第8話 伝説の魔術師と魚肉ソーセージとサントリーオールドと

「じゃあななのですよ! 邪魔したのです! あいつがいなければ長居は不要なのです」

「もう帰っちゃうの? お姉さんとご飯食べよーよ!」

「うるせーのです! じゃあな! なのですよ!」



 そう言って生意気な可愛い男の子は去っていく。コートにステッキなんて持って頭には小さい王冠、男の子のゴシックロリーターに身を包んだこんな子と兄貴はどういう知り合いなんだろう?

 まぁ、眼福眼福。女の子も男の子も可愛い子を見ると心が洗われるような気持ちになるわよね。というか、兄貴。知り合いに美男美女が多すぎる気がする。ここで少し落ち込みたくなる。


 こういう時は一杯やろうかしら。兄貴のリカーラックから、三段目のお酒、友人が来た時に兄貴が開ける高すぎないけど、安すぎないお酒群。

 さぁ、ここはどれにしようかしら? 炭酸の強くきいたお酒が飲みたい。ビールじゃなくてもっとさっぱりしたのが良いわね。ジャックダニエルでジャックコーク……バカルディでキューバリブレもいいわね。じゃあ……あっ! この丸くて可愛いボトル。

 たぬきやだるまの愛称で知られている。

 


「今日はサントリーのオールドでズボラな晩酌にしよっと」


 ぱっと見なんかお高そうなバーボンに見えるけど、これ甘くてなんか不思議なお酒なのよね。

 兄貴達はストレートにロックがこのお酒の楽しみ方だって言ってるけど、私は断然ハイボール派ね。

 かつては、ある程度お金を持った人がバーやスナックでボトルキープをして味も分からないのにロックで飲むことをステータスとしていたらしいけど、今はどちらかといえばお手頃価格で飲めるお酒。

 そう言うお酒には身近にあるおつまみがよく合うのよね。

 

 ガチャリ。

 さっきの男の子が戻ってきた感じじゃなさそうね。

 

「さて、こんな場所に不思議な扉。魔力は感じない……綺麗な玄関ですな」

「いらっしゃい。貴方は誰ですか?」

「お嬢さん、お初にお目にかかります。自分は、ヨハン・ファウスト。あの神域の超魔導士ドロテア・ネバーエンドの弟子です」


 ヨハン・ファウストってドイツの伝説的魔法使いじゃないの? ソロモンの悪魔で有名なファウスト博士よね? 片眼鏡のナイスミドル。

 でもこの人のお師匠様は知らないなぁ……


「私は、犬神金糸雀。普通の大学生です」

「だ……大学……さぞかし高名な魔法使いの方なんでしょうな」

「ファウストさん、魔法の勉強とかする大学、今は世界に一つくらいしかありませんよ。私は経営学を学んでいるので」

「そうでしたか? しかし良い部屋ですね? 清潔で……薬品? いやお酒でしょうか?」


 そう、驚くことに超心理学かなんかのみを専門にした大学が確か海外の何処かにあったハズだけど……よく見るとファウストさん、イケメンじゃね? 


「えっと、ここは兄の部屋というか飲み部屋でして……ハハッ、今から一杯飲んで寝ようかと思ったんですけど……飲まれます?」


 長い鳶色の髪に金色の瞳、大きな魔法の杖にキチンとした身なり、ワインとかしか飲まなさそうだけど……


「いいんですか? いただきます」


 とは言ったものの……ワインは……下段にある二十年物、これを出したら兄貴に殺される。そんな私が手に持っているオールドのボトルをみてファウストさんは素敵な笑顔を見せてこういった。


「左右対称の芸術的な瓶ですね。さぞかし良いお酒なんでしょうね」

「えっと……そのぉ……これ、飲みます?」

「いただいてもよろしいんですか?」


 このサントリーオールド、瓶の形だけは本当にそれっぽいのよね。グラスを二つ用意して……オツマミが……絶望的な物しかない……


 カルビーポテトチップスの年末に売り出されるスーパービックパックに、魚肉ソーセージ……


 

「おー! それは腸詰め……ではなさそうですね。さらにこちらはジャガイモの薄い揚げ物! 大好きです」

 

 おう! さすがは一応同じ世界の人。ちょっとツーカーで話ができそう。


「腸詰めみたいな? 魚の練り物です。あと……超薄いジャガイモのフライでクリスプの日本版です。いや、さすがに分からないか、ファウストさんの国で主食的に消費されているじゃがいもで作ったポテトチップスという食べ物です。そして、お酒はオールドのハイボール……ええっと、確かウィスキー・ソーダですね」

 

 そう、奇跡が起こったんですよ! パパ、ママ! ヨーロッパのウィスキーに欧米のポテトチップス。ソーセージと何気にファウストさんにも通じる国の味なんです。

「じゃあ、ここはドイツ式で行きましょうか! せーの!」

 

「「ぷろーすと(乾杯)!」」

 

 ゴクゴクとファウストさんは非常にいい飲みっぷりだった。

「これ、美味しいですね! こんなに美味しい命の水は初めて飲みました! それにこのポテトかなり良いジャガイモですね」

 

 昔は蒸留酒って不死の薬だっけ? 一応気付薬になるとか、

 顔が赤くなったファウストさん。一口大に切った魚肉ソーセージを、カルディで売られている柴漬けタルタルで食べて目を丸くする。多分、未知との遭遇でしょう。少し焼いたので食べやすいと思うけど……


「どうです? 口に合いますか?」

「最高ですよカナリアさん! どれもこの命の水に合いますね」


 二人で四杯程飲み合っていると懐からファウストさんは懐中時計を取り出して真顔に変わった。


「可愛い小鳥さん。とても素晴らしい時間をありがとうございました。これ、お代になるか分かりませんが、私の魔力を込めた時計です。きっと貴女を守ってくれるでしょう。私はある世界を守らなければならないので戻らなければなりません。ここが何処かはわかりませんが、最期に素晴らしい時間をありがとうございました」

「ちょっと、ファウストさん?」

 

 彼はウィンクをして紳士らしいお辞儀をすると玄関から去っていった。

 ファウストさんは何か大きな使命を受けているのかもしれない……

 私は、そこで一つ……思ったことがあった。


「年上の男性、ぱねぇ……いいなぁ」

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