第330話 サイボーグとエルビスサンドとニッカ フロンティアと

 近所の酒屋さんから新商品が部屋に届いたわ。ニッカ フロンティア。

 

「ほぉ、無骨なデザインのボトルであるな!」

「えぬっ!」

 

 そう、デデンと大きくNのマークが主張しているだけのデザイン。ニッカ ウヰスキーの4年ぶりの新ブランドに洋酒好きの私も少しばかり心が躍るわね。

 10月1日発売。と言うけど、スーパーとかでは平然と9月29日くらいから売ってたわね。あなたの地図にまだない新しい場所へ! をキャッチコピーにした期待せずにはいられないわね。

 

「へぇ、余市ヘビーピートモルトをキーモルトにしてるんだ」

「なんなり?」

「このお酒はブレンデッドウィスキーってタイプなのよ。普段ハイボールでよく飲むブラックニッカや角瓶もそうなのね? ブレンダーって人がいて、ブラックニッカの髭のおじさんも有名なブレンダーなのよ」

「へぇ! 勇者、実感が湧かず」

 

 まぁそうでしょうね。今回のニッカ フロンティアは相当ニッカが力を入れてるわね。度数48度。500ml。そもそも南極観測隊にニッカウィスキーは毎回お酒を届けているって言うから40度じゃちょっと心許ないなんでしょうね。ブレンデッドウィスキーはグレーンウィスキーの比率が高いことが多いんだけど、このニッカ フロンティアはモルトウィスキーの比率が51%。

 

「じゃあ開けてみましょうか」

 

 ガチャリ。

 

 まぁ、そうなるわよね。なんだろう。大地が焼けたような匂い、そしてそこはかとなくミカンちゃんの異世界アンテナもといアホ毛がピンと立ったわ。

 

「ごめんください!」

「はーい、こんにちは〜」

 

 そこには腕や瞳が機械化した男性の姿。歳の頃は三十代くらいかしら? みた感じ人間っぽいけど。

 

「鳥取砂漠で仲間とはぐれて、もうだめだーと思った時、扉が見えて」

 

 鳥取砂漠、たまにやってくる人が言う謎の場所ね。砂丘じゃなくて砂漠なんでしょうね。きっとね。

 

「私は犬神金糸雀、この部屋の家主です」

「申し遅れました。土木作業員をやってます。タロー311Vです」

「タローさんですね。こちらへどうぞ」

 

 ミカンちゃんとデュラさんがタローさんをみて、

 

「機械と合成しているのであるか?」

「マシーンロボなり?」

「いやいや、怪我して欠損した部分を機械に変えたサイボーグですよー。何言ってんだか! 旦那は脳だけ隔離してるんですかい? 高かったでしょう」

 

 デュラさんを見てタローさんはそう言ったわ。何その世界、怖っ! 悲壮感を全然感じないので終末感あるサイバーパンク的な場所でも幸福度高いのね。

 令和の日本は地獄よ。

 

「今からお酒飲もうと思ってたんですけど、タローさんも一緒にどうですか?」


 タローさんは了承しようとしたんだろうけど、その前にお腹がものすごくグゥ! となったわ。少し恥ずかしそうにしているタローさんに、

 

「そういえば砂漠で遭難してたんですよね? お腹空いてますよね? 何か作りますね!」

 

 どうせならウィスキーに合う物がいいわね。ミカンちゃんが買ってきたバナナとピーナッツバター……あれ、作ってみようかしら?

 究極の高カロリモンスター。デブのオヤツと兄貴が言っていたサンドイッチ。

 

「か、金糸雀殿。その食材、正気であるか?」

「デュラさん、恐らく今から私が作る料理は、アズリたんちゃんやミカンちゃんくらい代謝がよくないと食べちゃだめな物を作るわ。終末世界とかの人に与えたら逆に死ぬかもしれないエルビスサンドよ」

 

 往年の大スター。エルヴィス・プレスリー、日本にツイストブームを巻き起こし、その甘いマスクは今でも通用するでしょうね。でも……歳をとった彼は当時の面影もなくとんでもない巨漢になってたのよね。

 そんな彼が愛してやまないサンドイッチを通称、エルビスサンドと呼ばれていたわ。

 

「作り方は死ぬほど簡単よ。死ぬほどべったりピーナッツバターとブルーベリージャムを塗りたくった食パンの間に輪切りにしたバナナとベーコンを挟んでホットサンドメーカーで焼くの」

 

 日本人ならバナナとピーナッツバターにベーコンは難色を示してもおかしくないけど、ここには地球人比率は私だけ。このカロリーモンスター、まだ完成じゃないのよ。出来上がったホットサンドにバターと砂糖をまぶして、180度の油で揚げる。

