第154話 大賢者と大五郎と冷やしキャベツと

「へぇ、じゃあ勇者ちゃんは本当に魔物退治したり、クエストをクリアしたりしてたんですか?」

「いかにもなりっ! 勇者はこちらの飲み友デュラさん、そして魔王の娘アズリたん達の軍勢と幾度も戦ったり」

「うむっ、勇者パーティーはいずれも一騎当千の剛の者。そして勇者はその中でも規格外であったである。さしもの勇者も我ら大幹部や三柱様、魔王様には手こずっていたであるがな」

「じゃあ、お二人は元の世界に帰ると戦いあう中になるんですか?」

 

 本日、7階に住んでいる同人作家の岡本さんが私の部屋に来てリアル異世界の人たちの取材なのよね。まぁ、何故岡本さんにバレたかというと、ワタツミちゃんのホームステイ先が私の部屋の隣だからとかいう訳じゃなくて……。

 余裕でバレてたのよね。

 犬神さんの部屋、お兄ちゃんの頃から異世界の人きてるわよねって。

 みんな知っててあえて言わなかったのね。ほんと世の中、ラブアンドピースね。

 

「はー、てぇてぇ。異世界の人ってみんな美形ばっかりで捗ります。お写真とか?」

「岡本さんも一緒に入ったらどうですか? 私が撮ってあげますよ」

「犬神さん、そんな恐れ多い」

「別にみんないいわよね? はい、並んで並んで」

 

 陽キャに絡まれた陰キャみたいになっている岡本さん、いや実際その表現は間違っていないんだけど、喜びすぎて気持ち悪い笑顔になってるわね。それにしてもデュラさんの首をみんな人形みたいに持ってるけど普通に生首だから結構やばいビジュアルよね。

 

「あふぃ、あり、ありがとうごじゃいましゅ!」

 

 テンパって語学力が低下しちゃってるわね。だけど、岡本さんのこの一言がこの部屋を凍り付かせたわ。

 

「ところで、聖女様ってどんな方なんですか?」

 

 聖女様か、すっごい子だったわね。ニケ様でも震え上がるクレイジーな女の子だったけど、アズリたんちゃん以外、なんか嫌な思い出でもあるのか暗い顔をしてるわ。

 

「ゆ、勇者。聖女とか知らないかも」

「うむ、名前を呼んではならぬ者であるな奴に殺害された魔王軍の数は勇者パーティーの比ではないである」

「あっ、そ……うなんですね」

 

 あちゃー、岡本さんの中での聖女様はきっと神々しくてあらゆる人を慈しみ罪を憎んで人を憎まない感じの人を期待してたんだろうなぁ。荒神々しくて、自分以外を蔑み、人以外を忌み嫌いて三大欲求より喧嘩を優先しそうだものね。あの子。

 残念そうに帰っていった岡本さんは、戻ってくると、

 

「こ、これ! この前サークルのみんなで買ってあまった物なんですがどうぞ!」

「あ、ありがとうございます」

 

 売れていない同人作家でかつお酒を飲む人達の家に遊びに行くと高確率で置いてある、激安焼酎。ビックマンと並ぶ巨塔の一つ。

 岡本さんが帰ってから私はこう呟いた。

 

 

「大五郎かぁ……」

 

 世の中には安かろう悪かろうという事があるんだけど、お酒の世界ではそれは当てはまらない事も多いのよね。例えば数十万するサントリー山崎の18年と700円で売っているサントリーRED。人によってはREDの方が美味しいって言う人もいると思うんだけど、

 

 この大五郎は……一言で言えば消毒液。

 二言で言えば激安焼酎。

 三言で言えば、アル中の代名詞。

 

 まぁ、一応ウチにもあるんだけどね。兄貴の友達のダンタリアンさん御用達のお酒だとかでビックボトルで一つあるわ。岡本さんにもらったものは仕方がないから果実酒にでもしようかしら、

 

 ガチャリ。

 

「クハハハハハハ! 良い、余自ら出迎えに行ってやろ」

 

 そう言っていつも通りアズリたんちゃんがお出迎えに行くと、「ややっ、これはめんこい魔物の子か? 種族は……んんっ? このワシが知らぬ種族がいる筈はない。当てるから言うな! リトルデーモンにしては魔力が強すぎる。アークデーモン、いや、さてはデーモンロードだな!」それにアズリたんちゃんは……

 

「ばかめ! 余はデーモンロード程度の魔物ではない! クハハハハハ! 何も知らぬジジイであるな! が、許す。余は寛大な心で物を知らぬジジイを許してやろう! 喜ぶといい!」

「はぁー! なんでも知ってるしぃ! ジジイじゃないしぃ、まだ五十手前だしぃ! あぁーもう大賢者ボブスターがこうしてきたのに気分悪いわぁ! スタッフー! スタッフー! お水!」

