第138話「収容品リスト」
ヒイラギから受け取った紙には、何やら見慣れない文字のようなものが書かれていた。何かのリストのようなものだろうか。とりあえず、僕には理解できない。
隣に立つアヤメへ顔を向けると、やはり彼女は紙面に書かれたものを読み解けるようだった。
「これは……」
「この施設に保管されていた収容品のリストです」
その言葉にどきりとする。収容品というのは、一つでも世界を滅ぼせるほどの危険を孕んだ物品だ。そのリストが、なぜ今渡されるのか。
「ここにあるのは、現在も返却されていない物品です。〝大断絶〟の直前に持ち出され、その後に行方が分からなくなったものがほとんどです」
「それって、めちゃくちゃ危険なんじゃ」
「はい」
さっと血の気が引くのを自覚した。ヒイラギが渡して来たのは、行方知れずとなった収容品を列挙したリスト。つまり、ここに記載されているものは、管理下に置かれていない状況にある可能性が高い。
「これから様々な迷宮を巡るのでしょう。できれば、これらの探索もお願いしたい」
僕らは魔獣侵攻を抑止するため旅をしている。各地の迷宮を巡る旅だ。
「ここには貸出先の施設の名称も併記しています。きっと、参考になるはずです」
世界を滅ぼせる危険物が、このリストに記載されている数だけ存在する。ざっと数えただけでも十個以上。突然出てきたとんでもないリストに驚きつつ、ふと思い至る。
「もしかして、この中のどれかが〝大断絶〟の原因になったかもしれないってこと?」
「その可能性もあるでしょう」
七千年前に突如として発生した〝大断絶〟によって、アヤメたちの時代の人類は滅びた。各地の施設も異常をきたし、その大部分は迷宮として今日に残っている。それほどの異常な災害が原因もなく起こるとは考えにくい。
このリストにある収容物を探していけば、〝大断絶〟発生の手がかりも見つけられるかもしれない。
「アヤメ」
「引き受けましょう。我々の旅には必要な指針です」
収容物の貸出先となっている施設は、現在においても危険度の高い迷宮である可能性が高い。アヤメもそう考えたようで、リストを受け取る。
「ヤック様、ブレードキーを貸していただいてもよろしいですか?」
「いいけど、どうするの……?」
「失礼」
ブレードキーを差し出すと、ヒイラギがその先端に指先で触れる。パチパチと小さく火花が弾けたかと思うと、青く透き通った刃に綺麗な光の筋が流れた。
「散逸した収容品の詳細を、データとして格納しました。アヤメやユリたちであれば自由に参照可能です」
リストという形だけでなく、ブレードキーにも記録を移してくれたらしい。こちらは僕は見ることができないけれど、アヤメたちがより詳しく把握することができる。その中には収容物の安全な取り扱い方も含まれているという。
「扱いを間違えれば世界が終わりますので、十分にお気をつけて」
「は、はい……」
真顔でそんなことを言われたら、怖くて震えてしまう。
アヤメは相変わらず冷静な表情だけど、恐怖はないのだろうか。
「何年かかっても構いません。回収できた物品はぜひこちらへ。再び安全に収容し、保管します」
ヒイラギは矜持の籠った声で言う。〝大断絶〟も乗り越えて、彼女たちは多くの収容物を守り続け、その結果として世界を救い続けてきた。それこそが彼女たちの使命であり、誇りなのだろう。
「分かりました。何かあれば、また来ます」
だからこそ、アヤメも了承する。この場所を離れられないヒイラギたちの代わりに、各地の迷宮を巡り散逸した収容物を回収するのだ。
「ヒイラギも、一度ココオルクの〝黒鉄狼の回廊〟を訪れることをお勧めします。そこで特殊破壊兵装の修理とファームウェアアップデートを行うべきです」
「そうですね。――ヴァリカーヤ様と、近いうちに」
