第19話 サキュバスとピクルスとビアボールと
「カナちゃん最近より可愛くなったよね?」
「そうですか? ありがとうございます」
「もしかして男できた?」
「いいえ、ご注文は?」
「モスコミュール」
「はいどうぞ」
「なんか怪しいな? 今度の休みいつ? 映画とか行かない?」
「今度の休みは実家に帰ります。映画には行きません」
といつも通り完璧にガールズバーでの今年最後の仕事を終えた私。常連のお客さんからしつこくプライベートで誘われたけど、華麗にスルーしたわ。男はできないけど、首だけのデュラハンは家に滞在してるわね。
うん、今日は一度試してみたかったあのお酒を買って家に帰る。
「カナさん、本日のヘルプありがとうございましたー!」
「いいですよ。大学冬休みで暇でしたから、ヒナさんも今年はありがとうございました! 来年もどうぞよろしくお願いします」
「こちらこそですよー! でもあんな辛辣な接客でなんで人気出るんですか? 凄いですー」
ヒナさんは飲食業界を渡り歩いているフリーターさん。かつてはトリマーとかの専門学校に行ってたらしいけど、人の将来って分からないものね。私も将来ちゃんとした職に就けるんだろうか……
そんな一抹の不安を抱えながら家に戻る11時半。留守の家を守る首だけ騎士が待ってくれている。
「ただいまー!」
「急なお勤めご苦労様であるぞ金糸雀殿! 炊事と掃除はいつも通り、風呂も沸かしてあるので汗を流してきてもいい。洗濯は流石に女子の物を触れるわけには行かないから先にしてしまってもいいだろう」
「いつもデュラさんありがとうございます」
「宿と食事の礼、この程度は当然の所存」
デュラさん、女性との距離感もしっかりわきまえていて落ち着いた男性、一緒にいると楽しいし……あれ? 割とデュラさんって憂慮物件じゃない? とか思ってしまうのは疲れているからだろう。
疲れている時はやっぱり酢の物。
「一日漬けたから絶対美味しくなってますよー! いただきましょうか?」
ふふふ! 大体の野菜は酢漬けにするとまぁめちゃくちゃ美味しくなるのよね。
ピクルスにはワインやウィスキーも合うんだけど、日本の居酒屋ではお漬物にはビール。
本日は最近発売された……
「デュラさん、本日のお酒はビアボールです!」
「ビアボールとな? よく金糸雀殿が作ってくれるハイボールとは違うという事であるな?」
よくぞ聞いてくれましたともデュアさん!
「こちらは、何度かデュラさんも飲んだと思います。ビール。麦酒を自分の好みの濃さで楽しめる夢のようなビールなのです!」
という事で家庭用の小瓶ではなく、業務用の中瓶を二つ私はデュラさんに見せる。
ガチャリ。
おいでなすった異世界の人……さぁ誰かしら?
「あんらぁ? ここは、どこかしらぁ? 人間の匂いがするわぁ」
さぁ、どすけべな水着みたいな女の子がやって参りました。頭に曲がったツノ、そして小さな翼、そして長い尻尾。
さぁ……この最近問題になっているハロウィンの露出の激しいコスプレみたいな子は……
「サキュバスのサキではないか!」
「……その顔は、デュラハン様? このような所にいらしたのですかぁ?」
サキュバスちゃん、ええっと……確か淫魔。夢の中で男の子に淫らな夢を見せて精気を吸い取って殺してしまう。けど、日本ではその性質から、薄い本で大活躍かつ一部で絶大な人気のモンスター。
「ええっと、デュラさんのお知り合い?」
「うむ。私の配下の一人、サキュバスのサキだ。まさかここで出会えるとは思いもしなかった」
「私はぁ〜、お気に入りの男の子を誘惑しようとその子の家に向かった所ぉ、霧が出てきてぇ〜気がついたらぁ、ここにきたんですぅ」
そう言ってサキュバスちゃんもといサキちゃんは状況を説明してくれたので、私はお皿にピクルスを盛って、グラスの準備。
「サキよ。この人間は金糸雀殿。迷い込んだ我をもてなしてくれただけでなく。体だけ先に戻ってしまった我を手厚く保護してくれているのだ。我以上の存在として扱うとしろ」
と、デュラさんが言うと、サキちゃんは私の両手に触れると自らの頬をすり寄せ上目づかい。うん、すっごいエロい。
「デュラハン様をここまで丁重に扱っていただきお礼を申し上げますぅ。男性なら、さいっこうの夢を見せましたのにぃ〜」
「あはは、せっかくきたんだからこれでも飲みませんか?」
グラスに氷を積んでいき、最初はどうしようかな? 普通のビールみたいに4%くらいで作ってみようか、三人分ビアボールを作るとグラスを渡す。
「おや、麦酒でございますかぁ〜」
「どうやら麦酒を自ら作るものらしい」
「ふふふのふ! 最初のビールくらいの度数です。今日のおつまみは昨日作ったピクルスですので!」
という事で異世界も共通の、
「「「カンパーイ!」」」
おや? サキちゃん、結構いい飲みっぷり。私は皿を差し出して、
「ピクルスもどうぞ」
「いただきますぅ。金糸雀様ぁ」
フォークでパプリカのピクルスをパクリ……サキちゃんは……
「んんんっ! 口の中で酸っぱさと甘さがぁ! 女の子を殺しにくるお酒の肴でございますぅ」
わかるー! すっぱすぎず、ちょっと甘みがねぇ、もうたまらない。サキちゃんはデュラさんに人参のピクルスを食べさせてあげている。
「むぐむぐ、うまい! 金糸雀殿の味。是非とも魔王城に持ち帰りたい! そうは思わぬか? サキよ」
サキちゃんは、ピクルスを相当気に入ったのか、一つ食べては羽と尻尾をパタパタさせて喜んでいる。酸っぱい物、なんでか食べたくなるのよねぇ。
「あのぉ、金糸雀様ぁ、恐れ多いのですがぁ……お酒をぉ」
あぁ、お代わりね。次はどうかしら?
「サキちゃん、少し濃いめに飲んでみる?」
「はいぃ〜! さっきの倍くらいが丁度いいですぅ〜」
倍って8%? ロシアビールレベルじゃん! この子強いわぁ。ご所望なら作りましょう。そして私も付き合いますとも!
「んぐっ!」
私もグラスを空にして、同じく8%のビアボールを作るとサキちゃんと一緒にクイッと呑む。ズッキーニのピクルスがほんと美味しいわぁ。今日は珍しくデュラさんのグラスの進みが悪い。わりとお酒を呑む方なのに、ちびちびとゆっくり飲んでるから、
「デュラさん、お酒進んでないですけど、大丈夫ですか?」
「うむ。これが金糸雀殿と飲み交わす最後の酒だと思うと、少し感慨深くてな。ハハッ、少し湿っぽかっただろうか?」
あぁ、そうか。サキちゃんが来たから連れて帰ってもらえれば帰れるもんね。デュラさん、私との別れを結構寂しがってくれてるんだ。なんかそう言われるといきなり私もなんか寂しくなってきたぞ。
う〜ん、心の準備がまだできていないから、
「デュラさん、サキちゃん。帰るの明日にしない? 明日ささやかなお別れ会しよーよ! 兄貴にぶっ殺される事覚悟でちょっと大事なお酒開けるからさ! ダメかな?」
ピクルスを延々と食べているサキちゃん、こういう子、ラウンジとかにいそうだなぁ……デュラさんは私とサキちゃんを見て、
「サキ、すまないが帰還を明日に伸ばしてもらっても良いか?」
「私はぁ〜構わないですよぉ〜! 金糸雀様のお作りになられる食べ物もぉ〜お酒もぉ〜最高ですぅ〜」
そう言ってサキちゃんは自らビアボールを好みの濃さで作って……いや、もうほとんど原液をオンザロックで飲んでるけど、それ美味しいの?
デュラさんは、私を見て笑った。
「明日が最後になるか、少し寂しさもあるが金糸雀殿がどのような酒を出してくれるのかも楽しみである。フハハハハ! 実に摩訶不思議な縁であるな!」
うん、この性格、そして他者へのリスペクト、ほんといい男だわ。デュラさん。そんなこんなで、大晦日が私とデュラさんの最後の宅飲みになるみたいね。
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