第74話 弓使いと馬刺しと六調子と(米焼酎)

 納豆に鮭の塩焼きにホウレンソウのおひたし、そしてインスタントのお味噌汁とご飯。うん、まさにご機嫌な朝食ね。“バー・バッカス”のマスターから届いたお酒は……六調子。米焼酎ね。あとチルドって言ってたけど……


「さくら肉? あぁ! 馬刺しね! ええっと、兄貴宛てだけど……悪くなると馬刺しとマスターに悪いので、兄貴、ごっつあんです!」


 ととりあえず兄貴にお礼を言っておこうかしら、デュラさんの用意してくれた美味しい朝食を食べながら今日はどうやって馬刺しを食べるか考えれるわね! 


「お待ち同様である!」

「ありがとうございます。デュラさん! おぉ! お米が立ってる! 腕を上げましたね!」

「はっはっは! 金糸雀殿に言われると満足であるな! 我、手どころか首しかないのだが!」

「デュラさん、本日は兄貴の知り合いのお酒のプロから送られてきた焼酎とオツマミがあるのでお楽しみに!」

「おぉ! 兄貴殿の知人の、それも酒のプロとは! 期待が高まるであるな!」


 うふふ、はっはっは! と笑いあっていると、ペンギンの着ぐるみパジャマを来たミカンちゃんが目をこすりながら寝室から起きてきたわね。


「ごはーん!」

「勇者、まずは手と顔を洗ってくるである!」

「はーいかもー」


 私達のこの生活はもはや奇妙とすら思わなくなっている私がいるのよね。テレビをつけたミカンちゃん、ニュースでは横行する飲食店へのイタズラ、所謂テロ事件を見て憤慨。


「お寿司―! 勇者、魔王よりバカッター共を退治せざるえないと確信す!」

「うむ、食べ物への冒涜。死すら生ぬるい拷問にかけてやりたいものであるな!」


 そう言いながらむしゃむしゃもぐもぐと和食の朝食を平らげる二人、異世界の人たちは食べ物が飽和している私達の世界と違って一食一食が生きる事であり娯楽であり、常に感謝しているんでしょうね。ミカンちゃんはまだ半分寝ぼけた感じで米焼酎の六調子を見つめて、


「なにそれ? お酒なのー?」

「そうよ! 本日の晩酌は楽しみにしててね!」


 がちゃり


 来たわね妖怪、もとい……女神様。と思って私が玄関に向かうと……あら? あらあら? 今迄にはいなかったタイプのちょい不良系イケメンきたわね。顔に入れ墨みたいな模様の入った男の子。背中には大きな弓を背負って……


「ここが、ゲータが言っていた謎の場所ってとこかー! ミカン、いるんだろ!」


 と、私を無視して土足のまま入ってきたわね。予想するに勇者一味の一人ね。そしてミカンちゃんと目が合うと、


「おいミカン! 探したんだぜ! さっさと戻るぞ! 精霊神殿に行ってもお前がいないから精霊たちが力を貸してくれねーんだ!」

「弓使いなの。あー! 靴のままあがったー! いけないのー」

「貴様! 我が先日念入りに床掃除をしたというのになんという無礼な!」

「あぁ? ゲータの言ったとおり魔物がいやがるじゃねーか! 俺はアク・エリアス。ゲータとは違って容赦しねぇ! この魔王に唯一ダメージを与えられる神弓ウルに打ち抜けぬ者なしだ!」

「やってみろ! 片腹痛いである」


 ガシャン! あっ、テーブルに乗っている食器の類をひっくり返した。コンビニで売ってそうな名前のアクさんは背中の弓を構え、デュラさんは魔法詠唱を開始し、ミカンちゃんはドリトスを食べ始め、私は……


 ゴン!


