第108話 偽勇者と枝豆と麒麟クラシックラガーと
4月に東京の気温は30度を超えた……それは人類が私利私欲の為に地球でいろいろやらかしたから、ゆくゆくはこの惑星は死の星になるのよ。
まぁ、きっと私が死んだずっと後だと思うけどね。そもそも惑星の寿命だって長い目で見れば決まってるんだし、その惑星に住んでいる人間がいろいろ環境やらかしても地球が生み出した生命体なわけなんだからしかたないじゃない。よく、政府の偉い人達は後の世代に負担をかけてはいけないと言ってるけど、多分地球末期の後の世代の人たちは私達の事恨んでるだろうな。
「という事で、暑い日はビールよ!」
「突然の提案に驚き。勇者、たまにかなりあのテンションについていけない時があり」
「うむ、悟りの境地に達している時があると我は見ている」
異世界組の二人のツッコミをもらった事で私は圧倒的な背徳的行動。冷凍庫に缶ビールを放り込み素早く冷やすという技を使うわ。これは実は、あまりやらない方がいいの。基本的に第二のビールとか第三のビールとかいう連中をキンキンに冷やして飲む時に貧乏学生(私を含む)が行う荒業で生ビールで行うと味が変わっちゃうかも。
でも、今回は生ビールじゃないんです。かつて、シェアナンバー1を占めていた麒麟赤ラベル。麒麟ラガーね。最近の麒麟ラガーは正直パンチが足りなくてでもそれが昨今の人々の口にあっているとか、私は旧麒麟ラガーは好きだったけど、今は完全にサッポロ黒ラベル派ね。
そんな、ビリビリとした苦みと深み、コクを味わえるビールが130年の歴史を紡いで戻ってきたのが……熱処理した生ビールじゃない。
「麒麟クラッシックラガーよ!」
「麦酒! でも普段のと違い」
「うむ、色が麒麟ラガー亜種になっておるな」
モンスターみたいな感想ありがとう。そう、白い缶の麒麟ラガーに対して麒麟クラッシックラガーは少しくぐもった色をしてるのよね。缶からして歴史を感じさせるセピア感。
「かつて企業戦士と言われてきたお父さん達の愛したビールを、かつても今もお父さん達の味方である枝豆で一杯やるわよ!」
道の駅で購入した大量の枝豆。これをただ塩を入れたお湯で茹でるだけで世界が嫉妬するビールのオツマミが出来上がるなんて、私は今ほど日本人で良かったと思う事はないわ。いや、これは兄貴が成人した時に言っていた言葉の受け売りよ。でも、そんな大げさなと思った私がこのペアリングを試した時、世界に……暗黒の世界に一筋の光が差し込むようにな感覚を今も忘れないわ。
茹で上がるのを待っていると案の定。
ガチャリと……扉が開いた。
「誰か、誰かおらぬか?」
やたら甲高い声の男性。何処かの貴族の人とかかしら、私が玄関までお出迎えに行くと、そこには恰幅のいい男性。頭にはでっかいロレックスみたいなの巻いて、背中に大剣を担いでいる。ショルダーガード、マント、プレートメイル。これはアレね。かつて昭和後期から平成中期までの人たちのイメージに合致する勇者の装い。
「こんにちは」
「娘、この家の家主殿は?」
「私ですよ。犬神金糸雀です」
「そうであったか、それは失礼した。俺は勇者タルバン。ノップ村に1000年に1度生まれる勇者である」
へぇ、勇者って何人もいるのね。いや、ミカンちゃんが勇者の剣を色んな人に配ってるから全然その可能性はあるわね。というか何よ勇者の剣配るって……
「とりあえず今から1杯やるところだったんでタルバンさんもどうです?」
「そうか、ご馳走になろうではないかぁ!」
なんかイラっとする話し方だけど悪い人じゃなさそうね。ソファーで寝転がりタブレットで動画を見ているミカンちゃん、枝豆の煮え具合を見てくれているデュラさんを見て、タルバンさんは、背中の大剣を抜いた。
「そこで横になっている娘よ。俺の後ろに隠れよ。魔物がいる」
うん、魔物はいるわね。ミカンちゃんはチラりとタルバンさんを見て、再びタブレットの動画に視線を移す。またデュラさんもタルバンさんを見て枝豆の煮え具合に集中してる。いやいやいや、辛辣でしょう。普段と違うじゃない。どしたのよ。
「あはは、二人ともどしたの? なんかテンション低いけど、とりあえずタルバンさんそこ座って」
「うむ! そうさせてもらぉう!」
背中に大剣担いだまま座るのね。どういう状態? そして状況が一変したのはデュラさんが煮えた枝豆をお湯切りして、ザルうつして持ってきてからだったわ。
「お待たせしましたである」
「魔物よ! この家のファミリア、召使であったか? 先ほどは剣を向けた非礼許せ‼ 何分勇者として魔物を斬る毎日であった」
「ほぉ、そのなまくらで我を斬れるか? まがい物の勇者よ」
「何を申す! 俺は誠の」
ミカンちゃんがビックシルエットをワンピ代わりにしてソファーから起き上がってくる。もう、ちゃんと下着の下にパンツかスカートはいてよね。年頃の娘がはしたないとか言おうとしたら、
「勇者は勇者なり」
と自分に向けて親指を向けるミカンちゃん。それにタルバンさんは笑う。自分がいかに勇者であるか、そしてタルバンさんは決め顔で私にこう言ったのだった。
「カナリア。聞くと言い。俺はあの勝利の女神ニケに啓示を与えられたのだ。ワインを樽で1つ、干し肉と旬の野菜を荷馬車二つ分。女神ニケに献上する事で、俺の力を3倍まで引き上げる事ができる女神の加護を手に入れたのだ。それから、ゴブリンと命を懸けた戦い。スライムには全治三か月の重傷を与え、インプを撃退した事もあったな」
「あんた偽勇者だ! 騙されてる。あっ!」
言っちゃった。だって、ニケ様。さすがに酷いでしょう。未来有望な若者に……なんてことしてるのよ。なんか可哀そうになってきた私は、ビールを人数分用意すると、
「とりあえず乾杯しよっか?」
腑に落ちなさそうな顔をしているタルバンさんだけどお酒は好きみたいね。ジョッキに入ったビールを見て「これは、美しい色をした麦酒だ! さぞかし良い物なんだろうな」と言ってるけど、まぁかつては高級品だったという話は聞いた事あるわね。だからホッピーが産まれたりしたわけだし。
「乾杯!」
「「「かんぱーい!」」」
んぐんぐんぐ!