 

 なんかややこしい人来たわね。

 そこに入って来たのは……朝っぱらからパックの日本酒飲んでそうな落伍者風のおっちゃん。おじさんというと上品感があるので、まさにおっちゃんね。

 

「あっ、こんにちわ。私はこの部屋の家主の犬神金糸雀で、その子は魔王の娘のアズリたんちゃんです」

「あー! このお姉ちゃん、なんで行っちゃうかなぁ! 大賢者ボブスターが今言おうとしたのに! そうだそうだ! 魔王アズリエルの後継者だよなー! おう、元気そうだ! この娘と戦う勇者は大変だー! まぁ、こう言っちゃなんだけどこの大賢者ボブスターがいれば世界平和は約束されたものだけどなー! 俺が若い頃、結構悪だったけど、そんな俺が今や大賢者よ」

 

 あー、いるわー。いるいる、この知ったかばっかりするおっちゃん。事あるごとに説教スタイルからの昔悪かった話と車の話と女の話ばっかりするのよね。

 まぁ、全部妄想なんだろうけど、

 

 ※例・筆者がこのバーで出会ったおっちゃん。スマホで女優さんを指さして元々自分の女で自分が育てた。やのつく自由業の人と揉めて自分の男気にやのつく自由業の人が惚れ仲良くなった。若い頃に乗っていた車はランチアストラスの本物(そもそも弾数が少なく中古でも1億近くする)。お金持ってる自慢の割に筆者が一杯5、6000円のバランタイン30年を飲んでいる横で一番安いカナディアンウィスキーをずっと飲んでました。

 

 この手の人達は基本底辺だからか、とにかく上から話をしてくるので、私は大賢者とか言っているのも妄言だろうと思っていたわ。

 

「あっ、クソ大賢者なり」

「うぉお! クソ大賢者であるな」

 

 ミカンちゃんとデュラさんのこの反応。ニケ様に対するアレにそっくりだわ。そしてそれ以上に私が驚いた事はこのボブスターさんが、本当に大賢者だという事。

 

「おぉ! 太陽の勇者ミカン、そして邪悪なる魍魎軍の首領デュラハンか!」

「勇者そんな通りじゃない」

「うむ、我も悪魔軍団長である」

「クハハハハ! 貴様らこのジジイは知ったかをしているだけだ! 許してやれ! それしか余達と対等になれる術を知らぬのだろう」

 

 うわー、的確に言っちゃったわ。仕方ないわねぇ。やってきちゃったからボブスターさんにもお酒飲ませてあげましょうか、

 

「ボブスターさん、お酒とか飲まれますか? 今から一杯やろうかなと思ってたんですけど」

「酒かー! 仕方ないなー! 誘われたらそりゃ呑むわなー! 大賢者の色々な話をしてやるかー! 今回だけだぞ」

 

 あっ、なんかムカつくわねぇ。ちょうど処理に困ってた大五郎あるしこれでいいか、

 

「じゃあこの磨き上げた純水で仕上げた、クセがなく飲みやすい味わいの焼酎甲類です。と書かれた大五郎を飲みましょうか」

 

 ネットでググると大五郎に手を出したら人生終わりとか言われてるけど、それは安価で買えるから落伍者が飲みすぎてそうなるだけど、そもそも甲類焼酎だからウォッカだと思えば実は凄く美味しく飲めるのよ。

 さてと……シェイカーとマドラーを用意して、

 

「はいいらっしゃい! バー・飲んだくれ開店よ! 飲み物のメニューはここから決めてね」

「勇者もすこー」

「わ、我はソルティドッグである!」

「クハハハハ! 余はジンジャートニック(ノンアルカクテル)だ」

 

 とまぇ、ウォッカの代わりに大五郎を用いてカクテルを作ってあげるとそこそこそれっぽい物が出来上がるんだけど、

 

「ボブスターさんは?」

「なんだかわかんねぇけど、そんなジュースみたいなもんじゃなくて、男ならストレートだろ!」

 

 俺、今かっこいい事言っている感出してるけど、大五郎のストレート飲むってもうそっち系の人にしか思えないのよね。

 まぁいいけど。私はブラッディメアリー、大五郎だから、血だらけの大花子ってところかしら?

