第2話 ゴブリンとカレイの煮付けと焼酎のお湯割りと

 これは私の単なる愚痴だ。

 この前、同じ講義にでているあいさつ程度は行うクラスメイトに誘われたのである。


  そうパリピ達が行うという、あの“合コン”なる盛りきった若者達の饗宴に私こと犬神金糸雀が誘われたのだ。


 女子は無料という前時代的ありがとうございますなアレである。


 私は犬神家の長女……兄貴はいるけど、姉貴はいないので、長女! 同じミスはしない。歓迎コンパやサークル飲み会でやらかしたあれを鑑みて、私はお洒落なカクテルで攻める事にしたのだ。


 だが、だがである。


 合コン開催場所……ファミレス。


 もうね、アホかと。馬鹿かと。


 お前らな、別に奢りじゃなくていいから見栄張って奢るとか言ってファミレスに来てんじゃねーよ、ボケが。

全員で飲み食いして1万円5千円だよ。1万5千円。

 ワイン好きなんだよねと言っているシャバ憎。ファミレスのワインかおめでてーな。


 よーし、山手線ゲームやっちゃおうか! 負けたらイッキね! とか言ってるの。もう見てらんない。


 お前らな? 金出してやるからどっか居酒屋いけよと。


 ファミレスってのはさ、もっと穏やかで孤独酒を楽しむところなんだよ。


 少しでも多く飲もうと銘柄不明のワインをジュースで割って悪酔いする。

 普段絶対オツマミにならないハズのグラタンとかでビール飲む雰囲気がいいんじゃねーか、なのに小エビのサラダ? ぶっ刺すぞ!


 で、空気読んでおかわり自由のフリードリンクをもって席につくと、あれ? 金糸雀ちゃん、お酒飲めない系? 


 そこでまたぶち切れですよ。


 というか、ファミレスで合コンするなし、周囲の視線が痛すぎてはよ帰りたくなったわクソほっこ共め。


 それが1時間前である。


「はぁあああ、兄貴の部屋落ち着く」


 私はブラコンのような発言であるが、お酒が好きであって兄貴は好きでも嫌いでもない。

 こういう日は一人酒に限る。私は酒の味なんて二の次なんですよ。飲めればいい。今日のような気分を洗い流してくれそうなのは……


「あったあった! 兄貴、学生時代からこれ備蓄してるんのよね」


 はい、呑兵衛ご用達のお酒、“大量パック酒すごむぎ” こちらは紙パック故にゴミを出しやすいという事。瓶やペットボトルよりもエコなのに、これらを飲む世代は少しアウトロー感を醸し出すの。


 でも、だらだら万年床で焼酎を煽る大学生男子なイメージなお酒もオツマミ一つで小料理屋のお酒に代わるのよ。


 本日のオツマミは……


 ガチャリ。


 嘘でしょ……鍵は閉めたはず……もしかしてクルシュナさん? あの人手品師なんでピッキングとかお手の物? とか若干引きながら玄関に向かうと私は固まった。


「あの、すみません。作業後の昼寝をしていたら知らない場所に迷い込んでしまい。こちらを見つけたのですが、少し休憩させてもらっても」

「むりむりむりむりむり!」


 緑色の肌をした、なんとか星人みたいな巨漢が入ってきてたのだ。兄貴の部屋どうなってんだ。


「……怖がらせてしまってすみません。私はゴブリンなもので、人間の方々からすれば怖いですよね。すみません。すぐに出ていきますので」


 私を怖がらせまいと、大きな身体をしゃがんで私よりも目線を下にして話してくれる。


 やだなにこの紳士。


 ゴブリンというと、アールピージーゲームのザコモンスターよね? 

