第80話 ホムンクルスと大鶏排とカバランハイボールと

「たっだいまー! 今日は美味しいお土産があるわよ!」


 ガールズバーの仕事で本日一緒になった楊さん、台湾の大学生さんである。最近入った新人さんなんだけどその不思議ちゃん気質と物怖じしない態度に人気は上々。私ともすぐに仲良くなってくれて、私が台湾の食べ物が好きだと言ったら、台湾からあげ、大鶏排を作ってくれるというのでお家に寄らせてもらって、しかもご馳走してもらっちゃったのよね。そして待っている三人の話をするとお土産まで作ってくれたからこんどお礼を何かしようと思うのね。


「犬神様ぁ!」

「あはは、そろそろ様付けやめようよー!」

「犬神様は犬神様ですから!」


 新しく居候になったルー・ガルーさん。このままだと人狼さんなのでミカンちゃんが呼ぶようにルーさんと呼ぶ事にして保護中。先輩のデュラさんに教わってお手伝いをしてくれているみたい。部屋が滅茶苦茶綺麗になっているのは私がズボラだという証明じゃないと信じたい。


「かなりあー。それなに? いい匂いは美味しい物と見たり」

「これ? 台湾からあげの大鶏排よ! 向こうでは食べ歩きとかの定番だとか? 噂によると大鶏排が大好物の少年が意識不明に陥った時、お兄ちゃんがこの名前を言った瞬間目を覚ましたなんて話もあるくらいね」

「おぉ! 一度食してみたいと“ようつべ”にて閲覧していたである!」

「いい香りですぅ!」


 お腹をすかせたみんなの為に楊さんはほんとに沢山作ってくれたのよね。きゅっとビールなんかに合わせると美味しいんだけど……


「みんなあのね。ちょっとお願いがあってね。ごにょごにょ」


 と私はみんなにある提案をしたの。テーブルには透明な液体の入ったショットグラス。そして本日の飲み物はザ・ノンアルコール飲料。


「のんある気分のレモンサワー味ね!」


 要するに、ニケ様にはのんある気分のみ渡して、私達はショットグラスに入れたウォッカでのんある気分を割るという背徳的な飲み方を考えているの。我ながら私、あったまいいー!


がちゃり。


「はーい! こんばんわ! みんなの女神ですよー! 本日は私の従者のホムンクルスのクルスも連れてきましたー!」


 と言うニケ様の隣で凛として姿勢よく立っているスレンダーで眼鏡をかけたインテリ美女。背中の慎ましい翼も似合っている。

 でホムンクルスってなんだっけ? ええっとなになに? 錬金術師が生み出そうとした人造人間、日本では比叡山の最澄等が勉強してるのね。へぇ! 


「はじめましてクルスです。我が主がご迷惑をかけていないか共に参りました」

「もうクルスったら! 私がみんなに迷惑をかけているわけないじゃないですか! ね? みなさん!」


 無茶ぶりキターーーーーー。

 どう答えるべきか……


「……」

「……」


 私とデュラさんは黙って何も言わない。そう情報戦の第一は黙秘よ! 見るからにクルスさんの表情が曇る。


「……毎回迷惑かけられてるかもー」


 あっ、ミカンちゃん言っちゃった。それにニケ様は「またまたぁ! 勇者の冗談は笑えませんよー!」と可愛い仕草であははと笑っているニケ様。うん、凄い可愛いんだけど、貴女一度お酒を飲んだ後の姿を見せた方がいいかしら?


「ニケ様は、それはそれは長い説法をされて帰られます。日にもよりますが、朝方まで続く事も日常ですね!」


 よどみのない瞳でルーさんがそう言うものだから、クルスさんは汚い物でも見るような冷たい目でニケ様を見つめる。うん、インテリ美女にこんな目で見られたら女の私でも何かに目覚めそう。


「我が主、帰りますよ。どう考えてもここにいる方々に迷惑をかけているじゃないですか? この際ですのでお伝えしますが、魔王城からも冒険者や、各種王国からも最近我が主の託宣が適当になっているとクレームを耳に挟んでいます」


 うわぁ。クルスさん、なんかややこしそうな仕事してるんだろうなぁ。どう考えてもニケ様の方が立場が上そうなのに、クルスさんはニケ様を引っ張って追い返してしまう。


「いやーん! 金糸雀ちゃんのごちそー……」

「お黙り下さい。我が主」


 しかし、クルスさんだけ残って……あっ! これ、ウチの経営者がご迷惑おかけしました。的な謝罪をしていくんだ! 一応、自分の仕えている女神様の顔を立ててるのね。きっとクルスさん、どこの会社でもやっていけるわ!