「うあぁあああ」

「アクさんだった? ウチの部屋で何してくれてん、あんごうか?」


 何かあったら兄貴に殺されるのは私なんだからね。デュラさんは既にバケツを用意して床を拭いてくれて、ミカンちゃんは焦りながら床に散らばった食器を片付け、アクさんは……


「うわーーーん、ミカン、この女。怖いよー!」

「かなりあは怖くないのー、弓使いがクソ、無礼だったのーごめんなさいすれば許してくれるのー!」


 クソ無礼さで言えば、まぁまぁミカンちゃんもクソ無礼なんだけど、まぁそういう事ね。ミカンちゃんの後ろに隠れてベソかいてるアクさん。見た目と態度は気弱な自分を取り繕ってたのね。


「金糸雀さん、ごめんなさい」

「えぇ。ちゃんと謝れたならそれ以上はとやかく言う事はないわ。ご飯まだならたべていきなさいよ」

「……いいの?」

「えぇ」


 ミカンちゃんに納豆の食べ方を教えられ、普通にご飯の上にかけて食べて「うまい!」と、異世界の人の納豆への耐性の高さはなんなのかしらね? 私は午前中に大学のオンライン授業を受けるから、ミカンちゃんに連れられてアクさんとデュラさんはいつもの徘徊に出かけて行ったわ。


 私の授業も終わって、お昼のニュース番組でも見ながらくつろいでいると、ミカンちゃん達が帰ってきた。ドンキに行って、この匂いはラーメン屋にも行ってきた感じね。


「ミカン、こっちの世界の飯が美味いからって留まろうとしても無駄だからな!」

「勇者、ちょっと弓使いが何言ってるか分からないかもー」


 あら、アクさん、町に出かけてまた虚勢を張るキャラに戻ったみたいね。ミカンちゃんはやっぱり帰るつもりはないのね。


「かなりあー! かなりあの好きなかまぼこ買ってきたー」

「あはは、ありがと。じゃあ早めの宅飲みと行きますか? 今日はアクさんもいる事だし、アクさんはお酒は行ける方ですか?」

「まぁ嫌いじゃねぇな」

「先ほどもラーメンと餃子を楽しんでおったので、酒飲みであろうな!」


 良かったわ。じゃあ、ありがたく馬刺しを使って、しょうゆとレモン汁とコチュジャンを一緒に混ぜ合わせ、卵黄を落とせば……はい完成。秒速メニューね。きゅうりと大根と人参の野菜スティックを付け合わせて、


「はい、お待ちどうさま! まずは六調子はストレートでいきましょうか?」


 普段は芋と麦だから米焼酎はあんまり飲まないのよね。泡盛ともまた違ったお酒だし、みんなにショットグラスが行きわたると、


「じゃあ、乾杯!」

「「「かんぱーい!」」」


 んんん? 何これ? 甘酸っぱい。日本酒とも、今まで飲んできた焼酎とも違う。まあるいお酒、でもがつんと後から度数の高いお酒だと感じる力強さ。さすがは熊本、500年も前から焼酎作ってるだけはあるわね。


「うみゃあああああ! 勇者しゅわしゅわが好きだけど、これはこのままでもいいかもー!」

「うむ。焼酎と聞くとクセのある美味い酒というイメージが強かったのであるが、クセがなく強くうまい酒。であるな……ウィスキー等に近いような気もするである」


 もう、デュラさん完全にこっちのお酒飲みよね。私より味の良しあし分かってそうだし、でもそれ以上にびっくりしたのはアクさん。


「金糸雀。悪ぃけど、氷入れて呑んでいいか?」

「アクさん、このお酒。オンザロックがベストらしいんですよ。よく分かりましたね」

「いや、ちょっと俺にはきつすぎるけど、加水するとそれは勿体ない気がしたから冷やして飲むともっと美味いんじゃねぇかなってさ。味わった事のない美味さに舌がびっくりしちまってる」


 なんか無邪気に笑うアクさん、可愛いわねぇ。そしてお酒の飲み方心得てるわね! 良いお酒を飲む時はお酒の方もこういう人に飲んでもらった方が幸せかもね。じゃあ、本日のオツマミ。


「はい! さくらユッケです! 卵黄を潰して混ぜて食べてね!」


 というか、こんな綺麗なピンク色の馬肉なんて私も食べた事ないかも。居酒屋の馬刺しって真っ黒なのよね。冷凍保存されてるから仕方ないんだろうけど、これは否応なしにテンション上がるわ!

