第52話 スレンダーマンと焼きリンゴとアップルワインと
「気をつけて行ってくるのであるぞ! あとあまり遅くならないようにである!」
「わかったのー! かなりあー、デュラさーん、いってきまー」
「「行ってらっしゃい!」」
ミカンちゃんは時々、街を徘徊しにいく。
今回は目的もなくというわけではなく、ネトゲのオフ会らしいわね。いつもの異世界の人特有のコスプレみたいな格好だとまずいから私の知り合いが働いている原宿のお店で上から下まで見繕ってもらったので、多分大丈夫でしょう。今日は夜まで遊んで来るという事でご飯はいらないみたい。お小遣いも2万円渡してるので(ミカンちゃんが動画配信やら怪しげなバイトで稼いだお金だけど)大丈夫でしょう。
「デュラさん、今日二人ですけど。何か食べたい物ありますか?」
「そうであるな。たまには果物とかをメインに食してみたいと思うである!」
そう、なんでもいい。
という地獄のワードを使わないあたりデュラさん素敵。でも果物か、いちごとか美味しいんだけどクソ高いから、私の部屋の冷蔵庫にある果物は専らりんごかバナナ。りんごが二個あるわね……
「焼きリンゴ作ります!」
バター、さとう、メープルシロップ(蜂蜜があればなお良し)、アイスクリーム。そして林檎。これだけあればなんとかなるわね。キャンプとかだと丸いまま焼き林檎を作ると映えるんだけど、あくまでオツマミ。林檎は12等分に切ってフライパンにバターを多めにひいて林檎を並べてて火を入れる。裏に火が通れば砂糖をかけてひっくり返す、それを両面おこなってしばらく蒸し焼き。お皿に移したらメープルシロップとアイスクリームをかけて完成よ! シナモンとかミントとかあればいいんだけど、一味と青のりしかないので……かけちゃいます。
「はいかんせー!」
「おぉおおお! 食べる前から甘くてうまいのが分かるであるな!」
きぃいいい、トン。と扉が開いて閉まった音がしたの。なんだろう? 玄関を見に行くと高身長の背広を着たのっぺらぼうっぽい人が立ってる。
「こんにちは」
「あっ、こんにちは」
突然顔の部分に口が出てきてしゃべりだしたわね。
「えっと、私はこの部屋の家主の犬神金糸雀です。貴方は?」
「ええっと、スレンダーマンって巷では呼ばれてます。あの、私、怖くないですか?」
「あー、いやー、大丈夫です! 初来訪だったらわめき散らかしてたかもしれませんけど」
なんだろう。いつもの人たちとちょっと違う感じがする。そんな私達のやりとりを聞いたデュラさんが、ふよふよと浮いてやってくる。
「うわぁああああああああああ! 生首!」
「うぉおおおおおおおお! 異世界の魔物である!」
お互いが驚いてスレンダーマンさんは腰を抜かし、デュラさんは天井にぶつかった。多分、こういう反応をしないといけないわね。特にイケメンの前では、という事で練習してみましょう。
「きゃああああああ、生首とのっぺらぼう! だれかーーー!」
そう叫んでみる私を見てデュラさんとスレンダーマンさんが奇怪な生物でも見るように私を見つめる。……やめてよそういうの。
「まぁ、とりあえず上がってください」
「じゃあ、遠慮なく。おじゃまします」
スレンダーマンさんは革靴を綺麗に並べて置くと入室。しかしひょろくて長い人だなぁ。
二人は未だに警戒しているので、私がデュラさんを紹介。
「スレンダーマンさん、こちらはデュラハンのデュラさんです。私の部屋の居候になります」
「ええっ! さらっと意味分からないんですけど……わ、私はスレンダーマン。別名をナイアーラトテップ、皆は愛称としてニャルラトホテプなどと呼んでますな」
「そう、まさか魔王様も手を焼いておる異世界からの侵略者。異世界の魔物まで来るとは思いもせなんだな」
ややこしい! 私からすればデュラさんも異世界の魔物なんだけど、ようするにこのスレンダーマンさんことナイアーラトテップさんは異世界であるデュラさんの世界を侵略しようとしている別の異世界からの人って事ね。
異世界どんだけあるのかしら……
「まぁ募る話もあると思いますけど、アイス溶けそうなのでとりあえず乾杯しませんか? スレンダーマンさんはお酒飲めますか?」
「はぁ、たしなむ程度には」
という事なので本日はニッカのアップルワインです。元々シードルとか作ってて大日本果汁を略して日果で、ニッカウヰスキーに社名が変わったらしいのよね。という事で結構歴史の長いお酒。
「オンザロックにしましたので! じゃあ、私の世界と、デュラさんの世界と、スレンダーマンさんの世界に!」
