第89話 パラディンとショートケーキとシングルモルトウィスキー山崎と

 本日、大学の近くに従姉のお姉さんが立ち寄る機会があるという事でしばし楽しいお茶の時間を過ごした私は、今同居人(?)がいる事を簡単に話したところ、カフェに併設したケーキ売り場でいくつかケーキをお土産に買ってくれた。2、3しか違わないのにまだまだ子ども扱いされているのが嬉しいやら悲しいやら。しばらく近くの海外の人向けの高級ホテルでバーメイドをしているらしいのでその内飲みに行こうかしら。


 しかし、私の一族ってみんな何かしらお酒に関わる運命にあるのかな? そんな事を考えながら私のマンションに帰るといつものにぎやかなお出迎え。


「みんなーただいまー!」

「おかえりなさいませ犬神様ぁ!」

「おかえりであるぞ!」


 ミカンちゃんは動かざる事山の如し、ソファーにだらしない恰好でひっくり返ってタブレットでティックトックかユーチューブでも見てるわね。


「かなりあー、おかえりー」

「ただいま、ミカンちゃん。お部屋散らかしすぎだからかたずけて」

「後で片づけるかもー」


 という良い子じゃない子に私はケーキを見せる。


「お片付けをしない悪い子にはケーキは無しだからね!」

「お……おぉおお! 勇者、片付けるかも!」


 と散らかしているゲームとか漫画とかを全部纏めて……絶望的に片づける才能のないミカンちゃんを見かねたデュラさんがゲーム機、漫画、脱ぎ散らかしている服を畳み手伝うというか殆ど片づけてくれた。


「デュラさん、恩に着るなりぃ!」

「勇者よ。もう少し自分で出来るようにならぬと今後大変であるぞ」

「頑張り!」


 魔王軍の大幹部からの勇者への言葉とは思えないわね。ルーさんもミカンちゃんが散らかした漫画やラノベを本棚に戻してくれたのでとりあえずまぁ今回は許してあげましょうか。さて、コーヒーか、紅茶か……


「勇者、かなりあにプレゼントあったの! ウィスキーを買ってきたり!」


 トンとミカンちゃんが私に見せたのは今や全然定価で売っていないサントリーの山崎。なんだけど、私の家の近所のスーパー、山崎・白州・響のレアウィスキーをどうやっているのかたまーに定価で売ってるのよね。しかもしれっと、リカーコーナーに置いてるの。


「山崎売ってたんだ」

「うむ。勇者、かなりあのお兄ちゃんが飲んじゃダメって言うお酒に興味あり!」


 あぁ、私の部屋には山崎がある。兄貴の部屋のリカーラックの一番下に置いてあって誰かのお酒、要するに飲んじゃダメなお酒だったのでミカンちゃん飲みたくなったのね。


「山崎は尖ってるわよぉ! 国産シングルモルトってこんな感じなの! って衝撃はあるわね」

「おぉ! ケーキと一緒にやり!」

「わー! 美味しいそうですねぇ! 犬神様ぁ!」


 えっ? 何言ってるのこの娘達。デュラさん、ケーキにはコーヒーか紅茶よね? と二人を止めてもらおうと思ったんだけど、デュラさんはノリノリで、


「甘いケーキにウイスキーであるか! これは合わせる前から大正解であるな!」


 なんだと……いや、確かにチョコレートとウィスキーは合うけど……いや、私は思い出してしまった。まだ私が未成年で兄貴が成人したての頃、兄貴はケーキをおつまみにビールを飲んでいた。

 ビールよりもそりゃウィスキーの方が合うでしょうけど……まさかそんなペアリングに山崎を使うなんて思わなかったわ。私が山崎の栓を開けた時、


 がちゃり。


「ごめんください! どなたかいらっしゃいませんか?」

「はーい! どちら様ですかー? えっ! イケメン!」


 そこには赤毛の男の子。青年というにはまだあか抜けていない少年の面影を残すイケメン、高級そうな服と装備、そして不思議な形の槍を持っているんだけど、私を見るや彼は膝まづいて私の手に触れる。


「ボクはヴィー。パラディンの称号を王国より賜っている。ヴィー・ダマ・ラムネです。ラムネというお名前でご存じかもしれませんが、ケンコー・ランドの田舎貴族です」

「あらぁ! 私はぁ、犬神金糸雀でぇーす! この家の家主でぇーす!」


 ケンコー・ランドにはコーヒー・ギュウ・ニューさんとかフルーツ・ギュウ・ニューさんとかいそうね。でもまぁイケメンならなんでもいいわ。


「金糸雀殿、どなたであるか?」

「犬神様ぁ。大丈夫ですかぁ?」

「かなりあ、きもーい!」


一部、誹謗中傷を感じるけど、このパターンは……ヴィーさんは槍を構えるとデュラさんとルーさんに向ける。私が話しかけるよりも前にミカンちゃんが二人の前に立って、


「槍を下げり! 討伐対象でなき!」

「こ、これは! 勇者様ぁ?」


 そう言うとヴィーさんはミカンちゃんの前に跪く。そんな姿にミカンちゃんは私を見てニヤニヤしながらダブルぴーす。


「勇者はつよつよなり。パラディン、ここは不戦の場所なり! そして勇者の永久就職した部屋かも」

「えぇ?????」


 疑問符が浮かぶヴィーさんに私はとても都合のいい魔法の言葉、


「かくかくしかじか」

「なるほど! そうでしたか!」


 通じた! という事で私は開栓した山崎をオンザロックでロックグラスに注いでみんなに回す。シングルモルトなんて飲むのいつ以来だろう。そういえば今年の秋に、この山崎を使ったハイボールが発売されるとか聞いたわね。1缶600円だったかしら?


