第109話 魔剣と素麺とサムライ・ロックと

 季節を微妙にずらして食べる物って謎に美味しい現象に名前をつけて欲しいわね。真夏にキンキンに冷やした部屋でお鍋を食べるとか、冬に温かい部屋でアイスやかき氷を食べるとかそういう真逆の食べ方じゃなくて、初夏である今だからこそ、素麺を食べる!


 という名目で各方面から貰った素麺を少し消費したいなとか思っているのよね。デュラさんもミカンちゃんも麺類は大好きだからささっと少し消費して、真夏に素麺地獄を味わってもらおうかしら。私は自然に戸棚から素麺をとりあえず十束取り出す。そして大きな鍋を用意して火にかけた。その間に冷凍庫で作った氷を用意する。牛乳パックを洗ってこの中で氷を作ると大量に氷を作れて便利よ。お酒を飲むのには適さないけど、素麺冷やすのはこれで十分ね。


 お酒はなんか、素麺に合いそうな……ボトルに侍が印刷されたいかにも海外の人が好きそうなお酒があったわね。純氷を用意するだけでそのまま飲める。サムライ・ロック。


 ゴトン! 玄関で何かが落ちる音が響く。何かしら? 一旦火を止めて玄関を見に行くとそこにはご立派な大剣が落ちているわね。なにこれ?


「重たっ……」


 私がそれを持ち上げるとリビングから叫び声が聞こえてきた。


「金糸雀殿ぉ! その剣を持ってはならぬぅ!」

「勇者は、かなりあの為を思い、心をオーガにして必殺の蹴りをお見舞いせり!」


 普通に大剣をよいしょっと運んでいた私にミカンちゃんの飛び蹴りが、でも不思議と体が動いて大剣で受け止めてしまったわ! あー、なるほど。これは呪いの剣的なやつで私の体は私の意志とは別に動いてる感じなのね……最悪ね。

 なぜなら……


「かなりあ、勇者の未熟を許して欲しいと言えり、その剣を持ったかなりあの命を守ったまま止めるのは不可能といえり!」

「むぅ、あれは持つ者の生命力を極限まで吸い取り力に変える魔剣」


 中々ヤバい物を握ったわけね。まぁ、どうにかなるでしょ。

「ちょっとデュラさん、素麺の続き作ってくれる? あとサムライ・ロックは氷を入れるだけでいいから」

「うむ、このような状態でも晩酌に力を入れる金糸雀殿に感服しかないであるな」


 とりあえずデュラさんに料理は引き継いだ事なので、次はミカンちゃんね。私は私の意志でブンとこの大剣を抜いてミカンちゃんに向けてみた。成る程、呪いの魔剣って抗わずにその道具としての使い方をしようとすると私の意志通りにちゃんと動くのね。ミカンちゃんは私をガチで殺る気満々の目でポケットからお菓子のゴミと一緒に勇者の剣を取り出したわね。もう少しお片付けできるようにならないのかしら?


「ミカンちゃん、冷蔵庫からキャベツと人参とニラ持ってきてくれる?」

「かなりあの最後の願い聞き入れたりぃ!」


 冷蔵庫から指定した野菜を持ってきたので、私は投げてと言ってミカンちゃんに投げてもらう。そしてこの呪われた大剣で……見事な千切りを披露。こうして時間でも潰してたらそろそろ。


 がちゃり。


「さぁ。今日も偶然夕食のお時間に女神が来ましたよー!」


 ほら来た! ミカンちゃん口をへの字にしているけど、ニケ様に来て頂いた理由は呪いとかこの女神様専門だからなんとかしてくれるでしょう。


「ニケ様、すみません。呪いの魔剣もっちゃって助けてください」

「まぁ! 金糸雀ちゃん、剣は料理に使う物じゃないんですよ! 困ったちゃんですね! では、一つ賢くなったところで、それぇ!」


 ニケ様の女神パワーで呪いの剣は私の手から離れた。だけど、呪いの魔剣は剣と鞘をかしゃんかしゃんと動かして何かを主張。


「なになに? あら、この魔剣。人間の生き血じゃなくて、お酒をすすりたいらしいですよ! 珍しいですね!」


そんな魔剣聞いた事ないけど、まぁ血よりそりゃお酒の方が遥かに美味しいわよね。という事で。私はグラスを5つ用意する。ミカンちゃんはニケ様がいる事に凄い不満そうだけど、素麺食べたいみたいなので渋々座ってるわね。私はこの間に氷をアイスピックで砕いて、グラスにそれぞれ入れるとサムライロックを注ぐ。


