第73話 アルラウネとグラタンと電気ブランと
「電気ブラン飲んでみたいの!」
はい、ミカンちゃんの手の中には芥川龍之介の『十円札』。主人公の堀川保吉の友人が酒ではなく電気ブランを飲んでいるという描写に心躍らされたみたいね。ミカンちゃんの中では電気ブランはお酒ではない何か、と思っているんだけどこの頃の人たちってお酒って言うと日本酒の事だから、日本酒じゃなくて電気ブランを飲んでいるって意味なんだけど……日本語って難しいわね。
「電気ブランねぇ、あるにはあるわよ。これでしょ?」
ポケットボトルサイズの電気ブランをリカーラックから取り出すと、ミカンちゃん大興奮。
「おぉー! 電気ブラン!」
そういえば電気ブランって神谷バーで呑んだっきりだったけど、中々パンチの効いた飲み方するのよね。ストレートの電気ブラン(40度)にチェイサーなのか味変代わりなのかビールを飲むという。さっさと酔える事を念頭においたまさに……明治時代のストロング系ね。オツマミは……野菜が少々、オツマミのあまりのベーコンが少々。牛乳。ニョッキ、バター、小麦粉……あっ。ピザ用のチーズ切らしてるわ。
「しゃーない。パン粉で焼き上げますか!」
デュラさんが妙に静かなのはヴィクトル・ユゴーの『レ・ミゼラブル』を読んでいるからね。日本タイトル、あぁ無情。まさにそんな気持ちにさせられる作品は異世界のデュラハンにも響くのかしら?
「ミカンちゃん、グラタン作るからジャガイモ洗ってもってきて!」
「おー! 勇者、グラタンすきー! チーズたっぷり」
「チーズないわよ」
「えぇ!」
への字に口を歪めてつまらなさそうにするけど、ミカンちゃん。私を誰だと思っているのかしら?
「チーズがなくてもうきゃあああ!って言わせてあげるから」
ガチャリ。
なんだろう? ふんわりとミントの香りが、
「ここは? アルテミス様のベットメイク中だったのに!」
女の子。……緑の髪に緑の瞳、そしてアルテミス様という意味深なセリフ。そこから導きだされる真実はいつも一つよ!
「こんにちは! ドライアドです。ここは一体どこでしょうか?」
なんか、背中の後ろがかゆくなるようなアニメ声。本当に地声なのかしら?
「ええっと、ドライアド。ドライアド……樹木の精霊さんね! 私は犬神金糸雀。この家の家主よ!」
スマホでぐぐってドライアドさんの情報を調べると、ドライアドさんはキョロキョロと……「勇者? それに魔物? そして人間。えぇえええ!」だなんて口元を抑えて私、ヒロインですよアピールかしら? ドライアドさん、すごい可愛いんだけど、なんかこう歯に浮く感じがするわね。ホントにどこから出している声なのかしら……
「勇者ははじめて会ったのー」
「勇者は有名ですよぉー! 私の主神のアルテミス様も注目されてますぅー。どうですか? 今からでも主神をお変えになって! 今なら凄い薬草1年分お付けしますよ!」
新聞の押し売りみたいな事をするのねドライアドさんって、オーブンからグラタンの焼けるいい匂い。これでもかという程じゃがいもを使ってるので、チーズ無しでも美味しい事この上なしね。
「ドライアドさん、今から一杯どうですか?」
「お酒ですかぁー? とても弱いんですけどぉー」
ほぉ……あぁ! ようやくこの既視感が分かったわ。新歓コンパとかにいるわこういう娘。私がそれに気づいた時、オーブンがチーンと鳴る。それに本の世界に旅立っていたデュラさんが、
「おぉ! もう夕食の時間であるか! むっ! 貴様は魔王軍に反旗を翻したアルラウネではないか!」
「えぇ、誰ですかぁ? アルラウネじゃなくてドライアドですぅ!」
「馬鹿を言うなである! ドライアドは古き樹木の精霊ではないか、貴様はどう見てもマンドラゴラ変異種。下心のある男を人間、魔物、亞人関係なしに悪食で喰らうアルラウネに違いない」
デュラさんはそれからよほど魔王軍から離れたドライアドさん、じゃなくてアルラウネさんの事を根に持っているのか、いかにドライアドは凄くてアルラウネはダメかを私たちにホワイトボードを持って講義してくれた。
「だって〜! 魔物ってお淑やかじゃないんだもん! それにひきかえ精霊はぁ〜上品で、お茶会とかもキラキラしてて、魔王軍のどんちゃん騒ぎとは大違いなんですもーん!」
要するにパリピ趣向が合わなかったという事なのね。内輪揉めを見てたら明日の朝になっちゃいそうなので、私はポテトグラタンをドンとテーブルに置くと、
「まぁ、とりあえず異世界の事は一旦休戦して、乾杯しましょ!」
全員の手元にショットグラスに注いだ電気ブラン、そして雰囲気を出してジョッキに注いだアサヒスーパードライ。
「「「かんぱーい」」」
「ちょっとそういうのは……あっ! このお酒」
うわぁ……電気ブラン、やっぱ凄いな。ジンやハーブなどが混ざったブランデーの代用品として昔作られたらしいけど、養命酒のような、ある意味パリピ酒に近いわね。そしてすかさずジョッキのビールで口の中を洗い流す。
「ぷはぁ! うまっ! 電気ブランが甘いからビールのホップが引き立つわね!」
「うみゃああああ! 勇者、電気ブランスキー! アマアマ!」
「うぬ、これは誠にポーションのような味のする酒であるな。それも麦酒を友にするとは……」
私達が電気ブランに感嘆していると、頭を揺らすアルラウネさん。ポーッとして顔は真っ赤に染まり……ありゃ、酔っちゃったか?
