第107話「石激る軌跡」
忍び寄るように影の中から現れたのは、小柄なゴーレムだった。細長い二本の足の先端は鉤爪のようで、関節が二つある長い腕の先に短剣が握られている。元々は何に使われていた機械だろうか。分からないし、考える必要もない。
重要なのは、それが無防備なヒマワリを狙っていたということ。奴は彼女が何かしようとしていることに気付いているということ。そして、僕は全力でそれを阻止しなければならないこと。
「はあっ!」
鞘から引き抜いた剣で襲いかかる。暗殺者はバネのように足を曲げて跳躍する。分かっていたけれど、動きは非常に俊敏だ。妖精銀の両手剣はとても軽いけれど、僕の技量では追いかけるのが精一杯だ。
片足を軸に回転するように刃を横に。滑らせた切先が敵を掠める。火花が散る。
「ヤック!? チッ、敵が――」
「ヒマワリはそのまま準備を続けて!」
音に気づいたヒマワリが体を起こそうとする。僕は視線で敵を追いながら叫ぶ。彼女の銃が切り札なんだ。僕のためにそれを中断してしまえば、アヤメやユリたちの健闘も水泡に帰す。
「コイツは僕が抑えるから。安心して」
「安心できないから言ってるのよ!」
もっともな事を言いながらも、ヒマワリは再び胸を潰すように体を寝かせる。銃を抱き抱えて、照準を黒鉄狼へと向ける。
僕は彼女に信頼されていることを知って、より一層決意を固めた。離れたところで佇む暗殺者に、剣の切先を向ける。
「ヒマワリは僕が守る!」
「なっ、何言ってるのよ……!」
ヒマワリが背後で何か言っていたけれど、それに耳を向ける余裕はなかった。僕は叫ぶと同時に駆け出し、暗殺者と剣を重ねる。けたたましい音を響かせる。体は小さいくせに、その力は大きかった。荷物を担いで鍛えていなかったら、容易く吹き飛ばされていた。
それでも僕は、そいつを背後に向かわせるわけにはいかない。
「はぁあああああっ!」
「ガガッ」
剣を押し付けるようにして暗殺者を吹き飛ばす。地面に転がるそれ目掛けて突き下ろす。けれど敵は丸い体を生かしてコロコロと転がって避けていく。
「はっ! ――つぅっ!?」
思わず足の爪先で蹴り、猛烈な痛みに悶絶する。
一瞬忘れかけていたけれど、こいつも重たい鉄の塊だ。
「ガギガッ」
「くっ、このっ!」
転がりながら体勢を整えた暗殺者が反撃を繰り出す。よく折り曲がる足で勢いよく飛び込んできて、そのまま短剣を僕の喉元に。それを咄嗟に剣で払うと、腕がぐるりと滑らかに動いた。
二つの関節のある腕は、人間の可動域を超えて剣を振るう。その異常な動きに虚を突かれ、刃の先端が頬を掠めた。
血の匂いがする。痛みは感じない。
「てぁああっ!」
胴体を狙っても僕の剣技では傷一つ付けられない。狙うはもっと脆い場所。そして、相手の機動力を奪う!
強引に体を起こし、全身の筋肉を総動員して無理な体勢から勢いよく剣を薙ぐ。研磨だけは欠かさなかった鏡のような刃が、暗殺者の細い足の膝関節に食い込んだ。
敵の体を捉えたのを剣先の重量で感じて、地面に向かって叩きつける。
「とりゃああああっ!」
技もなにもない、がむしゃらの戦い方だ。赤ん坊が玩具を床に落とすような乱暴な動き。だからこそ、純粋に力を注げた。
奇妙な悲鳴をあげて、暗殺者の膝が砕ける。片足がぽっきりと折れてどこかへ飛んでいった。
「ヤック!? 何か変な音がしたわよ!?」
「だ、大丈夫だから!」
ヒマワリがこちらを振り返りたそうにしながら心配の声を上げる。
僕は彼女に答えながら、急いで視線を巡らせ、暗殺者を探す。――それは片足で器用にバランスをとり、ぴょんぴょんと跳ねるように走っていた。
「待て!」
機動力の半分は奪った。それでもなお敵は素早い。無茶苦茶な動きをしたせいで、僕の方が足が絡まりそうだった。暗殺者は脇目もふらず、ヒマワリの元へと走っていく。地面にうつ伏せになり、足を少し広げて銃を抱える彼女のもとへ。
「待てぇえええっ!」
そこに思考はなかった。
僕はただ咄嗟に、深く考えることもなく振りかぶっていた。
銀の光が風を裂く。
鉄よりもはるかに軽い妖精銀の剣が、一直線に投擲されていた。
「カカッ」
錆びついた短剣がヒマワリに迫る。細長い腕が伸びて振り下ろされる。
その関節を、剣の先端が正確に貫いた。
金属の曲がる音。短剣が明後日の方向へと飛んでいく。暗殺者の腕が肩から捥げて、バランスを崩した金属の体が地面を叩いた。
「とりゃああああっ」
「ガッ!?」
驚きの声を上げる暗殺者の元へと駆け寄り、渾身の力で蹴飛ばす。足と腕を一本ずつ失ったそれは逃げる暇もなく、中心を貫かれて吹き飛んだ。
弧を描いて宙を舞う暗殺者。向かう先には牙を向いた黒鉄狼。
「グルァアアウッ!」
その口に吸い込まれるように飛び込んで、咀嚼される。固い鉄の体が呆気なく砕かれ、嚥下され、僅かに黒鉄狼は体積を増した。
ガリガリと固い鉄の舌で口の周りを削り、黒鉄狼はアヤメたちを見る。その姿は実際よりも大きく見えた。アヤメとユリが気圧されているようにすら。
狼が一歩踏み出す。長い眠りを乱した闖入者を許すはずもない。何より彼女たちは金属でできた機装兵。狼にとっては極上の餌にも見えるはず。小さな暗殺者という前菜を済ませた彼が口を開く。――その時だった。
「マギウリウス粒子充填率100%――超圧縮鍛造完了。特大口径弾丸装填。位置調整、体勢調整。照準固定」
銃身が青く染まり、光り輝いていた。
緩やかに波打つ金髪の下でくぐもる声が淡々と告げる。
三分の時を刻み終えた。
「特殊破壊兵装“千変万化の流転銃”、固有シーケンス実行」
白い手袋に包まれた細い指先が引き金をひく。
ノズルから光が迸る。
「――“石激る軌跡”」
放たれた一投の弾丸。滑らかな流線型。目にも止まらぬ速さ。直線を描き、最短の距離で眉間を貫く。眉間にめり込み、喉を抉り、胸の奥にあるコアを破壊する。完膚無きまでに、粉々に。
それでもなお収まらぬ衝撃が、黒鉄狼の巨体を木っ端微塵に破壊した。
それでもなお収まらぬ衝撃が、彼を貫通してその先へ向かう。
佇むのは迷宮の心臓。幾重もの障壁によって守られた頑強な中枢。それを一粒の石が容易く貫き、抉る。
味気ないほどの感触。遅れて、赤熱したダンジョンコアが膨れ上がる。
アヤメとユリが機敏に踵を返して走り出す。
その背後で、盛大な爆発が巻き上がった。
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