第53話 奴隷少女と天ぷらそばと三ツ矢サイダー割りと

 漫画飯という物があるように、文豪飯や文豪飲みという物があるのよね。村上春樹だとカティーサークやジョニーウォーカー、ちなみにハルキストである私は今年、村上春樹の新作が出されると聞いてとても楽しみ。

 そんな文豪飯に興味を持ったのが児童文学が大好きなミカンちゃん。私にこうおねだりしてきたのよね。

 

「かなりあー、みやざわけんじの注文の多い料理店の料理食べたい」

 

 無理ーーーーー! 要するにあれって、店に来た二人の客がどんどん、店側の要求聞いてると自分達が料理の下拵えさせられてるのに気づいて逃げ出す的なやつよね。何食べるのよミカンちゃん。

 という事で、

 

「宮沢賢治が愛した食べ物の組み合わせでいこっか?」

「どいうこと?」

「確かに気になるであるな!」


 とりあえずビールではなく、宮沢賢治は三ツ矢サイダーと天ぷらそばがめちゃくちゃ好きだったのよね。天ぷらは揚げてもいんだけど、面倒臭いのでイオンの惣菜コーナーで海老天を購入してきてついでに三ツ矢サイダーも準備。お蕎麦は去年の乾麺が確かまだあったわね。まぁ、そば飲みは一般的なんだけどそばと三ツ矢サイダーだけってのはちょっと抵抗ありなんで、ピュアウォッカで割って飲みましょうかね。

 

 ガチャ。

 

「誰か来た。ミカンちゃん見てきて」

「我も一緒に行こう」

 

 ミカンちゃんとデュラさんが玄関に向かうと叫び声が響く。これはデュラさん見てビビった系かな?

 

「ごめんなさい! ごめんなさい! 逃げたわけじゃないんです! ごめんなさい! ぶたないで!」

 

 んん? なんか違うっぽいわね。何があったのか私も見にいくと、そこにはみすぼらしい格好のエルフらしい美少女が頭を隠して小さくなっている姿。

 

「ちょっとおー! デュラさんにミカンちゃん、女の子虐めないでよー!」

「心外! 勇者はで迎えにいっただけ!」

「うむ、異議申立てるである! 勇者の言う事に嘘偽りはなし! 我も状況を理解できずにいる」

 

 という事で私がしゃがんで彼女のに話しかけてみることにするわ。怯えちゃって何か怖い事でもあったのかしら?

 

「私は犬神金糸雀。貴女をぶったり虐めたりはここにいるみんなはしないわ。どうしたの?」

 

 おどおどした目で私を見つめるエルフの女の子、彼女はゆっくりと私たちに話し出した。

 彼女は奴隷商の商品である事。名前はご主人様に名付けられるとの事で奴隷であると名乗ったので奴隷ちゃん(仮)という事で、私たちは奴隷商ではない事を説明して、まずは暖かいご飯を食べていくように伝えたところ、

 

「いえ、すぐにでも戻らないと、また鞭で」

「大丈夫なの。勇者の剣をあげる」

 

 出た出た! バーゲンセールみたいに大量にある勇者の剣。それを渡されてミカンちゃんが、

 

「勇者は弱気の味方! 奴隷ちゃんをぶつ奴をこれで懲らしめればいい!」

 

 それだけじゃない、デュラさんが、

 

「おぉ! どれ程の外道の所業かは分からぬが、我の魔王様の加護も貴様に与えてやろう! あらゆる殺意と怒りと憎悪を増幅し、それを貴様の力に変える。鞭を打つ者を一睨みする程度で死に至らしめる力よ!」

 

 なんだろう。奴隷ちゃんに目に見えるオーラが溢れている光り輝くオーラと禍々しいオーラが混ざってる。奴隷ちゃんも状況に理解できず。

 

「わわ……力が……滾ります……」

「あはは……元気になったところで、ご飯にしましょうか」

 

 鰹出汁のよく聞いた天ぷらそばに三ツ矢サイダーのウォッカ割。奴隷ちゃんはウォッカ抜きね。

 

「じゃあ! 奴隷ちゃん……って言うのもなんかあれなので名前つけていい? 私の国で幸せという意味でサチちゃんね。サチちゃんに!」

 

「「「「乾杯!」」」」

 

 三ツ矢サイダーのウォッカ割、宝焼酎割りのチューダーと違って……ちょっと上品ね。

 

「かー! きくわぁあ!」

「うみゃああああ!」

「ははっ、これは口当たりがいい」

 

 そしてサチちゃんはブワッと涙する。あれ? 美味しくなかったのかしら?

