第12話 クレリックとキャベツ料理とよなよなエールと+α
さて、首だけのデュラさんが私の部屋にいて、下の階の方が雨漏りしているらしく、天井の修繕の為、私はしばらくビジネスホテル住まいになる。居住費や食費等は大家さん負担との事で、それは構わないのだが……問題は一つ。この部屋の大量の酒である。
「さすがに全てを運ぶというのは不可能ではないか? 金糸雀殿」
デュラさんの言う通りなんだけれども、これだけのお酒を消費する事も現実的ではないし、というか兄貴の知り合いのボトルキープやら高いお酒があるので……
「トランクルームを借ります」
「トランクルーム?」
さぁ、この異世界の悪魔の侯爵デュラさんにどう説明すべきかと私は考えて……
「ようするに毎月借りる費用を支払う事で利用できる宝物庫ですよ」
「宝物庫か! 確かにこれだけの酒。財産となろう」
うん、投機商品としてウィスキーとか注目されてるもんね。まぁ私も兄貴も酒はコレクションするものじゃなくて飲む物という強い意志はあるんだけどね。正直並みのショットバー以上にお酒をため込んでいるこの部屋からトランクルームにお酒を移動させるのに3日はかかりそうね。しばらくこの部屋と別れるとなると感慨深いわね。
プシュ! なんとなく冷蔵庫に入れていたよなよなエールのプルトップを開けたところで、しまったと思う。
ガチャ。
ほら……
「ごめんください、少し休憩をさせてはくれませんか?」
「ほわぁあああああ!」
デュラさんが超焦っているその人物は、優しそうな女の子、どこからどう見ても聖職者の法衣のような物を着ている彼女。
「いらっしゃいませー、どうぞどうぞ狭い部屋ですが気が済むまで休憩していってくださいね。私は犬神金糸雀。この部屋の家主です」
「これは、親切にしていただき、こちらわずかばかりの気持ちですが」
「いいですいいです。それより、シスターさん?」
「アコライトのニオです」
「へぇ」
さて、アコライトってなんだ? 私は現代の賢人スマートフォン先生にアコライトを調べてもらう。どうやら、聖職者の補佐をする人。シスターではなく、シスターの手伝いをする人。みたいな感じなのかな? ゲームとかだと回復魔法や支援を得意として……
私はデュラさんが焦った理由を知った。
悪魔やアンデットに対して比類なき殺傷能力を誇る。要するにデュラさんの天敵と会合している状態なんでしょうね。まぁ、ここは……
「ニオさん、あの……お酒とかはいける口ですか」
「お酒ですか? 私、お酒は飲んだ事がなくて……」
よし、ここは飲ませてみよう。よなよなエールは呑みやすいし、きっと気に入ってくれるハズ。オツマミは、給料日前でやや金欠気味の私は冷蔵庫の中を見る。キャベツが一玉。よし、これさえあれば……くらこんの塩こんぶ長とざく切りキャベツをあえて居酒屋定番メニュー、塩こんキャベツ。千切りキャベツをS&Bのカレー粉で炒める。残りのキャベツは、味噌、砂糖、ゴマ、マヨネーズを和えたソースにディップして食べる。
貧乏キャベツフルコースが完成したのである。
「ほらほら、ニオさん座って座って、乾杯しましょー! よなよなエールです」
注意、お酒を無理やり飲ませる事はアルハラとなりますが、ニオさんはまんざらでもないので、ここは勢いに任せて、異世界でも共通の……
「「かんぱーい!」」
ゴクゴクと、ニオさん。かなりの飲みっぷり。そして一缶飲み干す。
「はぅ、お酒って美味しいのですね?」
「でしょでしょ? このオツマミも食べてみて、キャベツばっかりだけど」
異世界の人って何喰ってんだろうな。とふと、思っているとニオさんは塩こんキャベツを食べて……
「シャキシャキと瑞々しいお野菜に、こちらは香辛料がたっぷりと……私、そんなにお金もってませんよ?」
