第365話 ラタヴィツァとロールキャベツカツと陸ハイボール缶と
「ただいまなりっー!」
「今帰ったであるぞ!」
ミカンちゃんがデュラさんを連れてロピアに行って戻ってきたわ。スーパー巡りが趣味のデュラさんと駄菓子を買うのが大好きなミカンちゃんは時折一緒に買い物に行くわけだけど、最近甲冑の首を持ってスーパーにやってくる美少女として悪目立ちしてるのよね。この前なんか朝の情報番組でインタビューされてたし。
「ケートスにはこれをお土産なり!」
「ありがとう勇者」
ラミー、バッカスの新作。洋酒薫る大人スイーツティラミス。私はバッカス派だけど世間的にはラミーが人気よね。このチョコレート、めちゃくちゃ美味しいのよ。今日はこれをおつまみにするのかと思いきや、
「これを見つけてな。買ってきたであるぞ!」
「えっ、デュラさん、これってまさか……」
「そのまさかである。金糸雀殿、キッチンをお借りするである!」
デュラさんが買ってきたのは、ロピアの新商品、大きな冷凍ロールキャベツ。確かにそりゃ美味しそうだけど、私が変だと感じたのはデュラさんならロールキャベツを自分で作ろうとする筈だから……要するに結末はロールキャベツじゃないわ。ロールキャベツは材料の一つでしかない。
「何を……作るのかしら?」
「ロールキャベツカツである。自らロールキャベツを作ってしまったらそれで完成であるからな」
分かるわー! 自分でロールキャベツ作っちゃうとそのまま食べたくなるもんね。このロールキャベツを揚げちゃうのね。
そしてデュラさんはスライスチーズを用意。巻くのかしら? うん、当然巻くのね。そしてバッター液につけて、180℃に熱した油の中に次々にロールキャベツをダイブさせていくわ。
「おつまみはロールキャベツカツにするとして、お酒はどうしようか? 普通にビール系か、サワー系か、それともハイボール?」
私がそう考えているとミカンちゃんが口元を猫のようにして頭になんらかのお酒のケースを載せて私を見つめているわ。要するに買ってきたのね。
「りくぅ! ハイボール缶なりっ!」
あー、はいはい。ウチの家は角瓶やニッカフロンティアがハイボール用のお酒として常備してあるから陸はあんまり買わないのよね。これの缶タイプ出たんだぁ。いいわね。
「お酒はそれに決まりね!」
「なりっ!」
ギィ、ガチャリ。
一陣の風が吹いたわ。何これ? そして一瞬キラっと光った途端。
「ここは人間の住処?」
「「「「!!!」」」」
キラキラとラメっている髪飾りをつけた高身長の女性。180cmくらいありそうね。私たちを見下ろすように見て、その視線の先は、陸の缶ハイボール。
「私は犬神金糸雀です。この家の家主です。今からみんなで飲もうと思っていたんですけど、一緒にお酒飲みませんか? どうぞ、お座りください」
「ご一緒しよう。私は箒星の魔女・ラタヴィツァ」
全員のグラスに氷を入れて缶をみんなに渡したんだけど……公式の飲み方が缶のまま冷やしてお飲みくださいと書かれてるわ。
今までの缶ハイボールは氷を入れる事をベースとしていたわけだけど、キリンはそこを逆手に取ったのね! やるぅ! 確かに行楽とかで角ハイボールの缶を買うとそのまま飲むと氷欲しくなるけど、これならそのままいける感じなのね。
じゃあ、氷はセカンドに置いておいて、ひとまずは……
「ミカンちゃん、氷の魔法で冷やして」
「御意、ぎょいー! 勇者至高のダイヤモンド・ハープーンなりっ!」
「おぉ! 中級難解魔法!」
「うん、勇者って普通に凄かったんだけど……攻撃魔法で缶のお酒冷やしてる」
それが凄いのかどうか私には全く分からないけど、部屋が寒くなったわ。エアコンの温度をアップよ。
それじゃあ私の世界も異世界も共通の!