 

「サチちゃん、炭酸だめだった?」

「いいえ、いいえ……こんなにも甘くて美味しい物は初めてで……」

 

 今までさぞかし辛い日々を歩んできたのね。可哀想に、私にできることは海老天を多く天ぷらそばに入れてあげる事くらいよ。

 

「もう辛い事は忘れて、天ぷらそばを食べましょう! 三ツ矢サイダーとよく合うわよ!」

 

 実際試した事ないんだけどね。

 まぁ、合わないことはないでしょ。デュラさんとミカンちゃんがずるずると食べて、そして三ツ矢サイダー割を一口。

 

「……宮沢賢治すごいのー!」

「うむ、そば前とは違った楽しみ方であるな。サチも、遠慮せずにはよう食べるといい! 麺が伸びると勿体なかろう」

「うん、サチちゃん沢山食べてね! もうアレなら帰らなくてもいいんだから、ずっとここにいなさいよ!」

 

 まぁ、そんな事を言ってしまうけど、もう一人増えようと二人増えようと一緒だからね。


「はい……はい! 暖かくて、とても美味しいです……」

 

 ゆっくりと天ぷらそばを食べている。いつものワイワイした感じでお酒を飲む私たちではなく、サチちゃんが暖かくて美味しい天ぷらそばをゆっくり食べているのをしみじみと見つめ、

 

「ゆ、勇者の海老天をあげるの……」

「おぉ! 我の海老天もやろうぞ」

「わ、私も私も!」

 

 と二人がサチちゃんにそんな事言うので、私も海老天を全部あげる。そんな私たちの行為に、

 

「うっ、うっ、うっ……ずっと辛い事しかなかったのに、こんな幸せがあっていいのでしょうか? お兄ちゃんと、お姉ちゃんが二人も増えたみたいで……嬉しいです」

「「はうぅっ!」」

 

 これは二人にダイレクトアタックしたみたいね。という私も、妹として20年も生きてきたわけで、憧れの呼ばれ方なのよね。

 

「うん、もう私も妹でいいと思う」

「うむ! 意義なし!」

「勇者お姉ちゃんに後のことは任せるといい!」

 

 はい、三人がもう即決したのでサチちゃんは私たちの妹確定です。天ぷらそばをおつまみに私たちはしれっと二杯目のウォッカ割を飲みながらあれこれ、サチちゃんのこれからについて考える。

 

「サチちゃん専用のベット買わないとね」

「歓迎会をするの!」

「金糸雀殿。サチに出せる酒ではない飲み物はないか?」

 

 私たちは受け入れる気満々でそう話し合っていると、綺麗に天ぷらそばと三ツ矢サイダーを食べ終え、口元を綺麗にふくとサチちゃんは太陽のような笑顔を私たちに向けた。

 

「金糸雀お姉ちゃん、デュラお兄ちゃん、ミカンお姉ちゃん。サチはこれ以上いただくのは無相応です。いただいた力と優しさを同じように苦しんでいる人たちに使いたいです。ですので、行って来ます!」

 

 まさか、サチちゃんは修羅の道を選んだの……何故? という顔をしているミカンちゃん。うん、貴女は一応勇者なんでしっかり世界の事考えないといけないのよ!

 

「そんな頑張らなくていい! 勇者みたいにすれば」

「そ、そうである。勇者が頑張っておらぬのだ。サチがそこまで頑張る必要は……」

「そうよそうよ! サチちゃん、考え直して」

 

 私たちがサチちゃんを止めてもサチちゃんは世界で苦しむ人々を救う事をやめる気はないので、ぐぅと噛み締めたミカンちゃんが、

 

「これは、サチへの勇者お姉ちゃんの手向なの! カモン! ミラクルゲート!」

 

 それはそれは見事な衣装をサチちゃんにミカンちゃんは渡した。もう奴隷だなんてどこをどう見ても……勇者になったサチちゃんは、

 

「金糸雀お姉ちゃんとデュラお兄ちゃんとミカンお姉ちゃんの事、絶対にサチは忘れません! いつか不幸な子供がいなくなった時にまた戻ってきます! 行ってきます!」

 

 行かないでー! と涙するデュラさんとミカンちゃん。だけどサチちゃんの背中は語っていた。そう私はふと思ったのよね。天ぷらそばを食べながら三ツ矢サイダーを飲み、出会ったサチちゃん……この微妙に背景と闇を感じる設定、めちゃくちゃ賢治じゃんって……

 

 私の知らない異世界で勇者と魔物と賢者の妹サチという聖者が世の中の不幸な人々を救う旅をしているらしいお話をそのうちやってくる人に聞いて私たちは再びジーンとした。

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