第79話 侍とプレッツェルと檸檬堂と

 ミカンちゃんとデュラさんが待ちに待ったワールドベースボールクラシック、先日の日中戦は若々しい中国チームが四年後期待大だとかデュラさんが野球通な話をしている中、日本代表の第二回戦が始まった。


「韓国のピッチャーすごいのー! 日本代表きりきり舞いなのー!」

「これは先制点が勝負所であるな!」

「これがやきうという物ですかー」


 と、ルー・ガルーのルーさんもテレビにくぎ付け、私は本日の先発投手のダルビッシュ有選手がイケメンなのでそれを見ているだけで私は幸せね。本日は野球を見ながらという事になりそうなので、WBC応援のお酒としてホームランと書かれた、


「檸檬堂を用意しましたー!」

「おぉ! それてれびでやってるやつー!」

「うむ。予想はしていたが金糸雀殿は分かっているであるな!」


 気分だけでもスタジアム観戦してる雰囲気作りね。さぁ、ゲームは韓国の先制2点でデュラさんとミカンちゃん驚き。どちらの選手でも好プレイには拍手するミカンちゃんと「いまのは良いプレイであった!」と褒めるデュラさん。


 ガチャ。

 さぁ、今日はどんな人が来たのかしら? 


「む? ここは何処だ。あのヘンテコな生き物のいる世界でもない」

「いらっしゃ……ん? んん?」


 そこには可憐な女の子。それも着物を着て腰に二本刀を差している……どういう事かしら?


「私は犬神金糸雀。この家の家主ですけど、貴女は?」

おれか? 聞いて驚くな! かつて上様の懐刀、今は死して不思議な世界に流れ着いた。小さい狐と書いて大侍の小狐様とはおれの事だ! はーっはっはっは!」


 えぇ、変な娘来たなぁ。侍って言ってるけど……


「ぬぉ! 剣聖ではないか!」

「おぉ! 勇者も剣聖を久しぶりに見たり!」

「剣聖? あの……伝説の……」


 居候の三人がそう言うので、凄い人なんでしょうね。小狐さん。同じ日本人らしいんだけど、すらりと伸びた手足、綺麗な黒髪に芯の強そうな黒い瞳。令和を生きる私よりどう考えてもモデルみたい。というか日本人離れしてるでしょ……


「あの、小狐さんは何年生まれですか?」

おれか? 文禄3年だ!」


 400年以上前の日本人……もうこの事は考えないようにしましょう。とりあえず何の因果かここにやってきたわけだから、おもてなししましょうか!


「あの小狐さん、今から野球を見てお酒飲むんですけど、よかったら一緒にどうですか?」

「宴か? いいな、喜んで受けさせてもらうぜ!」


 屈託ない笑顔。あぁ、こんな笑顔できる人って今のストレスしかない令和の時代にいるのかしら? 檸檬堂をみんなに配ると、じゃあ定番の!


「では侍ジャパンの勝利を祈って! 乾杯!」

「「「かんぱーい!」」」

「ほぉ、こいつら侍なのか? なんか球を投げて棒切れで当てるのか、ほぉ! 面白そうだな……ってかこれ美味いな? 酒なのか? 酸っぱくてしゅわしゅわしてるおるのだな?」


 ペロりと舌を出して味わう小狐さん、なんかゆっくりとした間を持ってお酒を楽しんでるわね。それに対して勇者様もといミカンちゃんは!


「うみゃあああああ! サムライジャパン公式の酒うみゃああああ!」

「はっはっは! いつも金糸雀殿が作ってくれるレモンサワーとはまた違うであるな」

「はにゃああ。犬神様のお酒おいしぃ……」


 レモンハイは私達を裏切らないわ! もちろん、私たちもレモンハイを裏切らない……事はないわね。ビールに浮気するし。


「野球観戦のオツマミはプレッツェルって兄貴が言ってたからスナックタイプとパンのタイプの二種類用意したから!」

 