「この度は我が主が大変、ご迷惑をおかけしました。あんな我が主ですが、全ての種族の幸せや平穏を誰よりも考えている事には嘘偽りはありません。ただ、美味しい物に目がなく酒癖が酷い事が問題です」


 なんかこういう真面目そうな人に謝罪されると……


「ま、まぁあのクソ女神がいても面白い時がないこともないと思うような気もするであるな」

「勇者もたまにクソ女神の顔を見ないと不安な時があるかもー?」


 二人ともせめて、女神って言ってあげて、もうこの話はおしまい。もう猪口才な飲み方を考えていたけど、私は冷蔵庫から缶のお酒をドンと取り出す。


「台湾唐揚げに合わせる。台湾ウィスキーのハイボール缶。カバランハイボール! これで乾杯しましょ! クルスさんも、是非」

「私も参加してよろしいのでしょうか?」


 ニケ様を追い返してくれたクルスさんを拒絶する人はきっとここにはいないわ。ミカンちゃんが凄いいい顔で親指をあげる。


「で、では少しだけ」


 という事で私達はカバランハイボールを掲げて。


「真の女神。クルスさんに乾杯!」

「「「かんぱーい!」」」

「私は女神ではなく、天使型ホムンクルス・初号機のクルスです。ですがお酒の席で野暮ですね。かんぱい!」


 私達の中でハイボールが苦手という人は誰もいない。

 くはー! なにこの甘さ!


「んっんっん! うみゃあああああ! 勇者、このシュワシュワのうぃすきーすきーー!」

「ハイボールという概念が覆ったであるな?」

「はー、甘くて美味しいです! 犬神様ぁ」


 そう、このカバランハイボールは甘味で味付けしてある。いわばウィスキーベースのカクテルなのよね。台湾の高級シングルモルトを使われているという結構凄いお酒。クルスさんは……


「……成程、これが我が主が金糸雀様のお部屋に入り浸る理由ですか……美味しすぎますね?」


 ニコっとクルスさんが笑った。

 はぅ……美人に弱い私が出てしまうわ。こんな厳しそうな人が上司で時折こんな笑顔を見せてくれたらたまらないでしょうね。


「はい! 本日のオツマミは台湾唐揚げ、大鶏排ダージーパイ! 物凄い大きいですけど、これで一人一枚です!」


 下敷きみたいなその大鶏排を私は豪快に齧り付いて見せる。カリっカリな食感と共に口の中に広がるスパイスの味わい。肉汁と安心する鶏肉の甘みがまだいる内に当然、カバランハイボールをキメる!

 私を見て、ミカンちゃんとデュラさん、そしてルーさんも一緒に、


「うきゃああああああ! あうー! だーじーぱいとたいわんハイボール合うのぉおおおおおお!」


 ジタバタジタバタ、ご近所さんに怒られそうな騒動。デュラさんもよほど口にあったのか感想を述べずにバクバク、ゴキュゴキュと食べ進め、特にお肉が大好きなルーさんは一噛みする事に「ふわぁあああ、おいひーれす!」と意識を持っていかれそうになっている中……


 そうクルスさん。


「鳥獣の肉に味付けをして揚げた物ですね。ギルドの酒場という場所で食されている物に近い食べ物ですが……これは美味です。臭みをとる為に揚げているギルドの酒場の物とは違いこれは味を追及した結果この形に落ち着いたというところでしょうか? すみません、金糸雀様。一口戴いたこちらですが、我が主の為に持ち帰らせていただいてもよろしいでしょうか?」


 一口でそれだけ美味しいと言ってくれるクルスさん、楊さんもきっと作った甲斐があるでしょうね。でも……


「それはクルスさんのですから食べちゃってください! ニケ様のは別で包んでお渡ししますので」

「理解しました。そうやって我が主を甘やかしているんですね? ありがとうございます。ですが、あまり甘やかしすぎは私が困りますので」


 クスクスと笑いながら上品に大鶏排を食べて時折カバランハイボールを飲むクルスさん。何この大人な飲み方! さしずめ私たちは学生の飲み方ね! 大鶏排一枚でもうミカンちゃんは三本目のカバランハイボールに突入、デュラさんとルーさんと私も二本目に、クルスさんは顔色一つ変わらないけど、ゆっくり、じっくりこのペアリングを楽しんでる。


「それにしても異世界のお酒、なんとも味わい深く。そして少しキツめですね。神界のお酒はもっと弱く味も慎ましい物です」


 カバランハイボールを一飲みして口の中でお酒の味わいを楽しんでる。本来、ハイボールもカクテルだからその1杯だけで楽しむ事もオツなのよね。

 みんなが2枚目の大鶏排を食べる中、ようやく食べ終わったクルスさんは純白のハンカチを取り出して手の油を拭き取る。


「金糸雀様、ご馳走になりました。そろそろ我が主が寂しがっている頃ですので、戻らせていただきます」

「あっ、はーい! そうそう、ニケ様へのお土産。こちらに包んでおきましたので! カバランハイボールはしっかり冷やすか氷を入れて飲んでくださいね? あと、アルパカワインの赤とナビスコのプレミアムクラッカーも入れておきましたので一緒にどうぞ」


 私のお土産を受け取りクルスさんは深々とお辞儀をして、


「勇者、デュラハン、人狼。あなた方にもこれから我が主が迷惑をかけると思いますが、どうか仲良くしてあげてください」


 去り際にニコっと微笑んでいくので、三人もただただ頷くしかなかった。誰も声には出さないんだけど、クルスさんが毎回来てくれればなぁ〜とか、そんなことを私たちは思いながら台湾の夜市を彷彿させる香り漂う部屋の中、そんな新鮮な気持ちのままクルスさんのご帰宅を残念に思いながら次の缶に手を伸ばしたのよね。


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