「ケーキも用意しますね! じゃあ、高級ウィスキーとヴィーさんとの出合いに乾杯!」


 かんぱーい! と山崎のオンザロック。くあー、流石に凄い主張してくるなぁ。氷が溶けるごとにだんだん違う表情見せてくれるのが楽しみだけどさ。


「…………っ!」

「勇者、このウィスキー好きかもぉ!」


 ルーさんは一定以上に美味しいと喋らなくなっちゃうのよね。デュラさんとグラスをこつんと合わせていたヴィーさんも一口飲んで目を瞑る。


「凄い、こんな火のお酒、存在するんだ……」

「ウィスキーはいくつも飲ませてもらったであるが……ローヤルに一番似ているであるな。しかしローヤルより繊細で強い酒である」


 デュラさんは味の分かるデュラハンよね。山崎っぽいお酒といえば真っ先にローヤルが上がってくるけど、近い風味でも飲みやすくて雑味がするのがローヤル。やや主張してきて香りが開くのが山崎ってところかしら?

 みんな美味しいお酒を飲んで少しばかり余韻に浸るので、


「じゃあケーキ合わせてみましょうか?」


 どれどれ、ショートケーキとウィスキーってほんと凄い組み合わせね。いや、でもどっかのクレープ屋ではウィスキーと食べるセットがあったような。

 私はケーキと一口パクり、そして山崎を……


「は?」


 私の反応にみんなも続く。


「これは…………なんというか」


 ヴィーさんが、


「…………」


 ルーさんが、


「なるほど、こうくるであるか」


 デュラさんが、


 そして、ミカンちゃんが……


「うみゃあああああああ! すごー! 勇者これスキー! 頭おかしくなりぅううううう! うまうまー! ショートケーキとやまざきつよつよぉ!」


 うみゃあああにつよつよいただきました。

 要するに、美味しすぎるよ美味しいみたいな強調系ね。

 まさか、チョコケーキじゃないショートケーキがここまで合うなんて、脅威ね。


「この赤い果実も美味しっ! それにこの火酒が段々味が変わって……優しい感じに」


 加水が進んでくると山崎の香りがふわぁああと広がるから、香りよし、味よし、私たちは普段ならすぐに食べてしまうショートケーキを山崎のオンザロックのお供としてオツマミとしてゆっくりと食べる。


「お菓子だと思うんですが……こんな豪華で見事で美しく、そして美味しいお菓子……金糸雀様は何処かのお姫様でしょうか? 身なりも見事ですし」


 いやぁああ! 三本ラインのジャージを着た姫がいたらそれは自宅警備員という籠城の姫君よ! 


「普通の家の子です。そんな事より、お酒まだまだありますのでヴィーさんどうぞ!」


 うひひ! イケメンにお近づきになれるのはほんとたまらないわねぇ。なんかおはなみたいないい匂いするし、おいくつくらいかしら? 


「あはは、ありがとうございます! では頂きます。皆様も早とちりして申し訳ありませんでした。ボクは最近、別世界で見た事もないお酒と食事をしたという人々の噂を聞いて調査していたんですが、よく考えればそんな事あり得ませんよね? 僕と一緒でそそっかしぃなぁ、王様も!」


 いや、ヴィーさん、多分。それ、今現在の事じゃないかしら? ちらりとデュラさんを見ると顔を横に振るので黙っておいた方がよさそうね。私はいつもなら最後まで取っておく苺をパクリと食べて山崎で流す。


「かなりあー、やまざきお代わりかもー! シュワシュワで飲みたいかも」

「我も! ストレートで所望するである」

「私は、さっきと同じで」


 みんなの2杯目のお代わりを作っているとヴィーさんが私を見つめて微笑する。ああん、かーわーいーいー! 未だかつてないいい感じのイケメン。


 でも知っていた。私はそんな物事はうまくいかない事を……


 ガチャリとこのタイミングでやってきたのは、ご存知私たちの家に入り浸る妖怪、じゃなくて、


「皆さんの女神ですよー! あら、パラディンの」

「女神様! 女神様がこんな所に! ボク、もう一度あってお礼を言いたかったんです! あれから世の為、人の為、彼氏も作らず。お見合いにいろんな国の王子とかを勧められましたけど、ボクは恋ではなく、仕事に生きようと思ってるんです! 積もる話もありますので! 女神様、ご一緒に」

 

 私は静かに、山崎の濃いめハイボールをクイッと一気飲みしてから立ち上がると、後ろからヴィーさんの胸部に触れてみた。


「きゃっ! 金糸雀様、何するんですか!」

「柔らかいですね……ヴィーさん」


 そう、世は並べて事もなし。その日、私は限界を超えて山崎を飲み、その後の事は覚えていないわ、いつもならウザ絡みするニケ様が何か恐ろしい者でも見る目で私を見て帰って行った姿だけは覚えいる。


 嗚呼、神様。イケメンをください。男子の……

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