 スナックタイプはサクサクパキパキでレモンサワーがヤバいくらい合うのよね。ああん、またダイエット頑張らないと……


「ほぉ、“ぱん“か、信長のウツけが好きな食い物であったな。どれ、おぉ! 塩が聞いて旨い! このシュワシュワの酒がよく合うな」


 おにぎりでも食べるように片手でプレッツェルに齧りつく小狐さん。そしてすかさず檸檬堂をゴクゴクと飲んで、少し目を瞑る。耳元まで赤くなってきた。


「かなりあー! お代わりなのー! ぬーとばー! 仕事しかしない侍なのー! うきゃああああ!」


 どうやら、誰かがヒットを打って得点したらしくミカンちゃんがドタバタドタバタ暴れている。


「こいつら何処が侍なんだ?」


 小狐さんの当然の疑問。帯刀しているわけでもない彼らの事をデュラさんが何故か語る。


「金糸雀殿の国の侍。我らの世界の騎士のような物であるな? 強い男子を意識して侍と呼んでおるのであろう。中々良いネーミングである」

「ほぉ、人を殺さなくて良いってのは甘くて温くて、良い世界になるんだな。俺の元いた日の本も」


 私たちがロング缶を飲み始めているのに、小狐さんはまあ350mlを飲み終わっていない。ちびちび自分のタイミングで飲んでいるのだろう。


「勇者、プレッツェル、口の中の水分持っていかれる感じスキー! 檸檬堂お代わりー!」

「はっはっはっは! プレッツェルにマヨネーズをつけて食べるのも一興である! 金糸雀殿。我にも檸檬堂を」

「わ、私も私も! 犬神様ぁ!」


  プレッツェルは塩味だけなので凄い喉乾くわね。檸檬堂が進むじゃない!

  そして試合は先程の一点からゲームが動き逆転!


「うぉおおお! 凄いのー!」

「うむ、この土壇場で4点返しよった」

「うんうん!」


 ルーさんは多分分かってないわねー!

 単独ホームラン、犠牲フライで追加点。韓国も負けじと単独ホームラン。デッドボールという危険球からゲームが動き日本の大量得点。


「野球を肴に飲むお酒美味しいのぉおおおお!」

「どっちも頑張れである! はっはっは! 実に愉快」


 野球にあまり興味のないルーさんを見て、小狐さんが、


「お前は狼女か? 女戦士と妖怪とは違う感じだな? 何処か怯えた目をしてやがる」


 小狐さんが鋭い読唇術? でそう言うのでルーさんの事を私が話すと、小狐さんは飲んでいた檸檬堂のアルミ缶をグシャリと握り潰す。


「その村の奴らも人狼ってのもおれが成敗してやる。ルー、おれと来るか?」


 あら、ルーさんお別れイベントかしら? ルーさんはプレッツェルを千切ってパクりと食べる。そして檸檬堂の7%ロング缶(三本目)を飲み干すと、


「私はもう少し犬神様といたいです。剣聖様の申し出は本当にありがたいんですけど……その」


 小狐さんは「そうかい」と一言。檸檬堂の3%350ml缶(一本目)をようやく飲み終えたち上がった。


「お前が選んだ道ならそれでいいぜ! 未来の侍共を見ておれおれがあの時死んだ意味もなくは無かった事に嬉しかったしな。じゃあ、そろそろおれは異世界ってところで無辜の民って奴らを守ってやんねーとな! 義輝様ができなかった天下泰平をおれが成し遂げる。にしても犬神っていやぁ、確かガルンのところの……」


 義輝って、足利将軍? 私は歴女じゃないけど、もう少し色々お話聞きたかったのに、小狐さん。私たち日本人のご先祖様である凛々しい少女侍は不敵な笑みを浮かべて去って行った。最後に何か意味深な事を残して……


 野球に集中しているミカンちゃんとデュラさんを邪魔しないように、足音もドアの音も立てずに、私たちはその一つのお芝居のような仕草を見つめて檸檬堂9%ロング缶のプルトップを開けた。


 結果日本の大量得点で勝利し、ミカンちゃんとデュラさんが檸檬堂7%ロング缶をぶつけ合って勝利を喜んでいる時、一応勝利の女神でもあるニケ様がやってきた。


「何だか楽しそうな声が聞こえたので、来ちゃった!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る