第13話「道具を使いこなす」

 第一階層を軽く探索して分かったことは、ここに出てくるゴブリン程度束になってもアヤメに勝ち目がないということだ。そもそもオークの群れを単独撃破してしまうような彼女にとっては敵ですらなかった。

 そんなわけで、僕たちは第二階層へと足を延ばすことにした。僕にとっては危険な判断だけれど、アヤメがいてくれるならおそらく問題ないだろう。

 迷宮は大抵の場合、階層によって分かれている。それぞれに棲息している魔獣の種類や数が異なり、時には環境自体が大きく変わることもあるという。基本的に下の階層へ向かうほど、魔獣は数が増え、力も増し、また空気中の魔力濃度も高まっていく。

 迷宮“老鬼の牙城”は全六階層。僕の探索記録は第三階層までだけれど、それもフェイドたち“大牙”の荷物持ちとしてついて行ったに過ぎない。

 僕自身の実力で言えば、第二階層ですでにギリギリだ。


「アヤメ、その武器はいったい?」


 第二階層へ繋がる階段へ向かう道すがら、僕はアヤメの持つ黒い棒について尋ねた。彼女が雷撃警棒スタンロッドと称したそれは、長さ1.5メートほどの細い棒で、材質はよく分からない。でも、かなり頑丈かつしなやかな棒であるはずだ。少なくとも、ゴブリンの骨を砕く程度の威力は出せる。

 この棒はアヤメが昨日回収したトランクの中に収められていたもので、彼女の主力武器となるもののようだ。伸び縮みする不思議な機構を備えていて、持ち運ぶ時は30センほどの長さに折りたたむことができる。


「標準支給の雷撃警棒です」


 彼女は黒い棒の側面を軽く撫でながら言う。


「侵入者や実験隊の暴走に対処するために使用する、近接格闘型ハウスキーパーの標準装備です。マギウリウス粒子を供給することで高威力の雷術を発動させることが可能ですが、先ほどはその必要はないと判断し打撃のみに留めました」

「つまり、本気を出せばもっと強いと」

「この警棒の利点は、マギウリウス粒子の供給が望めない場合でも最低限の武力を行使できる点にあります。これにより、マギウリウス粒子除去空間でもマスターの警護を十分に遂行できます」

「そっかぁ」


 アヤメは魔力濃度の高いところじゃないと十全に動けない。だから、そんな環境でも使える武器を選んで持ってきてくれたらしい。

 うん。少しずつアヤメの言いたいことも理解できるようになってきたぞ。

 アヤメは迷宮、ダンジョンといったものに関する知識がほとんどない。代わりにここを“施設”と呼び、魔力のことを“マギウリウス粒子と呼ぶ。おそらく、彼女が活動していた時代、僕たちの知らない古代では、そう呼ばれていたからだろう。


「アヤメ、この先が第二階層だ。気をつけてね」


 第一階層から第二階層までの道は、大半の探索者は目隠しでも歩けるくらいよく覚えている。第二階層を一人で探索できるようになって初めて一人前と言われ、探索者は幾度となく通い詰めているからだ。

 何人もの探索者が行き来しているから、地下へ続く階段はダンジョンのわりに綺麗だ。そこを慎重に降りていけば、いよいよ第二階層に入る。

 “老鬼の牙城”の本番はここから。構造壁も頑丈なものになり、周囲を徘徊している魔獣も強く賢くなっている。

 入り組んだ通路を歩き始めてすぐ、前方で物音がする。僕は手に持っていたカンテラを掲げ、視界を確保する。薄暗い闇の中から現れたのは、僕の腰くらいまでの高さの、ずんぐりとしたキノコの魔獣だ。分厚い赤に白い斑点の浮いた傘を揺らし、ノソノソとこちらへ近づいてくる。


「わわっ!? 彷徨い茸だ。叩くと毒胞子を撒き散らすから、攻撃しないで」


 早速飛び出しそうになったアヤメの服を慌てて掴む。彷徨い茸は初心者狩りニュービーキラーとも名高い初見殺しの魔獣だ。動きは速くなく、腕や牙も持たない体はいかにも狩りやすそうな姿をしている。けれど、そんな魔獣が二階層を生き抜いているはずもない。

