第331話 ハーフオークと高倉健セットと静岡麦酒と
「うおー! うおー! 健さんかっけー!」
「うむ。素人感すら感じさせるリアルな演技であるな」
もっか、異世界組はサブスクで高倉健の映画マラソンを開始したわ。高倉健さんと言えば、物凄く神格化された俳優って感じだけど、私の所感はちょっと違うのよね。この人、今でいうところの理想化された当時の男性を演じれる事が共感を得れたんじゃないかと思うわ。酔っ払いの役も、かっこいい役も、その佇まいが男性からも女性からも、そうそう! 日本男児はこうあるべきという姿を感じさせるのよね。だから、高倉健さんの映画を今を生きる私達が見ると、異様な違和感を覚えるの。でも時代考察をすればこの演技に関しては確かに当時の人達からすれば神がかっているし、このリアルな演技はなんなら、今の時代ハリウッドで通用する数少ない日本の俳優の演技だとすら思えるわね。
高倉健さんが亡くなって10年。彼に匹敵する俳優が今、日本にどれだけいるだろうか? とか私は思いながらミカンちゃんとデュラさんが食い入るように見ている映画を一緒に見ているわ。
「あっ、黄色いハンカチ……これで健さんがあ食べるカツ丼と味噌ラーメン美味しそうなのよね」
私の言葉にミカンちゃんとデュラさんがぴくりと反応。
「はーい! 私も食べたいでーす!」
「「「!!!!!」」」
ニケ様が唐突に現れたわ。一体どこから入ってきているのかしら。逃げようとするミカンちゃんの腕をがっしりホールドするニケ様。
「おや、このシーンですね!」
ニケ様が言うシーンは刑務所での刑期を終えた健さんが、適当に入った食堂で「ビールください」と言った後にメニューをじっと眺めて「しょうゆラーメンとカツ丼」を注文し、久しぶりのカロリーの高い食事に夢中になる。
ゴクリ。喉が鳴ったのは私だけじゃないわね。この撮影の時、高倉健さんは二日間絶食して撮影をしたらしいの。以降の俳優、女優陣もそれに倣って役作りの時にはそういう事をされる人もいるわね。
「うまそーなりぃ!」
「うむ。久々の美味い飯を貪り食うのに上品さを感じるである」
「はい! じゃあ用意してください!」
ニケ様は王か何かかしら?
あぁ、女神だったわ。
「カツ丼は作れるけど、醤油ラーメンは流石に今から作るの難しいわよ。インスタント系じゃ気分出ないし」
「時間があればラーメンですら机る金糸雀殿には脱帽であるな! まぁ、我首しかないのであるが」
自家製ラーメンも二日あればお店みたいなラーメンを作れるけど、コスパが悪いからラーメンはラーメン屋さんで食べるのがベストね。コスパを無視すれば正直、現在店舗を構えているラーメンよりも美味しいラーメンを作れるレシピはあるけどそれはまた別のお話ね。一杯六千円くらいするので、いかにお店のラーメンがコスパ良くて美味しいかは分かるわ。
「じゃあ出前したり?」
「そうね! カツ丼は作って、ラーメンは届けてもらいましょうか?」
「金糸雀ちゃん! ズルはいけませんよ!」
「ズルじゃないですよ。お店に対価を払って最高のラーメンを食べるんです! 代わりにビールは少し珍しい物を用意しましょうか?」
知る人ぞ知る、というかサイレントヒルこと静岡のお酒飲みなら誰でも知っているお店でしか飲めないビール。
「“静岡麦酒“よ! なんと、兄貴のリカーコレクションに静岡市内だけで限定発売されてたのが何故か1ケース分あったのよ」
何故、その地方の商品というのはその地方でしか限定発売されないのか本当に謎なんだけど、色んな美味しいグルメのある静岡を思いながらこのビールを飲めれば富士山の情景も見えるかもしれないわね。
ちなみに高倉健さんが飲んでいたビールは札幌。静岡麦酒もメーカーは札幌なの。
「デュラさん、ラーメンを頼む前にカツ丼作りを始めますので、お願いします」
「あいわかった!」
「ミカンちゃん、ご飯の早だきが残り20分になったら、くるまやラーメンのウーバーお願いできる?」
「らっ、じゃー! 醤油味なりぃ!」
「ふふふふふふ! みんながんばれー」
ニケ様、普通にこういう時、ほんわかしたお姉さん風の空気出してるけど、何もしてないのよね実際。カツ丼用のトンカツが完成すると一旦乾杯ね。
ガチャリ。
ほんと丁度いい所に来るわね。ニケ様が「全く、狙ったように来るなんて意地期待ですね」とブーメランするような事を言いながら玄関を見に行ってくれるわ。
「ハーフオークですか、これは珍しいですねぇ」
ハーフオーク。オークさんは豚みたいな獣人的なモンスターだったけど、ハーフってどんな感じなのかしら?