ヒイラギは、ハウスキーパーたちとマスター契約を交わしているヴァリカーヤへ視線を向けて、少し微笑んだ。氷のように厳格な彼女が、ようやく少し気を許してくれたような気がした。
「我々はこれから、迷宮内の魔獣の掃討を行います。第三階層以降に侵入したものは全て駆除しなければ」
彼女たちの生活は続く。オギトオルクの厳しい冬はまだ終わりそうにない。けれど、彼女たちは再び結ばれた。だからきっと、今後を案ずることもないだろう。
†
最下層から地上までの道のりは長い。けれどコアが正常化し、銀幻蝶も倒されたことで魔獣の勢力は勢いを落とし、更に合流と共にヴァリカーヤとマスター契約を結んだヒイラギ隊のハウスキーパーたちの活躍もあり、七日の半分以下の二日程度で戻ることができた。
第三階層の手前までやって来て、ヒイラギと部下のハウスキーパーたちは立ち止まる。密約により、彼女たちは第二階層へと上がることはない。ここで彼女たちとは別れることになる。
「ありがとう、ヒイラギ。他の皆も」
「いいえ。我々こそ、感謝申し上げます」
ヴァリカーヤが振り返り、しみじみとしてヒイラギたちの顔を見渡す。全て同じ顔をしているけれど、彼女たち一人ひとりがヴァリカーヤの盟友なのだ。
彼女は今、巨大な戦斧を握り、懐に青刃の短剣を携えている。そして、両者には密約が結ばれている。
「来るのが遅れてしまって、申し訳なかった」
迷宮を閉鎖したこと、それによりハウスキーパーたちに負担を強いたことをヴァリカーヤは謝罪する。実際のところはどうであれ、継承が途切れたせいで魔獣侵攻の危機に瀕していたのは事実だ。
けれど、今や彼女も名実ともに正統な後継者となった。新たなギルド長であり、新たなマスターである。
「また会おう」
「いつでもお待ちしております」
さっぱりとした挨拶に、ヒイラギも冷静に応じる。まるで旧来の友のように、二人は別れる。これが今生の別れではないと知っているからだ。盟約が続く限り、二人の関係も続く。
ヒイラギたちに見送られ、僕らは迷宮の階段を登る。今は殺風景な第二階層、第一階層も、しばらくすれば恵みと危険を孕んだ小迷宮として復活するのだろう。
入り組んだ道を進み、やがて外の光を見つける。
「良かった。外は昼みたいだね」
もはや時間感覚も曖昧だったけど、いいタイミングで戻れたらしい。
「うぉお!? ヤック、無事だったか!」
「ヴァリカーヤ!」
迷宮の外に出ると、そこは一面の銀世界だ。キラキラと輝く雪原の向こうから、アトリーチたちの驚く声が近づいてくる。ポードの鳴き声に、老翁たちがヴァリカーヤを呼ぶ声も重なる。
「遅くなってすまない。もう大丈夫だ」
「その戦斧は……。そうか、ついに引き継いだか」
ヴァリカーヤが戦斧を掲げると、老翁たちも感激の声を漏らす。
密約、戦斧、短剣。三種の神器とも言うべき証を揃え、ヴァリカーヤは帰還した。それを成し遂げたことを認めたのだ。
「ヤック」
老翁たちに遅れて現れたのはヤブローカだ。迷宮内では混乱の最中にヒイラギと出会い、あまり話せないまま外に避難した。彼は言葉に迷うように口を動かした後、気を取り直して口を開く。
「いい鹿が獲れた。今日は宴になるだろう」
「……そっか。それは楽しみだ」
老猟師が目を細める。僕もそれに笑顔で応じる。
ヴァリカーヤが帰還すれば、町も大騒ぎになるだろう。今日は美味しいものをたくさん食べられそうだ。
オギトオルクの冬は長い。春の訪れまで、まだしばらく時間がかかるだろう。
僕はアヤメたちと共に白銀に輝く森の中を歩き出した。
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第4章完結です。
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