まさかの別々の世界の存在が三人も揃う事が兄貴の部屋で起きようとは思いもしなかったわね。
「「「乾杯!」」」
「ひゃあーー甘い。そして結構度数高いのにジュースみたい」
「うむ。なんという美味い果実酒か……これは凄い」
「いやぁ、はは……これ、神とかのレベルが飲むやつじゃないんですか? うますぎでしょ」
ホットワインにしてよく兄貴が飲んでたけど、絶対オンザロックの方が美味しいと思ってたのよね。
大正解だわ! そして……オツマミ。
「焼き林檎もどうぞどうぞ! 絶対合うと思いますので!」
アップルパイにアップルティーとか子供の頃は合わせるのが好きだったなぁ。でももう私、金糸雀は大人の階段のぼーる! 私は呑兵衛さ! という事で焼き林檎をぱくりと、んんっ。あまうま。そのままアップルワインを一口。
「あっ、ヤバ」
「んんんんっ! これは新境地である!」
「おいし、口の中でカクテルが完成してますね……」
スレンダーマンさん、凄い良いこと言ったわね。世の中には口の中で完成するカクテルがあるのよ。ニコラシカとかまぁ色々あるんだけど……そうね……しいていうなら林檎に林檎なのでこの焼き林檎を食べてアップルワインを飲むカクテル名は、さしずめ旧支配者かしら?
禁断の果実×禁断の果実ってね。
「アイスをべったりとぬった林檎も滅茶苦茶美味しいので是非!」
私はホットケーキとか甘い物には基本アイスクリームを落とすのよね。というかこれもしかして……アップルワインを焼き林檎にかけてみた。アイス、甘く煮詰めたリンゴ、アップルワイン。私達は同時にそれをぱくっと食べて。
「「「!!!!!!!!!!」」」
やっばー、昇天しそうになったわ。デュラさんなんかもうふわふら浮遊してるし、スレンダーマンさんはなんか背中から凄い触手がうねうねでてるわ。ほっぺが落ちそうなという状況なんでしょうね。ちょっとあますぎてシツコクなってきたところで、甘くない辛めのジンジャーエールでアップルワインを割ったアップルジンジャーワインをすかさず用意する。
口の中を辛めのジンジャエールで甘さ控えめになったアップルワインが綺麗に洗い流してくれる。
「……金糸雀殿。これは凄い。酒のツマミではなく、菓子の為の酒であるな!」
「どおりで! 私もメインがこの焼き林檎に思えてなりませんでした……またフォークがすすみますよ!」
そんなつもりはなかったけど、結果として確かにそうね。焼き林檎を最後まで楽しむ為にアップルワインで調整してるみたい。だったら……全部が溶け切ってコンポートみたいになった焼き林檎に合わせるのは……
「皆さん、ジンジャエール割りのグラス空いたら教えてくださいね! アップルティー割りでシメます! スプーンで焼き林檎を入れて飲んでみてください」
私たち三人は外を眺める。空にはまあるい月、口の中と体の中がじんわりと温められる感覚、そして続いて甘味と酸味が広がる。
「ほふぅうう」
地球の中の金糸雀、異世界を知らず。されど、酒は異世界の壁を越える事を知る。
一句心の中で読んじゃったじゃない。
「さて、えらい長いことお邪魔してしまいましたね。這いよる混沌とか言われた私が……」
「我が世界に戻り、再び我が君、魔王様や、人間共と争うつもりであるか? 異世界の魔物よ」
「いやぁ、私。這いよる混沌とか言われてるんですけど、ダサくないですか? 一歩間違えたらストーカーの異名みたいでしょ? そんな事知らないこの世界で一旗上げようかと思いまして、スレンダーマン。物陰から見つめる者なんていかがでしょう? 小さなところで噂になり、少しずつその存在を……」
そんな事を言って、ニヤリと笑った口が見えると、スレンダーマンさんは玄関のドアの隙間から外に出ていった。
「こ、この世界を相手に大立ち回りをするつもりであるか、異世界の魔物!」
慄くデュラさん。
そう、私の世界で怪異としての人生を歩むつもりなんでしょうけど、私はデュラさんにスマホ画面を見せる。
「もうね。スレンダーマンも、ニャルラトホテプさんも認知されてるのよね。私の世界……結構メジャーどころで」
数日後、テレビの特番で“本当にいた都市伝説“的なタイトルでスレンダーマンさんが追いかけ回されている姿を私達は目撃して、海外の野球中継が見たいと言ったミカンちゃんにチャンネルを変えられたので、どうなったかは分からないのよね。
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