第51話 インプと恵方巻きと麒麟一番搾りと
「鬼わー! そとー! 福はーうち!」
今日は節分、豆を散らかす日本の謎風習の一つね。そして普段オツマミに食べている殻付きの落花生を捨て散らかしている私をみて、
「か、かなりあが壊れた……」
「何か悪い物に憑かれているのであるか?」
「うん、予想通りの反応ありがとう。まぁ、これは私の世界における病気とか悪い空気とかを家から追い出して無病息災でいましょうね的な願掛けね」
ミカンちゃんのチート級加護やら、デュラさんの魔法やらでそういうのはなんとでもなるとか言われてそうだけど……
「それがこの世界の宿命なら勇者もまく!」
「うむ! 郷に入れば郷に従えなる格言が金糸雀殿の世界にはあるゆえ、我も食べ物を粗末にしようぞ!」
「あぁ、一応ね。殻付きだから後で拾って食べれるから、で! 掛け声は鬼は外。鬼はいろんな不幸の概念として鬼っていうのね。で福は色々な幸せの概念を福というの、下の句として福は内ね! じゃあさんはーい!」
ギィ!
このタイミングで誰かがやって来たんだけど……
「「「鬼はそとー!」」」
私たちは落花生を玄関に向けて放り投げ、そこにやってきた黒いワンピースを着た額に小さな角のある女の子に直撃した。
「きゃあああああああ!」
「ごめんなさい! 大丈夫? 私はこの部屋の家主の犬神金糸雀です」
「おぉ、貴様インプではないか! フハハハハ! 懐かしい。まだ小鬼のままなのであるな!」
「デュラハン様! いきなりひどいですよぉ! 鬼は外だなんて!」
今日という日にとんでもない子がやってきちゃったわねぇ、今日の晩御飯。大奮発して太巻きを買ってきたのよね。一気に食べる用に子供用の細いのも別途ね。
「デュラさんの友達?」
「フハハハハ! かつて冒険者達に狩られかけていたこのインプ達を冒険者の魔の手から救ってやってな! こやつらまだオーガになれずにいるので時折様子を見てやっていたのである」
「あの時のデュラハン様達は勇ましかったです! 冒険者達の屍の山を築き!」
そりゃ、魔物に無双する人間がいれば、人間を無双する魔物もいるわよね。要するにデュラさんの知り合いということでおもてなし大事ね。
「インプさん、今からご飯なので食べていきませんか? こういうのもなんですが、今日はちょっと豪華です」
太巻きに鰯の塩焼き、そして殻付き落花生。
こんなお酒の味方みたいな連中に合わせるのは? 日本酒? ノンノン! 落花生がいるのよ!
「今日は麒麟。一番搾りをキメたいと思います!」
「おぉ! 勇者。一番搾りスキー!」
ミカンちゃんの大好きな一番搾り。みんなのプルトップが開いたところで、恒例の!
「じゃあインプさん、福は内と私が言ったら。鬼も内でお願いします! せーの! 福ーうち!」
「「「「鬼もうち! 乾杯!」」」」
くぅうううう! このさっぱりとしたビール。ガッツリホップが効いた昔ながらのビールを好む私はあんまり選択肢として買わないんだけど、このなんとも言えない甘みに飲んだ後の爽快感。麒麟もやっぱすごいわね!
「きゃああああ! うみゃあああああ! 一番しぼりさいきょー!」
「うむ、上品に仕上げている麦酒である! んまい!」
「おいしー! デュラハン様、良いのでしょうか? 私めがこのような物を」
「良いのでしょうか?」
あぁ、一番搾りをインプさんが飲んでいいのか? お酒の席は無礼講よ。そんなインプさんにデュラさんが、
「イインダヨ!」
もう完全に私たちの世界に染まってしまったデュラさん。嫌いじゃないわ!
さぁ、恵方巻き。干瓢、卵、高野豆腐、きゅうりのオーソドックスなやつ。
「みなさん。恵方巻きというこの太巻き。食べ方があります。無言で今年の方角を向いて黙々と食べます。ということで今年の方角はあっち南南東やや南! どこよ! という事で食べましょう!」
「うむ、また珍しい作法であるな」
皆、同じ方向を向いてしばらくむぐむぐと食べる。この風習を考えた人絶対頭おかしいわよね。というか確か恵方巻きって花街の遊びだったかしら?
「うまー! 勇者完食! 他の切ってある海苔巻き食べていいの? ねぇねぇ」
私は無理やり食べ終えると「いいわよ。ミカンちゃん、恵方巻き食べている人に話しかけるのはマナー違反よ!」
続いてデュラさんが、そしてインプさんも食べ終わる。ここから、ネギトロ巻き、トンカツ巻き、サラダ巻きの太巻き三銃士にご登場いただくわ。
「じゃあ、太巻きオツマミに食べましょうか! イワシもあるのでインプさんも好きにつまんでくださいね」
「は、はい。かなりあ様はデュラハン様の……そのどういった御関係なんでしょう?」
サラダ巻きをつまみながらちびちびと一番搾りを飲み上目遣いに効いてくるインプさん、きゃわいい! ははーん、インプさんデュラさんにほの字ね。
「ミカンちゃんもデュラさんも同居人よ。インプさんと一緒でなんかみんなやってくるのよね! 不思議でしょ? 大丈夫。私とデュラさんは飲み友だけどインプさんが考えているような関係じゃないから! ほら飲んで飲んで!」
そう言って私はかーっと一番搾りを飲み干し、二缶目に突入。ミカンちゃんは二本目からはロング缶。デュラさんは普通のサイズで、
「ほ、ほんとですか! じゃ、じゃあ私もいただきます! ああん、このお魚、とーってもおいしー!」
「本当に? 勇者も食べる! んぐんぐ、うきゃああああ! 固くてしょっぱくて少し苦くて一番搾りにあうのぉおお!」
三人の傾向、インプさんはサラダ巻き派、ミカンちゃんはトンカツ巻き、デュラさんはネギトロ巻きが好きみたい。私は全部好きだから満遍なく食べるわ。
それにしても巻き寿司とビールってなんでこんな合うのかしら。巻き寿司がいる間にビールをビールの風味がいる間に巻き寿司を……そして時折アクセントにイワシの塩焼きを食べてビールを入れる。
いやぁ、ほんとなんでこんなに美味しいのかしら?
魚の尾頭付きなんてイワシかサンマくらいかしか普段食べないけど焼き魚ってこの2種類で完結してるくらい私の中であるわ!
でもご飯ものでビール飲むとすぐお腹いっぱいになってきたわね。
3本で打ち止めかしら......
「じゃあ年の数だけ豆をたべてシメにしましょうか、説明すると今日はさっきの豆散らかして、この太巻き食べて、年の数だけ散らかした豆食べて終わるわけね。私の場合は20だから落花生10個か」
そんな時デュラさんが、「我は324歳だったか......」「はいデュラさん、お得用のピーナッツ」そしてインプさんがもじもじしてるのでなんだろうと思った時、ミカンちゃんにまさかの、
「かなりあ、女の子に年齢を聞くのはしつれー! 勇者はデリカシーの無さにドン引き」
くっそー! なんか私が凄い無礼な女みたいな感じで終えた節分、そしてインプさんが「あのデュラハン様」と、
「なんであるか?」
「あの......」
頑張れインプさん! けど、インプさんはあと一押しのところで、
「や、やっぱり無理!」
と、玄関から走って元の世界に逃げ帰っちゃった。でもこういうの良いわね。
なんか青春ね。
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