 

「じゃあ……恒例のなんでもない日万歳! かんぱーい!」


 かんぱい! うん、まぁカクテルベースにすれば大五郎の消毒液感は随分なくなるわね。スミノフウォッカ感が凄いわ。

 

「ぷふー! うましっ!!」

「うむ。普通に美味いであるな。ワタツミ殿は日曜日だと言うのに異世界人補習とは努力家であるな」

 

 そうよね。一応、異世界の海の神様の妹だし、なんなら日本の神様と同姓同名……というかご本人かもしれないので、腫れ物を扱うように政府の人は対応してそうね。

 

「これはキリリとしてして酒本来の味が分かり、いい酒だ! ずっと飲んでいたいくらいだな! ガハハハ! じゃあ、まずワシが乗っていた幻獣について教えてやろうか、あまり大きな声では言えないが、レッドドラゴンに乗っていたんだ」

 

 フェラーリ乗ってるくらいの話なのかしら? 大五郎をずっと飲んでいたと思うってボブスターさん大丈夫かしら? おつまみ作るの忘れてたから、ここはかの有名な漫画家、赤塚不二夫さんが好んで、所ジョージさんやタモリさんなんかと食べたって言う。冷やしキャベツでも出そうかしら?

 数日経ったキャベツでも氷水で冷やしてあげるとシャキシャキになっちゃうのよね。これは科学的なあれこれでそうなるらしいけど、とにかく美味しいわ。

 

「お待たせ! カクテルのお供に冷やしキャベツよ。好きな調味料で食べてくださいね」

 

 私は七味にマヨネーズ。で一口。あー、シャキシャキしてる。この歯応えだけで美味しいんだから、そこにひっかけるように、

 

「キャベツうみゃあああああああああ!」

 

 ミカンちゃん、回鍋肉の時もそうだけど、キャベツ好きすぎなのよね。テラさん(漫画道の寺田さん)かしら、アズリたんちゃんは上品にフォークでパクリと食べて「クハハハハハ美味い野菜だ!」と、特に異世界組の中でも野菜大好きなデュラさんは、

 

「これは氷水につけただけで……道の駅のとれたてよりも美味いである。こんな食べ方はトマトだけだと思っていた我もまだまだであるな」

 

 デュラさんは魔法使えるから異世界に帰っても氷の魔法で野菜を絞めて食べる事を教えてあげれそうね。

 一同、シャキシャキ、バリバリとキャベツを楽しんでるわ。日がたって少しキャベツの匂いが気になる物も氷で絞めると結構抑えれるのもポイントよね。

 

「これは美味い! こんな高級な野菜をワシの為に用意せずとも良かったのに、干し肉ひとかけらだけで樽ごとワインを飲んだ話ってしたっけ? 流石に今はそこまでは飲めないけどなー」

 

 出たー! おっちゃん特有、若い頃、酒豪だった自慢! キャベツはふた玉100円で買った激安品だけど、今西日本からキャベツ届かないからクソ高いのよね。私は知り合いの八百屋さんの闇ルートで安く野菜を買わせてもらってるけど、スーパーだとキャベツ高級品がすぎるのよ。

 だから、冷やしキャベツより、今は比較的安く買える冷やしレタスの方がいいかもしれなわね。

 

「かなりあー、勇者お代わりかもー」

「我も!」

「余も! あとキャベツが無くなった。デュラハン、用意せよ」

 

 次のカクテルを私が作っていると、顔が真っ赤で結構酔いが回っているボブスターさんが、

 

「ストレート、おかわりで」

 

 この人、ストレートでお酒飲んだ事ないんじゃないでしょうね? せっかく用意したチェイサーも飲んでないし、

 

「大丈夫ですかボブスターさん」

「大丈夫大丈夫、ワシくらいの歳になると、自分の限界は分かるんだよ」

「いやー、そう言ってぶっ倒れるボブスターさんくらいの年齢の人、ガールズバーでよく見るんですよ。大抵支払で揉めるんですけどね」

「まぁ、いいからいいから! 次はとある国の姫に好かれて逃避行した話をしてやろうかなー」

 

 うわー、興味ねぇ、そして絶対嘘でしょ。

 そんな、とき、ガチャリとニケ様がやってきたわ。ニケ様は目を瞑り、そして、

 

「大賢者ボブスター、このようなところで何をしているのですか?」


 ふらふらのボブスターさんの前でそう言うと、ボブスターさんは、

 

「我が信仰する比類なき勝利の女神にして繁栄と生命の女神ニケ様! このワシの弟子達に今からニケ様がいかに凄い女神であるかの話をしようとしていたところですよ!」

 

 この手のおっちゃんは、息を吸って吐くように嘘をついて、一言話しただけで、自分の子分扱いしてくるのよね。最悪なことにニケ様の信者という事。

 この後の未来は酔ったニケ様のお説教と、大賢者(笑)ボブスターさんによる自慢大会が始まり、気がついたらミカンちゃんがアズリたんちゃんを連れて消えた事。私も連れて行きなさいよ!

 デュラさんと、クソ酔っ払いの相手をして、また朝が来るの待ったわ。

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