「なんじゃこりゃ! うめぇ! 金糸雀と言ったな人間? もっとだ! お代わり頼むぜ! だーはっはっはー!」
酒乱? いや、すごい大きく口を開けて笑うアルラウネさん。とくとくとくと電気ブランを追加して、ポテトグラタンを取り分ける私。電気ブランの聖地、神谷バーでは何故かグラタンとかがおつまみにあるのよえ。
「はい! チーズなし金糸雀特製のグラタンでーす!」
実食! ホワイトソースにもペースト状にしたジャガイモを入れてるし、具材にもじゃがいも。基本的にじゃがいもを嫌いな人はいないから、当然まずいわけがないの。
「う、う、うみゃあああああああ! チーズないのにうみゃああ!」
ジタバタして転げ回るミカンちゃん、はい。うみゃああ頂きました。デュラさんもタバスコを適量振ってスプーンでパクリと、
「おぉ! 芋が主役であり脇役であるな! これは酒が進む。アルラウネも食ってみるといい」
「言われなくても食うってんだよ。人間の食い物がなんでぇ……」
ブワッとアルラウネさんは号泣しちゃった。
「うめぇ、うめぇよぉ! なんだよ人間って、ずるいじゃねぇか……こんなうまいもん作ってさぁ……うまい酒飲んでぇ……ウッウッウッ」
泣上戸でもあるのか、まぁまぁと私が電気ブランをショットグラスに注ごうとした時、
「いかん! 勇者、金糸雀殿の耳を塞ぐである!」
「らじゃーかもー!」
「えっ? なになに?」
ミカンちゃんの顔が近い。くっそー! ほんと可愛い顔してるよなー、絶対小さい頃から苦労して来なかったでしょう。
“ピギャあああああああああああああ!“
とお小さな音が聞こえる。しばらくするとミカンちゃんが私の耳から手を離し、何事かと思ったら、
「アルラウネは元々マンドラゴラであるからな。叫び声を普通の人間である金糸雀殿が聞いたら……」
えっ? 死ぬの?
「三日は耳が遠かったであろうな」
結構厄介だけど、そんな感じなんだ? 高まって雄叫びを上げたらしいアルラウネさん、「んぐんぐんぐ、この麦酒もたまらん! 金糸雀、ついかー!」と所望するので、
「あーはいはい」
「そっちの甘いお酒もー」
「貴様、金糸雀殿を顎で使うでない!」
とデュラさんが怒るけど、まぁ私は別にいいかな。アルラウネさんより、厄介なのがそろそろ来そうでそっちの方が胃がキリキリするのよね。
にしても、グラタンに電気ブランって何気にベストマッチよね。
昔、神谷バーに行った時はショット2杯にジョッキ1杯で兄貴達が飲んでたけど、このペースで飲んでいいお酒じゃないわね。ほとんどボイラーメーカーじゃない(ビールのバーボン割り)。
「かなりあー! 勇者、電気ブランおかわりなのー!」
ミカンちゃん、うきゃああ! とか言いながら40度の電気ブランをゴクゴク飲んでビールもごきゅごきゅ流し込んで、今度大学の飲み会に連れて行ってみようかしら……
「ふぅー、しかし中々回るであるな。ミネラルウォーターをいただくである。アルラウネ、貴様も呑んでおくとよい。少しウザがらみがすぎるであるぞ」
「はぁあああ? 金糸雀。どう思う? あーいうモンスター? やっぱり魔物って空気読めねーんだよな。それに対して精霊はいいぜー? 女神の加護を受けているからなー」
「あー、あはは。どうなんでしょうね」
私の肩を抱きながらあーんと口を開けているアルラウネさん、グラタンを食べさせてって事なんでしょうね。まぁ、いいか。スプーンでホワイトソースとベーコンをアルラウネさんに食べさせてあげると、
「なんこれ! 今までこんな美味しい食べ物たべたい事ねーぜ! 口の中でさっと溶けて、優しい味わいが全身に行きわたる。そしてこの肉。どうやったらこんな味になるんだよー! 金糸雀天才かよー」
うふふ、褒められると悪い気はなしないのが困った物ね。お酒が入ってちょっと荒っぽい言動に変わったけど、可愛い子とご飯にお酒をご一緒できるのは役得役得。でも、アルラウネさん、ゆっくり船を漕ぎはじめて、私によりかかるように夢の世界に旅立っていったわ。しばらくこのままでもいいんだけど、横にしてあげて酔いがさめてから帰ってもらいましょうか? 時間は二十二時を少し回ったところね。
ミカンちゃんはゆっくり出ていこうとしているので、
「ミカンちゃん、デュラさん。ちょっとその辺りまで散歩にいかない? おいしいおでんの屋台があるのよ」
こんな時間から? とデュラさんは思ったようだけどすぐに察したみたいね。コートを羽織って玄関から出ると、ミカンちゃんがデュラさんを抱えて壁抜けで玄関の外に出てくる。
「さぁ、行きましょうか?」
「おでーん!」
「はっはっは! 楽しみであるな!」
私達は玄関の扉一枚向こうで、聞いた事ある声で、「こんばんわー! みんなの女神ですよー」とかいう声が聞こえた気がしたけど、今もうワンカップでおでんの頭になっているので気にしない事にして寒い月夜の下、ミカンちゃんと手を繋いで次なる戦場に足取り軽い。
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