「じゃあ、乾杯しましょうか!」
「乾杯だけど」
「しゅわしゅわふぅー!」
「乾杯であるぞ!」
「乾杯」
ごきゅ、ごきゅ、ごきゅ、ごきゅ。
全員、喉を鳴らす音が止まらない。これは、アレね。ぶっちゃけ普通に美味しいんだけど、陸の飲み方のお手本ね。今までの缶タイプのハイボールってメーカーが何入れてるのか再現不可だったんだけど、これは炭酸水と陸だけで作ってあるからこの分量が一番美味しいと公式からの一つの最適解。
「ふぅ、美味いな。青い美しい星があるとドロテアより聞き滅ぼしにきたが、どうやらしばらく待ったほうがいいらしい」
えっ、ラタヴィツァさん結構猛毒組なのね。大分前に来たドロテアさんもそういう系の魔女だったような? そういう人達を地球の食べ物とお酒で胃袋を掴んで守ってきたのが今までなわけで、今日も当然。
「デュラさん、準備はいいかしら?」
「丁度、ロールキャベツカツも揚がるであるぞ! ケチャップベースのソースを作ったである! それをかけて召し上がれであるぞ!」
「普通にデュラさん天才? って思うけど」
「うおー! うおー! うまそー」
いざ、実食。
はいはいはい、ハニーケチャップね。おろし生姜に蜂蜜、醤油、ケチャップを混ぜた物で揚げ物には抜群の破壊力を持ってるわね。
結果……ロールキャベツカツを食べたミカンちゃんとデュラさん、
「美味しいけど!」
「うみゃああああ!」
当然の異世界組に対して、世界破壊する界隈のラタヴィツァさんはナイフとフォークでロールキャベツカツを上品に切り分けると、一口。
むぐむぐと咀嚼している感じですら上品なのね。そしてコクンと飲み込み、私たちを見つめると、
「この揚げ物、ただの揚げ物と思っていたが、衣が違う、何やら口の中で味わいのある材料が使われている。そしてすぐさまとろけるチーズが憎い。これだけでも完成した料理と思えるのに、その本質はこの中にある。葉物野菜に包まれた肉の味わいたるや、宇宙をただよいその叡智を持ってした私ですら形容するに難しい。ただ一頃、うまい」
「おぉ、なんとも素晴らしい評価を頂戴したであるな。ささっ、熱い内にラタヴィツァ殿。遠慮せずに」
「いただこう」
なんか、小難しい料理評論家みたいな事を言い出したラタヴィツァさんは黙々と、そして「ん!」と言って空になった陸ハイボール缶を差し出すので、次はグラスに氷を入れたセカンドにレモンピールを落として出してみたら。
「…………魔女・金糸雀よ。さすがは古代の魔女の弟子。完成された酒に手を加える事で怒りを覚えたが、易々とその感性を超えてくるか……見事」
あぁ、そういえば私とデュラさんとミカンちゃん、魔女の弟子になってたわね。あれまだ継続してたのね。というか、めちゃくちゃ風聴されてるのウケるわね。さて、私もロールキャベツカツを一口、そして陸ハイボール缶で流す!
「ん? これって……」
「金糸雀殿、どうしたであるか? 何か口に合わなかったであるか?」
「ううん、普通にめちゃくちゃ美味しいんだけど……」
これは完全にデュラさんへの否定になってしまうんだけど、ここは私も心を鬼にして、料理の道を突き進むデュラさんに……冷蔵庫より私は普通のその辺で売っているイカリのトンカツソースを取り出すと、それをロールキャベツカツにつけてパクリ。そして陸ハイボール缶で流す。
「これ!」
当たり前すぎてアレンジ料理をする人達が見落とす点、原点が一番美味しいという事。それを目の当たりにした私は無言でみんなにイカリのとんかつソースを差し出すと、全員がそんなまさか! という顔で無言でやはりパクリ。そして陸ハイボール缶で喉を潤す。
「……これなり」
「えっ、これだけど」
「はっはっは! やはり伝統が一番であるな」
日本の伝統的なカツ料理の食べ方を知ったラタヴィツァは涙したわ。うんうん、カツといえばとんかつソースよね。
「認めざるおえない、私の永劫の時間すらも凌駕した食がここにある。私の信仰する神にこれを献上したい。よろしいか?」
「それは、別に構わぬであるぞ」
ミカンちゃんは「あっ!」という顔をして部屋からとんずらして行ったわ。という事はラタヴィツァさんの信仰する神というのは……
「みっなさー……コホン! ラタヴィツァ。励んでいますか? この女神がやってきました」
ニケ様が、すぐに剥がれる女神の仮面をして粛々とした表情で入ってきたわ。
「ニケ様! 何故、ここに。そんな事より、こちらを是非」
「なんですかそれは? もしや、人間のいう。食べ物という物ですか?」
うわ、白々しい! 私たちいるのに、なんでそんな事平然と言えるのかしら、そして面白い事が起きたわ。
「ニケ様に人の食べ物や飲み物は毒ですから、私が食べ、飲み、そのご感想をご献上いたします」
「にゅ?」
ミカンちゃんが壁抜けで顔だけ出して状況を確認しにきたわ。それに慌てるのはニケ様。
「ラタヴィツァ、せっかくなので私も人間のいう食べ物を少し」
「いいえいけません! あなた様の食事は勝利ただ一つ、どうか、どうかその美しいお体を汚す事なきように!」
ニケ様、よだれを我慢しながらラタヴィツァさんがいかにロールキャベツカツが美味しいか、陸ハイボール缶がどんな美味しさなのか語られ気絶しそうになってたわ。
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