「こ、こんにちは。狩の途中で道に迷ってここに……ハーフオークのデュワっていいます」
「ああ、コホン! この家の家主の犬神金糸雀でぇーす! デュワさん、そんなところに立ってないで、こっち座って一緒に飲みましょ!」
「げ、かなりあキメェ」
とんでもないイケメン来たわ! エルフさんと違って耳が尖ってなくて豚っぽい、ここだけオークさん。それ以外はエルフさんに匹敵す美しさね。なんなの? 異世界の遺伝子どうなってるの?
名前がデュラさんに被りまくりよ!
「ささ、みんな静岡麦酒をグラスに注いで、乾杯するわよ! じゃあ高倉健さんとデュワさんに乾杯」
「乾杯なりぃ!」
「乾杯であるぞ!」
「私にも乾杯してください!」
「いただきます。乾杯」
麦芽100パーセント。静岡県の食材や料理にぴったりの静岡県の乾杯に相応しいビールというコンセプトで作られたそれを私たちは東京のマンションの一室で喉を鳴らしているわ。きめ細かい泡、飲んだ後の爽快感、荒々しさの中に感じる上品な口当たり。
こんな物が、静岡県の飲食店では提供されているのかと思うと、サケノミスノ的には是が非でも旅行してみたい県ね!
「うみゃあああ! レベルの高い合格点を越える静岡オールウェイズ出してくれりぃ!」
「うぉおおおお! この麦酒。我らの使う麦酒という名前を持っていながら、脅威! 脅威のうまさである! サイレントヒルと呼ばれし静岡とは一体」
「おいしぃ! 金糸雀ちゃん、お代わり」
「うまいです……頭がとろけそうな麦酒ですね」
なんか異世界組でもビールの味を知り尽くしているミカンちゃんとデュラさんの感動に対して、ニケ様は酒ならなんでも良さそうね。大五郎でも出しておこうかしら。デュワさんは単純に旨味成分のゲシュタルト崩壊起こしてるわね。
初めて飲む地球のビールがこのレベルのプレミアムビールだとそりゃ脳細胞破壊されるわよ。美味しすぎるもの。今回、静岡麦酒のおつまみとして醤油ラーメンとカツ丼を食べるわけじゃないの。それぞれ別々に楽しむ為に、露払いの静岡麦酒よ。
「いい? 静岡麦酒を飲んでいいのは出前のラーメンが届くまでよ。本来、ラーメンとビールなんて神が生み出した組み合わせだけどね」
2本目の静岡麦酒に舌鼓を売っていると、
ピンポーン!
ラーメンが来たわね……私たちは素早く、それでいて味わいながら静岡麦酒を飲み干すと、玄関にミカンちゃんと向かうと、酔っ払ったニケ様もついてきたわ。
「ウーバーでぇぃす!」
「ありがとうございます」
「サンキューなりにけりぃ!」
「ラーメンを運びし者、貴方に女神の加護を」
「ニケ様はもういいですから向こうで待っててくださいね!」
醤油ラーメンを5杯届けてくれたウーバーの人。どうやってきたのかと思ったら、ガチの車で来てるわ。
ラーメンが届いた瞬間、デュラさんはキッチンでトンカツを卵とじで包んでカツ丼を完成させてくれてる。
テーブルに、醤油ラーメンとカツ丼というカロリーモンスターの二大ヒーローが揃ってしまったわ。私たちはそれに対して、お箸を持って手を合わすの。デュワさんはフォークとスプーンを渡してあるわ。
「それはみなさん、手を合わせてください。いただきます!」
「「「「いただきます!」」」」
そこからは酔っ払っているニケ様ですら無言、カツ丼&醤油ラーメンとの対話の時間だったわ。あぁ、デュラさんの作ったカツ丼、お店並みに美味しいなとか、くるまやの醤油ラーメンはほっこりするなぁーとか多分それぞれ感想はあったんでしょう。空きっ腹にビールを2杯入れた状態で、太ってくださいと言わんばかりの環境で胃のなかに放り込む炭と水のモンスター! 炭水化物の尊い事、この上なし。
私たちは一心不乱に食べたわ。そして正直私からすると多すぎるその量を食べ終えた時、謎の達成感。
私たちは誰がいうわけでもなく丼を掲げて健さんに贈ったわ。
って、頭がおかしくなりそうなくらい美味しいものって太るのよね……お腹一杯になったデュワさんは袋から大きな鉱物をポンと出して「これ、お代です」というので「そんなのいいですよ!」と伝えた私に、
「誰かに施しを受けたら返しなさいというのが人間の父の教えで、美味しい食べ物には対価を支払なさいというのがオークの母の教えです。自分、不器用ですから……教わったことしかできないんです」
そう言ってデュワさんは背中で語って帰って行ったわ。
私たちはその背中に少しばかり健さんを重ねながら、再び高倉健の映画を観る事にしたわ。
「ピスタチオあったわね。静岡麦酒余ってるし飲もうか?」
飲み会、第二ラウンドの始まりよ。
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