「一応、グラス5つ用意したんだけど、魔剣さんはどうやって飲むのかしら?」


 ニケ様が「わぁ! 美味しそうなお酒ですねぇ! 魔剣にお酒を飲ませようと思ったらやはりかけるのが一番じゃないですか?」とか、まぁたしかにお酒をぷーって日本刀とかにかけてるシーンを映画か何かで見た事があるような気がするわね。あれ錆ないのかしら?


 まぁ、とりあえず。


「乾杯しましょうか? デュラさんもきてください!」


 素麺をせっせと準備してくれているデュラさんもふよふよと浮いて戻ってくると、グラスを掲げて……超能力でグラスが浮いている。それも2つ。


「両方ともデュラさんですか?」

「いや、我は一つ故……これは魔剣の力であるな。よほど酒が飲みたいと見受ける」


 呑兵衛の魔剣とかあんまり聞いた事ないけど、


「乾杯!」


 カチんとグラスを合わせてかんぱーい! サムライかぁ、昔はバーとかで日本酒のカクテル? とか思ってたけど、普通に今は人気がありすぎて限定販売だった月桂冠のサムライロックというお酒で通常販売で売り出されちゃってるの驚きよね。まぁ、日本酒とライム(レモンの場合もあり)とか合わないわけがないのよね。


「くぅ! うまい!」

「ほぉほぉ! 日本酒のあの癖をあえて殺して飲みやすくしておるのか、うむ」

「うんみゃい! でも勇者しゅわしゅわにしてほしいかも」

「ミカンちゃん、あとでトニックウォーターで割ってあげるわ! サムライトニックも美味しいわよ!」


 さて、本日はしょっぱなからいるニケ様、ぐびぐびとサムライロックを飲み干す。そうやって飲むお酒じゃないんだけどなぁ。魔剣さんは……ちびりちびりと刀身にかけてる……というか飲んでるのね。そんな魔剣さんを見てニケ様は……


「こら! 魔剣なのにお酒を飲むという事はどういう事ですか!」


 外から見ると剣に語り掛けているヤバい女性となったニケ様、魔剣さんはそんなクソウザいニケ様の相手をするようにちびちびとサムライロックを飲んでる。


「はい、お待たせ様である! そうめんであるぞ! ネギに、生姜、わさび、みょうが、卵に鯖の水煮、納豆も用意したである!」


 やるわね! デュラさん、素麺黄金セット! でも惜しいわね。私は冷蔵庫の横にある戸棚から梅干しと、らっきょうを持ってくる。


「これも忘れずにね! デュラさんの用意してくれた物と合わせて一緒に食べる事で素麺がお酒のおつまみに早変わり! 普通に素麺を食べたり、具材で味変したり! 好きに楽しみましょう!」

 

 まぁまずは普通に麺つゆで一口。あぁ、いいわね。風情を感じるわ! ここでサムライロックで流す。さしずめ文豪のお昼みたいな感じね。


「勇者は納豆とサバと一緒に食べり!」


 東北の方の最高に美味しい食べ方ね! デュラさんは納豆と卵でつるんと、これも美味しいわね。魔剣さんは……麺つゆに殆ど麺をつけずにネギだけで……食べるというか、刃に触れると消えるというか……なんでもありね。