「えぇ? いいよいいよ。むしろこんなのでお金取ってたら多分捕まっちゃうし」
「ですが、売りに出せば相当な値がつきそうな新鮮な野菜をこんな贅沢な食べ方で……」
あぁ! ああ! かつては私達の世界でも野菜って時季物だったから今より高級だったのよね。イギリスのサンドイッチの最高級はきゅうりサンドなんて言われているし、ちらりと見たデュラさんは置物のフリをして動かない。
「くぅ! どれも美味しい、それにこのお酒、やみつきになるわー!」
おや? おやおや? ニオさん、なんだか少し言動が荒々しくなっているような、よなよなエール3本目に突入です。
「カナリアさん、全然飲んでなくないですか? ねぇ? えぇええ?」
これは……
か・ら・み・酒! すごい絡み酒だ。しかも、私にアルハラを物故んでくる邪悪さ。聖職者補佐にあるまじき行い。
でも、そういうの嫌いじゃないわ。付き合ってあげますとも。よなよなエール、兄貴が好きなのか知らないけど、箱で二ケースあるから気が済むまでお飲みなさい。
「カナリア殿、カナリア殿。私も飲みたいのだが……」
忘れてましたデュラさん、私の後ろでそう訴えてくるので、私はよなよなエールにストローをさして、適当にとりわけたオツマミを小皿に入れて後ろにつつーと出すと。多分デュラさんが飲食しているであろう音が聞こえるわけですよ。
するとどうでしょう?
「あれぇ? なんか私達以外で飲み食いしてる音聞こえませんか?」
「ええっ、そんな事ないよー、ほらほら飲んで飲んで!」
「いただきマンティコア!」
あー、いただきマンモス的な? ここまで酔ってたら無礼講でいけんじゃないかな? という事で私はニオさんに聞いてみる。
「ニオさん、例えばここに悪魔とかいたらどうしますか? 普通に敵意とかなくて一緒に飲める的な?」
「あくまぁ? そんなのホーリーライトで神の身元におくりますよぉ! 当然じゃないれすかぁ~、カナリアさぁ~ん。もしかして悪魔いるんれすかぁ?」
立ち上がると千鳥足で、室内を物色するニオさん、グラスやお酒のボトル。そして、私が後ろを隠しているのを不審に思ったのか、
「ここかぁああ?」
「…………」
デュラさん、渾身の置物のフリをする。微動だにしない甲冑の首の部分を掴んで不思議そうな顔をする。
「なんだか悪魔の気配がするような? ホーリーライトをぶち込んでみようか?」
「…………」
そのホーリーライトとやらがどれほどのものかは私には分からないけど、なんだかヤバい気がするので、デュラさんの首を強引に奪い取ると、代わりによなよなエール。
「もうそんな事いいじゃないですかー、飲みましょう! ほら、いただきマンティコアっ!」
よなよなエールを一気飲み。それに気分をよくしたニオさんは私に倣うようにグイっと、飲み干して……そして酔いつぶれた。このまま寝かせてあげてもよかったんだけど、さすがに引っ越しに連れて行くのは……
無理っ!!!!
という事で、とんとんとニオさんを叩いて、ペパリーゼとウコンの力を飲ませる。そして、ペットボトルの水を渡すと、
「そろそろ帰らないとダメじゃないですか? みんなさがしてますよ」
「ううん、そうですね……ご馳走になってしまい」
「はいーー、大丈夫ですよー、じゃあさよならー!」
ばたむ。とお見送り、再びドアを開けて、私は外を見るけど、ニオさんの姿は何処にもない。きっと自分の世界に戻ったんだろう。
「カナリア殿、感謝する!」
「いやー、まぁ私がすこし煽ったのもありましたからねー、しかしアコライトでしたっけ? ニオさんまぁまぁやばい子でしたね」
どっと疲れたので、お酒の運びだしとかたずけは明日でいいか……
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