 こんな巨漢、ザコモンスターなわけがない。最低限の礼儀があるらしい。きっとこのゴブリンが力ずくで私を食べるなり犯すなりしようものならできるだろうにそれをしない時点でこのゴブリンは悪い奴ではないらしい。


「あの、酒しかない狭い家ですがよかったらどうぞ」

「お酒ですか? 困った事に大好きでして」


 おや、ゴブリンは礼儀もあり、お酒も飲めると……


「今から飲もうかと思ってたんですけど、一緒に飲みます?」

「よろしいですか? ゴブリンリーダーの……なんと名前があるんですよ。ホブさんと呼ばれています」


 ホブ=サン 

 ゴブリンさんはホブ=サンさんらしい。面倒なのでホブさんと呼ぼう。


「今日のオツマミは、スーパーで特売されていたカレイを煮漬けたものと、さすがに魚と魚でかぶるとアレなのでブリの代わりに豚肉を使った。ブタ大根です! そしてこれに合わせるのは……濃いめに割った麦焼酎のお湯割りです」


 ホブさんでかいから、マグカップでお湯割りを作る。私は焼酎用のタンブラー。

 とりあえず。


「ホブさん、乾杯!」

「乾杯! これはどれも大変美味しそうですね」




 ホブさん、箸の持ち方滅茶苦茶綺麗なのである。半分こしているカレイの煮つけからゆっくりと食べるホブさん。どうだろう? よく考えたら兄貴とパパ以外で男の人に手料理食べさせる最初の相手がゴブリン、ゴブリンですよ! ママ!


「冷えているのに、臭み一つなく、濃厚な甘み、でもくどくなく身はクセがないからですな。これはなんと美味しい。そしてこの暖かい酒。ほのかに麦が香ります。じんわりお腹から温まり、最高の組み合わせですな!」


 わかってる! わかってるなぁホブさん! マグカップ一杯のお湯割りを飲みほしたので、わたしはすかさずおかわりを注ぐ。


「このブタ大根も食べてみてください! 大根は冷凍庫で凍らして繊維を殺しているので、味がしっかりしみてますよ。そしてブタの油っぽさを大根がさっぱりしてくれます」


 兄貴に比べるとまだまだだが、私も料理には覚えがある。

 何故、兄貴の部屋で私がゴブリンと酒を酌み交わしているのか冷静に考えると全く分からないけれど、ホブさんの話は興味深かった。仲間のゴブリン達と仕えている凄い尊敬している人間が作る商店街づくりをしているらしい。


 力仕事をメインに行っているが、時には危険な魔物と戦う事もあるらしく、そんな危険な作業に伴い大変よくしてくれるらしい。雇用主の人間、本日のしょぼい合コン相手の男子学生にその人の爪の垢を焼酎で割って飲ませてやりたいな。


「へぇ、素敵な人なんでしょうね」

「えぇ、実に素晴らしい方です。魔物である私達にも等しく優しくしていただけ、時にはこうして一緒にお酒の席を開いてくれます……うっ、うっ」


 泣き出した。もし、このまま帰れなくなるかもしれないと辛い気持ちになったらしい。ゴブリンは泣き上戸と……二人で兄貴が備蓄している1.8Lを軽々と飲み干してしまった。

 オツマミも綺麗に食べてくれて、私も満足ね。


 この前と違い、意識ははっきりとしている。ホブさんの大きな手を触らしてもらったけど、温かい。色は違えど人間と同じような生物なんだろう。そしてこの部屋は今回の件でおかしな場所である事だけは分かったわ。


「いやぁ、随分ご馳走になりました。これ少ないですが」

「いやいや、いいですよ。そのきっとお金。こっちでは使えませんので、かわりにそれでお仲間さん達に何かお土産でも買ってあげてください!」


 ホブさんは腰を低く頭を下げると、兄貴の部屋から帰って行った。

 そして、気が付くと先ほどまで二人で呑んでいたテーブルに薄い紫色の宝石が置かれていた。


「こんなの別にいいのに、どうせ兄貴の酒だし」


 まぁ、私の手料理代という事でありがたく頂戴しておく事にしようと思う。


 で、私は卑しいかなこの宝石を鉱物買取店にもっていって価値を確認してみたのだ。

 それは大発見だとか騒がれ、どこでこの石を手に入れたのか問いただされたので、

私はその石を持ってとんずらした。

 今は文鎮代わりに使っている。


 さて、今日は何を飲もうか?

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