 奴は少しでも刺激を与えると、即座に周囲に毒胞子を撒き散らす。それを僅かでも吸い込めばその瞬間に意識を失ってしまうような強力な毒だ。

 今日の第二階層は未踏破領域を目指して多くの探索者が来ているはずだけど、みんなそれを知っているから放置していたんだろう。


「では、どうしますか?」


 攻撃するなと言ったから、アヤメは素直に止まってくれている。

 彼女が力づくで叩けば彷徨い茸自体は潰れるかもしれないけれど、その際に毒胞子が撒き散らされる。そうなれば、僕たちはあっという間に死ぬし、他の探索者にも迷惑が掛かる。


「僕に任せて」


 こういう時こそ、小技の出番だ。

 僕は背負っていたリュックサックの中から、発火の刻印魔石を取り出す。アヤメはそれを見て興味深そうに首を傾げた。雷撃警棒みたいな高度な魔導具を使いこなすのに、刻印魔石みたいな珍しくもない魔導具は知らないらしい。


「これは発火の刻印魔石。特殊な技法で、中に魔法陣が刻まれてるんだ」


 カンテラの明かりに翳すと、ワインレッドの魔石の中に白い線が刻まれている。簡単な火を表すルーン文字で、これを使えば気軽に火を起こすことができるのだ。


「これを、ほっ!」


 狙いを定め、一擲。

 弧を描いて飛んだ刻印魔石は、そのまま彷徨い茸の傘に当たる。

 ぼふん、と傘が揺れ、濃緑色の胞子が一気に舞い上がる。しかし、直後に小さな炎が上がり、胞子に引火した。一瞬で毒胞子は燃え上がり、僕たちのところへ届く前に消滅する。

 彷徨い茸自身も、こんがりと焼かれて丸焦げだ。食べたら毒で死ぬけど。


「とまあこんな感じだよ」

「なるほど。見事な手腕です」


 パチパチとアヤメが拍手を送ってくれる。

 彷徨い茸の対処法としては基本中の基本だけれど、少し得意になってしまう。

 ちなみ、こうやって倒すと彷徨い茸からは何も得られない。刻印魔石を使う分、収支で言えばマイナスだ。それでも、背後の敵に怯えなくて済むし、後続の探索者に迷惑をかけないためにも、できるなら倒した方がいい。


「僕は剣も魔法もからっきしだけどね。それでも、知識と道具だけはできるだけ揃えるようにしてるんだ」


 茸の灰の中に埋もれていた魔石が案の定指先で脆く崩れ去るのに少し落胆しつつアヤメに話す。

 僕は体も小さいし、剣も上手くない。それでもなんとか一人前の迷宮探索者になるために頑張ってきた。荷物持ちをしながら、他の探索者の動きを見て、その知識を取り入れようとしてきた。


「道具は人類の叡智だ。上手く使えば、自分の実力以上の力が出せる」


 だから、僕のリュックにはいつも一通りの道具が入っている。それを上手く使いこなせば、僕も一端の探索者になれるから。


「本当は自分の腕ひとつで成り上がるような、凄腕の探索者になりたいんだけどね」

「マスターは素晴らしいお方です」


 気恥ずかしくなって苦笑する僕に、アヤメは真剣な表情で言う。その青い瞳があまりにも真っ直ぐで、僕の方がたじろいでしまった。


「そ、そうかな……」

「はい。私はそう確信しております」


 真顔で断言されてしまった。


「マスターは、道具わたしを上手く使ってくれるでしょう」

「ええっ!? そ、そういう意味で言ったんじゃないよ!?」


 けれど、その直後に続いた台詞で、一気に台無しになってしまった。

 確かにアヤメは人間ではないかもしれないけれど、彼女のことは道具とは思えない。自分よりも背が高くて、美人で、強いのに。


「マスターは、私の所有者です。あなたの命令で、私は動きます。ぜひ、如何様にも扱ってください」

「そんな……」


 しずしずと頭を下げてくるアヤメ。彼女に何と言えばいいのか分からず、僕は答えをはぐらかして先へと進むことにした。

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