「「「「ぷはぁああああ!」」」」
これはホップききまくりね。苦い! 美味い! ね。日本人は緑茶の苦みを楽しめる唯一の人種らしいからビールの苦みに対してもすぐに受け入れたんでしょうね。そしてお待ちかね。ビールの美人女房。
「枝豆もやっちゃてー!」
はぁ、生きてて良かった。枝豆を食べるとビール、ビールを食べると枝豆。無限機関の完成よ! 偽勇者タルバンさんは「こんな豆を俺に出されても」だなんて言うけど渋々枝豆をパクリと食べて……
「なんぞこれぇぇええ! う、うますぎる! 手が勝手に麦酒にぃ!」
「うきゃああああ! 枝豆うみゃああああああ!」
ミカンちゃんはぐいっとジョッキのビールを一気飲み。一杯目はやりたくなるわよね! デュラさんもヒョイパク、ヒョイパクと無言で枝豆を食べて、きゅーっとクラッシックラガーで飲み干す。ミカンちゃんの、
「お代わりぃなりぃ!」
「我も」
「お、俺もいただこう」
「はいはいー、待っててねぇ!」
こうなると職人芸を見せてあげたくなるのが、職人ってものよね? 私は私のグラスを含めて、全員分のグラスを一纏めにさながらビアガーデンの店員のように運んできた。
「かなりあー、ギルドの給仕みたいなりっ!」
「そうだなぁ、ギルドの給仕は十個とかジョッキを同時に運ぶものなぁ」
くっそー! 上には上がいたか……まぁ、そんな事競ってないで、再び枝豆ね。無限に食べていられるわ。まぁ、私はそんなお酒を飲んでいるノリでタルバンさんにさっきのやや暴言を謝っておいた。
「タルバンさん、偽勇者とか言ってごめんなさい」
「いや、構わない。俺がまだ勇者たるには力が足りないからなぁ」
なんでもそうだけど結果として何を成したかなのよねタルバンさんは勇者じゃないかもしれないけどそれに匹敵する功績を得れれば勇者と言って言えなくないかも。タルバンさんも笑う。お酒の席って不思議と意気投合するのよね。
「でもその太っちょ勇者じゃないなりっ! 勇者は、勇者」
「そうであるな。勇者といえばこの勇者であるな! 故、偽勇者でなんら間違いないであるぞ! 金糸雀殿!」
そう、そしてこの異世界組のブレなさよね。枝豆とビールはまだまだあるし、今日はとことんまで飲むわよ! と思うと彼女がやってくる事を私達は知っている。
「ただいま帰りましたよ! みんなの女神です!」
ミカンちゃんとデュラさんがあからさまに嫌な顔をしている中、タルバンさんが驚愕し、ニケ様の前に片膝をつく。
「我が主神。女神ニケ。俺です。勇者タルバンです!」
私たちはこの展開、何かあるぞ! と期待して見ていると、クラシックラガーを片手にニケ様はそれをんぐんぐ飲んだ後にとんでもない発言を残したの。
「えーっと、貴方は誰でしたっけ? 勇者、それにデュラハン。説明なさい!」
あーあ、言っちゃったよ。ニケ様、多分酔っ払っててタダで飲み食いしたいから適当な人に託宣という名のたかり行為したわね!
私たちは何か全てを悟ってトボトボと帰っていくタルバンさんにかける言葉が見つからなかった。タルバンさんは偽勇者じゃなくて、勇者だと悪い女神に騙されていたある意味被害者だったのだ。そんなタルバンさんを見かねてミカンちゃんが……
「た、タルバン。これ、勇者の剣。フェニックスブレードをやれり!」
こうして、また一人。勇者の剣を持った人が異世界に帰っていくのでした。がんばれタルバンさん! 負けるなタルバンさん! 私たちは枝豆を食べてクラシックラガーを飲みながら応援してますよ!
「ところで三人ともお話があります! 女神の前にお集まりなさい!」
「「「うるせぇ!」」」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます