第88話 グレイとアスパラガスとアサヒスーパードライ生ジョッキ缶と

 突然ですが皆さん、私こと犬神金糸雀ですが……キャトられました。

 意味が分からない方に説明するとキャトルミューティーレーション、要するに宇宙人に拉致されたという事ね。

 

「うおー! うおー! 地球は本当に青かったかもー!」

「このような空船を持っているとは、魔王様と同盟を組んで頂きたいであるな!」

「わふー! 綺麗ですねぇ!」

 

 異世界組はこの状況ですら全く動じてないのが本当に私の精神安定に一役買ってくれている事だけは感謝ね。これから私達を解剖したりするのかしら……宇宙人にミカンちゃんやデュラさんの魔法とか通じるのかしら?

 

 私たちは今、軟禁されているの。窓があって、ドリンク飲み放題で、ジェリービーンズみたいな謎の食べ物が食べ放題で……まるいベットもあって、私以外はめちゃくちゃ寛いでるわね。でも、蛍光イエローやグリーンの飲み物を飲みたいかと言われるとちょっと私は無理かもーとミカンちゃん口調になっちゃうわね。

 デュラさんは眼鏡をかけて詰将棋の本を読み、ミカンちゃんはベットに寝転がりネトゲを始め、ルーさんは私のところにくるとボールを渡して「犬神様ぁ、投げてください!」ってな感じね。危機感というネジが外れてるのかしら?

 

 そんな事を考えていると……何もない壁から扉が現れ、そこに真っ黒い大きな目をした人型の何かが現れる。

 

「きゃああああああ!」

 

 と私が女子っぽい悲鳴をあげてみる。

 ほら……ミカンちゃんが死んだような目で私を見つめて、ルーさんは逆立てて私を守ように前に立ってくれる。

 するとデュラさんがそこにいる人型の何かを見て、

 

「全身銀色の貴殿は何者か?」

「いや、首だけで話す貴殿こそ何者か? ソーラ系、第三惑星エルデの進化途上知的生物の食生活について調べる研究をしようと思ったら珍しい生物(?)が二人、いや三人かな? 僕はグレイ、超知的生命体さ!」

「これはこれはご丁寧に、我は魔王軍大幹部デュラハンである!」

 

 と話すので何かいつもの感じな気がしてきたので、私は自己紹介をしてみることにした。

 

「あのぉ、私は犬神金糸雀です。地球人の花の女子大生です。で、みんなは異世界からの住人というか……」

「だははははは! 馬鹿な事を言っちゃいけない! エルデの進化途上知的生物代表の金糸雀嬢! 異世界は宇宙紀元前300年に存在しない事を証明されているんだよ! 笑わせないでくれたまえ!」

 

 超知的生命体のグレイさんはそう腹を抱えながら笑うので、どうやら物凄い技術力が進んだであろう宇宙人でも異世界には認知してないのね。

 

「そうですかー、進化途上知的生物である地球人でも知ってる事を知らないなんて超知的生命体って方々は使えねーんですね。というか家帰らせてもらっていいですか? そういえば晩酌しようとしてたんですよー」

 

 私の全力のディスりを前にしてもグレイさんは理解してないのか笑っている。宇宙人って馬鹿なのかしら? そんな事を私が思っていると思い出したかのように話し出した。

 

「そうそう! 貴殿等の食生活を研究していて是非、僕もご相伴にあやかろうと思っていたのだよ!」

「人を拉致しておいてそれはちょっと引きますよ?」

「それはすまないと思っているんだ。ちゃんと記憶は消すし、なんなら、ユニバースなお土産も残そうと思っているから許してちょんまげ! 確かエルデのナイスな言葉遣いだったかな? 無粋だね。進化途上知的生物の言葉遊びというものは!」

 

 うーん、なんか大文古いのよね。あれかな? 情報伝達が何万光年も離れているから流行りが遅れてるのかしら?

 にしても……

 

「私たちの食べ物を出すにしても部屋に戻らないと何もないですよ?」

「心配には及ばないよ! あちらに君たちの部屋を転移しておいたので」

 

 何それすげぇ! 完全に物理法則を無視してるんだけど、異世界の人達に出会ってきた私には耐性があるわよ。

 

「うわー! 本当に私の部屋だ」

「この青い瓶の飲み物は良さそうだね! これを飲んでみよう!」

 

 あ、それ。ジョニーウォーカーの限定版ブルーラベル。それもドラゴンじゃない! 兄貴の所有物で飲んじゃダメなやつ。

 

「それ飲まれると私は兄貴に殺されて宇宙戦争起きると思うので、生ジョッキ缶で勘弁してください」

 

 という事でみんな大好き生ジョッキ缶。本日食べようと思っていたのはアスパラガス。ビールのお供には持ってこないのお野菜ね。

 

「肉巻きとかも美味しいんだけど、ここは茹でた物をマヨネーズで食べる王道で行こうと思います」

「進化途上知的生物はやはりめずらし食べ方をするんだね。それになんだいこの生ジョッキ缶って、今どき缶に飲み物入れてるのかい?」

 

 いちいちなんか腹立つわね。グレイってもっと残虐で冷酷なモンスターみたいなイメージあったんだけど……クラスに一人か二人はいるイラつくクラスメイトみたい。

 

「おぉ! 我、アスパラガス大好きであるぞ!」

 

 野菜大好きデュラさんに対してちょっとテンション低めのルーさん。まぁビールを飲めばテンションも上がるでしょう。

 

「はい! じゃあ蓋を取って乾杯しましょ! 生ジョッキ缶、すごい泡出てくるから気をつけてね! それじゃあ青い地球に乾杯!」


 びっくりすることに宇宙人も。

 かんぱーい! ってやるのね。

 それにしても一時期どこに行っても手に入らなかった生ジョッキ缶。今やロング缶も販売されて大好評。まさか缶ビールであのジョッキの生ビール感を再現させたのは本当に感動の一言ね。

 

 くぅうううう! うんまぁあああ!

 

「ぷはぁあああああ! この麦酒、うんみゃぁあああなのぉ!」

「うぬぅ! 酒場の麦酒のような……」

「はぁ、おいしぃ!」

 

 ビールが大好きなみんなは幸せそう。というかルーさんはビール好きよねぇ。犬とかも専用のビールとかもあるし、相性抜群なのかもね。

 で? 超知的生命のグレイさんは……

 

「あぅ……あっ、あぁあああ」

 

 大きな黒い瞳から大量の涙を流して……

 

「なんて身体の悪そうな味……これがエルデの飲み物、あえて言おう! うますぎるぅううううう!」

 

 でしょうね。私は宇宙のことは知らないけど、多分宇宙広といえど、地球より美味しい酒はないんじゃないかしら。

 

「グレイさん、ビールならいくらでもありますので好きなだけやってくださいね!」

 

 トン。と私なロング缶をほぼ一気で飲み終え、二本目に突入。さてじゃあそろそろアスパラガスを食べようかしら?

 小料理屋とかでも定番のビールのおつまみね。

 

「植物の茎を食べるのかい? うーん、やはり未開惑星は原始的だね!」

「そうですね。でもその原始的な食べ方故に正解という物ものあるんですよ! アスパラガスとかブロッコリーとかマヨネーズかけるだけで一品料理なんですから! うん、んまぁい!」

 

 シャキシャキして瑞々しくて美味しい。そこにマヨネーズが全てを許してくれるわ。

 

「おぉ! これはまた上品な! 我の好きな野菜ランキングトップ5に入るであるな!」

「うみゃー! 勇者マヨネーズ超好きー!」

「勇者様は何にでもマヨネーズをかけられますよね? 私は、このお野菜は塩がいいですぅ!」

 

 ワイワイ、うまうまとアスパラガスを食べるみんな。ほんと食べ物に対する熱意とか嫌いな物が殆どないから何でも出せるけど……グレイさんは、アスパラガスを食べるのを躊躇。

 

「ぼ、僕はいいかな……流石にちょっと植物の茎は……ねぇ……」

 

 私は嫌がる人に強要するタイプじゃないのでまぁ食べないならそれでいいんだけど……野菜大好きデュラハンのデュラさんが、

 

「グレイ殿。そう言わずにマヨネーズをつけて食べてみるといい! 植物の茎などという感想では表現できぬうまさがある故!」

「いや、でもぉ……」

 

 ミカンちゃんがマヨネーズに七味と醤油を垂らしたあるしゅ飲兵衛スパイスでアスパラをバリバリと食べて、ビールを流す。

 

「うみゃあああああああああ! 麦酒と合うのぉお! うみゃあああ!」

 

 目を瞑って腕を振るミカンちゃんをみて、「麻薬効果でもあるのかい?」と、恐る恐るグレイさんはマヨネーズを少量つけたアスパラガスを食べる。

 

 パキン! ボキン! バリバリ、そしてビールをシュワっ! グビグビ、そして……

 

「ぷはぁああああああ!」

 

 前屈みに、勝利投手のような姿勢で、そう。そこには地球人だとか宇宙人だとか異世界人だとかいう区別はなく、ただ全身でビールが美味しいという事が伝わってくる。

 

「金糸雀嬢、どうやら僕は超知的生命体ではあるけど、食に関しては相当発展途上だったらしい。ソーラ系第三未開惑星エルデ、そこはお酒と食という崇高なる文化があった……謝罪させてほしい。ソーリ、髭そーりー! そして帰るといい! 君たちの青き美味しい惑星へ!」

 

 うん、人によってはグレイさんブチ殺されかねないわね。本人は間違った地球と日本の知識を使っているだけなんだけど……


「まぁでも宇宙人って凄い怖いイメージあったんですけど、想像と違って良かったです! また何処かで会う事があればまた飲みましょう!」

 

 私たちは硬い握手をしてグレイさんの宇宙船から元のマンションへと部屋ごとテレポートした。宇宙人でガチでいるんだなぁとか思っていた私だったけど、異世界の人がいるならそりゃいるかとあまり気にしていなかったの。

 

 

「あら? ここはどこでしょう? 金糸雀ちゃん達がいないですねぇ! ん? これは金糸雀ちゃんが前に言ってた生ジョッキ缶ですねぇ! 頂きましょう!」

 

 私の知らない遠い惑星で、一つの惨劇が生まれた。それは地球人が忘れていったたった一つの缶ビールが起こした悲劇、

 曰く勝利の女神、否。曰くアンゴルモア、否。

 缶ビールが恐怖の女王を連れてきてしまった。

 超知的生命体達の中で、もっとも危険な薬物としてお酒が宇宙法で禁じられるのに100年と時間がかからなかったんだって。

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