 じゃあ、一口。ああん。馬肉って他の肉に比べて甘いのよねぇ。それが焼酎を引き立たせてくれるわぁ! やっばい! いくらでもいけそう。


「うみゃああああああ! この生肉うみゃあああ! トロールと全然違うのぉぉおおお!」

「ほんとだな。これ、うまっ! そしてこのお酒がベストマッチする。確かに、こりゃ同じ生で食べられる肉と言ってもトロールとは比べ物にならないな」


 トロールって食べられるのね。それも、生で……どんな味なのかしら?


「ほぉ、生肉ここに極まれりであるな。トロールは確かに非常食としては致し方なしであるが、あの味が飽きるであるな!」


 だから、トロールどんな味なのよ! とまぁこの言葉通り桜色のさくらユッケより美味しくはないんだから気にしなーい! 気にしないわ! だっていいお酒といい肴を前につまんない事考えてられないわよねー!



「このお酒と生肉、なんか落ち着くかもー! 甘ったるくなくてどんどん食べたくなるー!」


 あぁ、糖分同士の食べ物食べてるとしつこくなるアレね。馬肉の甘さを殺さない甘みで焼酎の辛さが引き立ってるからでしょうね。ある種味覚って口の中で完成するカクテルよね……


「あ、あのマスター。そういう理由でこの二つを送ってくれたのかな?」

「かなりあーお酒お代わりなのー!」

「俺もいいか?」

「もちろん我もである!」

「はーい! 順番にねー! あっ、茄子のおしんこがあったわ! それも切るわね!」


 箸休めに茄子の漬物。米焼酎とのペアリングも悪くないし、こういうゆっくりとした時間の中でお酒を飲み合う仲間がいるのは感謝すべき事ね。2杯目はメーカーオススメのワイングラスで飲んでみようかしら?


 さすがはコニャックやスコッチみたいな独自の名称を語るだけはある焼酎ね。香りよし、味よし、私たちは送られてきた馬刺しを全て食べ終え、六調子も送られてきた二本が空になったところで、アクさんが思い出したように、


「ちそうになったな。金糸雀。じゃあミカン帰るぞ!」

「えーーー! えぇーーー、勇者もう少しここにいるかも」

「ダメだ! 帰るぞ」


ミカンちゃんは口をへの字にして、「勇者ちょっとおトイレかも」と言って壁抜けをするつもりなのね。


「いいが、お前のスキルを封じる結界を張っておいた。俺から逃げられると思うな!」


 ニヒルに笑うアクさん、それに覚悟を決めたのかミカンちゃんが……


「槍使いの槍持ってくるのー、物干し竿になってるのー」


 あぁ! そう言えばそうだったわね! 使い勝手が良すぎて忘れてたわ! そう言ってミカンちゃんが槍を持ってくると、「じゃあ行くぞ!」「バイバイなの!」


 結構唐突なお別れだったわね。悲しむような間柄でもないし、笑って私はミカンちゃんに手を振る。アクさんが扉を開きお別れの時が来たので「まぁ、また何か奇跡があれば会えるでしょ!」


と思ったらミカンちゃんはバイバイする相手は私やデュラさんではなくて……


「弓使い!」と言うとゲータ・レドさんの槍の柄の部分でアクさんの背中をドスンと割と思いっきりついた。「ぐあぁ、や……やめろよぉ」と小心者のアクさんが最後に顔を出して、そのまま扉の奥へ、そしてミカンちゃんの突いた槍の柄はアクさんの弓に引っかかり、魔王に唯一ダメージを与えられるらしい神弓ウルを落として行ったのよね。これはバスタオルとかかけるハンガー代わりに使わせてもらうとして、アクさんは凄い物を置いていってくれたの。


「勇者、壁抜けできなくて恐怖を感じたのー! でもかなりあのところになんとか戻れり!」

「しかし、勇者のスキルを封じる程の結界とは、女神にも通じるやもしれんな!」


 デュラさんのその言葉を聞いて、私たちはお手洗いと玄関の横の壁にに貼られていたミカンちゃんのスキル封じのお札をベタベタと玄関に貼ってみた。


4時間後。


「こない……わね?」

「うむ、女神封じ成功である!」

「勇者は心の底から弓使いに感謝したっ!」


 ありがとう、アク・エリアスさん。私たちは遠い地で元気でやっているであろう彼の事を時折思い出しているわ!

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