤックだったか」
「あ、はい。どうもお邪魔してます」
完全に初対面のはずだけど、名前までしっかり把握されている。一晩もあれば噂は町中に広がりきってしまうのだろう。ともあれ、自己紹介をする手間が省けた。男性はやはり資材置き場で働く作業員のようで、昼休憩を摂っていると突然大きな音がして、驚いて戻ってきたらしい。おそらく、というか十中八九、アヤメたちが丸太を斬る音だろう。
「ちょっと見てたが、とんでもねぇ割り方だな。どんな力をしてるんだ?」
「あはは……。彼女たちは結構力持ちなんですよ」
機械の身体をしています、なんて言っても信じてもらえないだろう。お茶を濁すような言葉を返すと、作業員の男性は怪訝な顔をした。勝手に丸太を割ってしまって怒られるかとも思ったけれど、そう言うわけではないらしい。むしろ彼は、積み上げられた薪束を見てほうと声を漏らす。
「十日かけて割ろうと思ってたもんが終わっちまってらぁ。なんにせよ、手伝ってくれたんなら、大助かりだよ」
「それは良かったです。って、僕はあんまり貢献してないんですけど」
薪割りというのは熊獣人をもってしても大変な肉体労働だ。アヤメたちのようにスパンスパンと割ってしまう方が異常なだけで。それでも冬季が来る前にある程度の量を集めておかなければ、それも死活問題になる。
「いつもなら赤熱結晶が暖房に使えるんだが、それも今年は少ないしな」
「赤熱結晶?」
「迷宮で採れる結晶だよ。知らねえのか?」
残念ながら、赤熱結晶というアイテムは聞き馴染みがない。おそらくは〝銀霊の氷獄〟の特産品のようなものだろう。迷宮によって産品は様々だ。
「煮炊きに使えるようなもんはそうそう採れねぇみたいだが、安いもんでも一つあれば数日は部屋が暖められる」
「今は〝銀霊の氷獄〟が閉鎖されてるから、そもそもの産出がないんですね」
「そういうこった。おかげで薪はよく売れるけどな」
喜ぶべきか、悲しむべきか。オギトオルクの住民にとって、〝銀霊の氷獄〟は生活の基盤だ。それはヴァリカーヤもよく知っているはず。にも関わらず閉鎖してしまうとは。
「僕たち、春になるまでお世話になろうと思っているんです。その代わりというか、こうして手伝いをさせてもらおうかと思っていて。何か人手が必要なことがあれば、ギルド経由で言ってくださればすぐに駆けつけます」
「そうか? これからどんどん冬支度で忙しくなるからな。正直、猫の手でもありがたいくらいだよ」
忘れないうちに宣伝をしておく。薪割りで力はある程度示せたし、多少は信頼もしてもらえたはず。これでギルドに依頼が舞い込んできたら万々歳だ。
「マスター、残りの丸太も割り終わりました」
「早いね。さすが、ユリだよ」
町の人と話しているうちに、ユリたちは薪割りを終えてしまう。驚きながら労うと、彼女は赤髪を揺らして恭しく一礼した。
「ユリよりも私の方が、総合的な薪の数は多いですが」
「丸太の数で言えばわたしの方が一本多いでしょ」
「アヤメとヒマワリも、ありがとうね」
なぜかユリに張り合うアヤメたちも同様に労う。
「変わった恰好してると思ったが、ずいぶん仲は良さそうなんだな」
そんな僕たちを見つめて、作業所の男性はぱちくりと目を瞬かせた。
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