 

「バター揚げとか、アメリカ人って本当にクレイジーな食べ物作るわよね」

 

 デデン! とドーナッツよろしく出来上がったエルビスサンド。両手で持ってかぶりつくのもいいんだけど、ここは小分けに切ってフォークで食べれるようにしましょうか。

 

「じゃあ、みんなまずはニッカ フロンティアのハイボールで乾杯よ!」

「乾杯なりぃ!」

「乾杯であるぞ!」

「なんかご馳走にお酒まで、すみませんねぇ。乾杯」

 

 蜂蜜と黒糖を混ぜたみたいな甘ったるい香りのするニッカ フロンティア。ウィスキーは加水すると香りが開いてくるからハイボールはもってこいね!

 

「うま!」

「おぉお!」

「うきゃあああ! シュワシュワぁあ!」

「口の中で爆発した! おいすぃいいい!」

 

 これ、二千円台で売ってるけど、その内多分、4、5千円くらいになりそうね。同じくらいの価格帯のウィスキーといえばオールド、海外だとバランタインの7年とかだけど、正直初めて国産ウィスキーが海外ウィスキーのコスパに勝ったって思えるわ。山崎や響なんかも当然めちゃくちゃ美味しいんだけど、あの値段出すなら海外の他のウィスキー買うかなって思っちゃうもんね。

 

 これ……

 

「今後、私の部屋の普段の飲みのお酒にしよっか?」

 

 今までの常備ウィスキーはテネシーウィスキーのジャックダニエルだったんだけど、久々に選手交代ね。

 

「じゃあ、エルビスサンドも食べてみて!」

 

 一口サイズになってるのに、一体カロリーどれだけあるのかしら? フォークでぐさりとさして口に運ぶ私たち。

 うん、ここまで想像通りの味の食べ物ってあるのね。めちゃくちゃ甘すぎるわけじゃなくてあまじょぱい、そしてジュワッと油が口の中に広がってこれは太る為の食べ物だと主張してくるわね。

 こんなの遭難した人とかに……いたわ、遭難した人。

 

「美味しい! こんな甘い物、久しぶりだねぇ。美味しいねぇ」

 

 そう、美味しいのよ。身体に悪くて、太る物は、たいてい美味しいのよね。

 聞こえてくるわ。

 ミカンちゃんの慟哭が。

 

「こりゅれ! つよつようんミャあああああああああ!」

 

 複合するくらい美味しいってことね。ミカンちゃんは神様の加護で太らないからいくらでも食べれるんでしょうけど、私は一個か二個にしておかないと危険だわ。

 

「次は。ニッカ フロンティアのオンザロックで飲もうと思うんだけど、みんな飲みます?」

「いただくである!」

「自分もいただきまーす」

「勇者、シュワシュワのままがいい!」

 

 ミカンちゃんはそう言うだろうと思っていたので2杯目のハイボール。そしてオンザロックのニッカ フロンティアは?

 

 あぁ、こうくるかぁ。辛口なのね。ニッカがまだみぬ地図という表現をした理由が分かった気がするわ。ようやく日本のウィスキーに夜明けを感じさせる衝撃を私に与えてくれた。

 

「エルビスサンドはオンザロックの方が合いそうですね」

 

 私は一つエルビスさんをフォークに刺して口に運ぶ。このカロリーモンスターがいる間にオンザロックを一口。アルコールはエンプティーカロリーなので、実質0! でもエルビスサンドのカロリーは化け物級。

 

「おぉ、これは想像以上に合うである」

「うんうん! 美味しい」

 

 お腹も心も満足したあたりで、私はタローさんの身体を全体的にみて、タローさんの世界ではこれが普通なのねと少しばかり複雑な気分になるわね。科学が進めば四肢も機械で代用できるようになるけど、一体、どれだけ一般市民に労働をさせれば気が済むのかしら。

 私と目が合うとタローさんはまた恥ずかしそうに言ったわ。

 

「金糸雀ちゃん、色々お世話してもらって言いにくいんだけど、水を少し分けてくれないかな? 仲間に合流するのに、水が尽きちゃってさ」

「全然、全然! 水なんていくらでも持って行ってくださいよ」

 

 砂漠がある別世界の日本? 水はきっと貴重なのね。背負えるくらいのタンクに水をパンパンに入れて玄関から元の世界へと帰って行ったわ。

 それにしてもミカンちゃんが逃げ出さないし、今日はニケ様来ないのね。珍しい事もあるものね。

 

「次はストレートで飲んでみない?」

 

 …………

 …………

 やっぱり来ないわ。

 なんか来ないと来ないで少し調子が狂うわね。

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