第62話「霊廟の物語」
第四階層での修行を進めつつ、週に二日は料理や裁縫といった別の訓練を積む。そんな生活にユリも慣れてきた頃。僕らはたまの休みということで街へと繰り出していた。
アレクトリアの街中は今日も今日とて賑やかで、いくつもの大通りで活発に取引が行われ、外からやって来た巡礼者たちも達成感に打ち震えている。そんななか、僕はアヤメとユリに行きたい場所を伝えていた。
「“龍鱗の霊廟”ですか」
町の東に位置する立派な石造りの建造物。アレクトリアの歴史が記された壁画があり、僕らがユリと出会った場所だ。
「うん。そういえば、“聖鱗”について教えてもらってなかったと思って」
“龍鱗の霊廟”には、普段は閉じられている扉がある。年に一度だけ開くというその扉の奥には、聖鱗と呼ばれるものが納められるという。ここで僕とアヤメを迎えたユリは、その聖鱗の正体について教えてくれるはずだった。けれど、その後に色々とあったことで、今まで聞くのを忘れていた。
ユリ自身も説明の機会を逸していたことを思い出したようで、はっとした様子でこちらを振り返る。
「そうですね。説明が遅れました」
そう言って、彼女は話し始める。
「――“聖鱗”とは、“銀龍の聖祠”に存在する強化魔獣の一体を示しています」
「なるほど。やっぱりそうなんだね」
強い驚きはない。
聖女様が語った、ダンジョン内を徘徊する強化魔獣の数は霊廟の数と一致している。なんとなく、そこには関連があるのではないかと予感していた。
「マスターが不在である聖女様は特殊破壊兵装が使用できません。そのため、強化魔獣を殺し切ることもできませんでした。しかし、手放しにしていれば、力をつけた強化魔獣はダンジョンの外へと溢れ出る。それを抑えるため、毎年その力を削ぎ、この霊廟に隔離しているのです」
それは苦肉の策と言うべきものだった。
放っておくだけでも厄介な強化魔獣がアレクトリアの町を荒らさないように、聖女様は倒せないことを知った上で毎年強化魔獣と戦っていた。魔獣の力の根源である魔石を砕き、その一部を隔離することで力を抑える。何千年もそうして脅威を抑え込み続けてきた。
途方もない苦行だ。終わりなき戦いに身を投じ、そして徐々に傷を深めながら、人知れず戦い続けてきた。
「……あれ? それじゃあ、今年はユリが強化魔獣を倒さないといけないんじゃないの?」
聖女様は力を失っている。今、強化魔獣と戦えるのはユリだけだ。
「そう言うことになります」
「ユリ、聖鱗はいつまでに用意しなければならないのです」
「一月後です」
淀みなく即答するユリ。けれどそれを聞いた僕はうめき声を漏らす。
当初の予定では、僕とアヤメは聖鱗を奉納する祭りを見ることもできないはずだった。けれど今では事情が変わっている。あと一カ月でユリと共に強化魔獣を倒す。――長いようで、あまり余裕はない。
「そういった重要なことは、前もって共有してください」
「申し訳ありません」
今回ばかりはアヤメと同意見だ。
強化魔獣が倒せないと、ダンジョンどころかアレクトリアにも危険が迫る。
「少し予定を繰り上げて、アシッドスネイルの討伐に進みましょう」
「そうだね。第五階層、第六階層まで向かわないといけないわけだし」
第四階層で十分な力を付けるまで修行を続けるわけにはいかなくなった。アヤメは教育プログラムを修正しはじめる。
僕はふと気になって、“聖鱗の霊廟”に描かれた壁画を眺めた。僕らが見た後にも、物語には続きが残っている。
「ユリ、聖鱗の持ち主はこの魔獣?」
描かれているのは、炎を纏った大蛇だ。鋭い牙のある大きな口を開き、髪の長い女性と対峙している。周囲には多くの人間が倒れ、被害の甚大さが克明に描かれていた。
「原始の火を宿す蛇、アルヴレイヴァ。それが、それがこの魔獣の名前です」
僕の隣にやってきたユリが言う。
聞いたことのない名前だ。おそらく、どの魔獣図鑑にも載っていないし、ギルドの資料にもないのだろう。アレクトリアの“銀龍の聖祠”にしかいない、唯一無二の魔獣。
聖女様が長年戦い続けても倒し切れなかった強敵だ。
「やっぱり、これを倒すには特殊破壊兵装が必要なんだよね」
「そう言うことになります。アヤメの“万物崩壊の破城籠手”でも倒せるとは思いますが……」
ユリは壁画を見つめ、眉を寄せる。
「――“万物崩壊の破城籠手”は極至近距離の破壊特化型兵装です。この壁画の情報を頼りにするならば、間合いが足りない可能性は高いでしょう」
「アヤメ。それって、相打ち覚悟で挑まないといけないってこと?」
「そうなりますね」
アヤメは淡々と言うけれど、状況は厳しい。
特殊破壊兵装は強化魔獣さえ打ち倒せるほどの力を秘めているけれど、万能最強の武器というわけではない。
「アヤメに任せるのは最終手段です。まずは“銀龍の聖祠”にある特殊破壊兵装を探すのが先決でしょう」
「聖女様が放棄したものだよね。それなら、アルヴレイヴァも無傷で倒せるの?」
「それは、やってみなければ分かりませんが……。少なくとも間合いは“万物崩壊の破城籠手”より広く取れます」
それならば、是非とも手に入れたい。
アヤメもアルヴレイヴァの炎を受ければ無事では済まないだろう。それに、武器は多ければ多いほどいい。
「その特殊破壊兵装の名前は?」
「――“
ユリもその姿は見たことがないという。
マスターを得られなかった聖女様が、撤退戦の中で放棄した特別な槍。堅きを穿つ疾風怒濤の槍。
「じゃあ、頑張らないとね。僕が必ず、それを見つけるから」
探索者の名に懸けて。僕が胸を張ると、ユリは微笑みを浮かべて頷いた。
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