「金糸雀ちゃんの世界は麺類が多すぎなんですよ! 聞いていますか?」

「はいはい、めっちゃ多いですよね?」


 なんか意味不明にキレ散らかしながらもニケ様はちゅるちゅると素麺を食べてサムライロックの入っているグラスをコンと置く。


「金糸雀ちゃん! お酒がありませんよぅ! 魔剣の分も? 女神にお酒のおかわりを催促するとはどういう事ですか! 金糸雀ちゃん!」

「はーい! ミカンちゃんとデュラさんは?」

「飲めり! シュワシュワー」

「我はロックで」


 私もサムライトニックで飲もうかな! 次はわさびをうんときかせて素麺を食べようかしら。全員分お酒を用意して私は魔剣さんに、


「魔剣さん、美味しいですか?」


 だなんて、受け答えできないだろうに聞いてみると、代わりにニケ様がウザ絡みしてくるんですよ。


「このすーっぱい! 果実が魔剣は気に入ったようですよ! どういう事ですか金糸雀ちゃん! この麺類美味しすぎますよ! 今度の女神定例会で出しますので少し譲ってください!」


 ギンとした目で私にそういうけど、女神様達が集まって素麺啜ってる絵面とか地獄以外の何物でもないわいよ。まぁ、めちゃくちゃ余ってるからあげますけど、ミカンちゃんが素麺、サバの水煮、納豆、そして潰した梅干し。それを一気にかっこんで、サムライトニックで流し込む。


「うんみゃああああああああ! シュワシュワとネバネバがうんみゃい!」

「勇者! 騒がしいですよ! ご近所様の迷惑をお考えなさい」


 ニケ様は、薬味好きねぇ。ネギ、みょうが、刻んだらっきょう、おろし生姜で素麺をちゅるちゅる食べて、かっ! とサムライロックを煽る。


「金糸雀ちゃん! 女神のお酒が足りませんよ?」

「はいどうぞ!」


 デュラさん……缶詰のみかんを持ってきてそれを乗せてパクりと「おぉ! 意外と合うであるな!」まさか、七夕素麺の領域にまで足を踏み入れるなんてやるじゃない!


「むっ! 勇者は強烈な瘴気を感じれり!」

「そこにいるクソ女神の事ではないであるか?」


 一番瘴気放ってそうなデュラさんに言われるとか相当よね。でもミカンちゃんの言う瘴気の発生源は……今回のゲスト、魔剣さん。


「あら? 魔剣。貴方、どうしてクラスチェンジなんかしているんですか? そこになおりなさい! 女神の前でそもそもですねぇ!」


 ニケ様が魔剣さんにそう話し続けていると、魔剣さんは……禍々しい剣に姿を変えた。それにデュラさんが……


「魔剣殿が進化して、破滅の剣になったである!」

「うぉー! 勇者、武器の進化初めて見り! 貴重体験なりぃ!」


 ウミガメの出産みたいな感じなのねきっと。私は魔剣さんの進化祝いに月桂冠のサムライロックの新品をひと瓶、魔剣さんに差し上げると……

 ガンガンと魔剣さんは自分の身体を地面に打ちつけて、綺麗な紫色の宝石をコロンと落とした。


「まぁ! 魔剣の分際で、金糸雀ちゃんに宝石をプロポーズですよ! 恥を知りなさい! 恥を!」

「あはは。ありがとうございます。いやぁ、嬉しいですけどねぇ。剣と人間じゃねぇ」


 と、初めてプロポーズ……もしかしたらミカンちゃんに二回くらい近い事言われたかもしれないけど、それはノーカンという事で、でも魔剣かぁ……

 と、そんな風に思っていると、魔剣さん……長身の長い黒髪イケメンに姿を変えて、


「やはり、俺程度じゃ金糸雀さんを口説けなかったか、失恋のお酒の味もまた最高でした! 誰か、この魔剣である俺を受け入れてくれる誰かのところまでまた旅に出ます! ご馳走様、そしてさようなら、俺の愛しき人」


 バタムと出ていく魔剣さん。あれ? どういう事?


「クラスチェンジした事で人型を取れるようになったとは、相当なレベルの魔剣になられたようであるな!」

「うん、勇者もガチンコだとやばいかもしれないと言えり!」


 そんなんできるなら先に言ってよぉ! せっかくイケメンの彼氏(結婚前提)と出会えたかもしれないのにぃ!


「待ってぇ、魔剣さーん!」


 そう言って玄関を開けると、配達員のお兄さん、私の事をかなりやばい女を見る目で見て……


「あ、密林です。受け取りのサインを……」


 いやあぁああああああ!

 いやぁああああああああ!

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