第71話 コボルトガールとだし巻き卵と黒松白鹿 特別純米 山田錦 原酒 この素晴らしい世界に祝福を!コラボ酒 720ml瓶詰と

 本日はなんと、私一人なのよね。ミカンちゃんはオフ会に行って、いろはさんに何故か呼ばれたデュラさんはミカンちゃんに部屋から出してもらってそのまま夕方までは帰ってこないみたいなの。


 一人で一日を過ごすのっていつ以来かしら? 掃除をして、どぶろくの様子を見て、ゆっくり朝食なんかを取ってサブスクを見たり、積んでた本を読んだり……いつもいる二人がいないと暇ね。

 こういう時はニケ様が来てくれたら暇潰しにはなりそうなんだけど、こういう日に限ってこないのよね。あの女神様。

 そういえば、女神様繋がりのお酒があったわね。兄貴の棚にある一番下段のお酒。本来飲んではいけないお酒なんだけど、そこに一本だけ日本酒の原酒があるのよね。これは流石に飲んでしまわないと日本酒に悪いわ。

 多分、ボトルが珍しいから購入したと思われるそのお酒。ライトノベルのコラボ日本酒。水の女神様のお酒なのよね。

 

「黒松白鹿 特別純米 山田錦 原酒 この素晴らしい世界に祝福を!コラボ酒 720ml瓶詰。黒松白鹿の山田錦原酒って……こんなの次いつ呑めるか分からないし今日は一人で頂いちゃいましょうか?」

 

 日本酒の聖地、灘五合。その西宮郷でのみ限定発売されていたらしいお酒。パッケージには水の女神・アクア様が酒造りのハッピを着ている可愛らしいボトルね。きっとニケ様とは違って、アクア様は見た目通りお淑やかで、お酒なんか飲んでも人に迷惑とかかけないとっても素敵な女神様に違いないわね!

 

 じゃあ開栓の儀と行きましょうか?

 

 ガチャリ。

 

 ニケ様? にしてはうるさくないし、誰かしら?

 

「ここはどこなのだ? ご主人がいないのだ!」

 

 きゃわわわわわわ!

 獣人って人かしら? 犬の耳と尻尾が生えた、くりっとした瞳に、これみよがしについている牙が愛らしい女の子きたわね。眼福眼福。迷子かしら?

 

「こんにちは! お姉さんはこの家の家主の犬神金糸雀お姉さんよ。貴女は?」


 犬耳少女は短パンのベルトに引っ掛けてある短剣を私に向けると、

 

「ボクはコボルトガールのガルンなのだ! ご主人とノビスの街に買い物に行ってご主人が迷子になったから探していたらこんなところに出てしまったのだー! 帰りたいのだー!」

 

 あら、絶対この子が迷子になったのよね。泣きそうなガルンちゃんを私は撫でてあげる。こんな可愛い子。……すぐに返したくない。

 

「ガルンちゃん、ここから帰る方法を私は知ってるわよ!」

「本当なのか? 金糸雀、教えるのだ! ボクの事をみんなが心配しているのだ!」

「その為には私と美味しい物食べながら美味しいお酒でも呑みましょ」

「分かったのだ! でもボクはお酒は飲めないのだぁ……」

「じゃあジュースを出してあげるわ!」

「それなら飲めるのだ! 不思議な場所なのだ! ご飯を食べれば出れるダンジョンなんて初めて来たのだ!」

 

 少しアホの子っぽいのもポイント高いわね。そういえば、ガルンちゃん。自分の事をコボルトって言ってたわね。

 

「ガルンちゃんはモンスターなの? 獣人みたいだけど」

「ボクは誇り高きコボルトなのだ! 獣人なんかと一緒にされるのは心外なのだ!」

 

 獣人と人型のモンスターの違いって? 謎肉の次くらいに謎ね。まぁ、可愛い子がいるんだしそんな事どうでもいいわね。

 

 冷蔵庫には……卵しかないわ。


 でも大丈夫! 


 卵があればご馳走の千やニ千はできるんだから、本日はだし巻き卵を作るわよ。水、卵、すき焼きのタレ。すき焼きのタレは煮物にも使える究極の調味料よ! 本来なら出汁と砂糖と混ぜて味を調節するんだけど、すき焼きのタレ一本で全て時短できるの。だし巻き卵は焦げ目をつかせない事が大事よ。弱火ですき焼きのタレ入り溶き卵を複数回に分けてゆっくりと折りたたみ、継ぎ足し、はい完成。

 大根おろしも用意して……

 

「はい、おまちどう様! ガルンちゃんはオレンジジュースでいい?」


 プラスチックのコップにたっぷりカクテル用のオレンジジュースを注ぐと私は、黒松白鹿 特別純米 山田錦 原酒 この素晴らしい世界に祝福を!コラボ酒 720ml瓶詰を取り出してお銚子に注ぐ。ここは白鹿のピンク色の鹿が刻印されたグイ飲みでいただきますか! 兄貴はお酒のグラスの類も死ぬ程集めてるのよね。 

 まぁ私もなんだけどね!

 

「ガルンちゃん、乾杯しましょ乾杯!」

「うん、早くご主人のところに帰りたいのだ……」

 

 ああ、泣かないでガルンちゃん。私のぐい呑みとコップをコンと当てて、

 

「かんぱーい!」

「……乾杯なのだ」

 

 あぁあ! 山田錦原酒、ヤバっ……加水していない為に本当の日本酒の味を楽しめるのよね。ああん、こんなの一人で飲んでいいのかしら?

 

「うまいのだー! このベコポンジュースみたいなジュース! うまいのだ! うまいのだーー!」

 

 ミカンちゃんでいうところのうみゃああ状態に入ったガルンちゃん。

 みるみるうちにガルンちゃんの瞳がキラキラと輝き始める。日本のオレンジジュースは世界一よ! ガルンちゃんも元気になったところで、

 

「はい! 金糸雀特製のだし巻き卵よ!」

 

 ふっくらして大きい卵4個分使った調理費用、ガス代合わせて120円くらいね! お惣菜屋さんで買ったら600円はするわよ。大根おろしをのせて、ガルンちゃんに、

 

「はい、あーん!」

「あーんなのだ! んぐんぐ! うまいのだー! 金糸雀天才なのだー! こんな美味い物、ご主人以外に食べさせてもらった事ないのだー!」

「うふふ、よかったわ! 私もパクリと」

 

 そして山田錦原酒をクイっと……飛びそう! 灘五郷の中でも私は今津郷派で、兄貴が西宮郷派(今津も西宮市なんだけどね)。西宮郷のお酒、知ってたけどヤバいわね。日本酒に使う最高の水である宮水と日本酒に使う最高のお米である山田錦の二つが奏でるハーモニー……

 

「美味いのだー! オレンジジュースとだし巻き卵! ご主人の作るのの次に美味いのだー!」

 

 ん?


 喜んでくれているガルンちゃんを見るのはとてもニヤニヤしてしまうし楽しいんだけど……ちょっと聞き捨てならないわね。そのご主人とやら……異世界の料理や食事は私のこの世界より劣っているのは今まで来た人達から間違いないのに、私の至高のだし巻き卵(すき焼きのタレでズルしてる)が、劣っているというの……

 

「ガルンちゃーん、私のだし巻き卵よりご主人様の作る方が美味しいの?」

「ご主人の作るご飯はすごい美味いのだー! 金糸雀のこの卵も美味いけど、ご主人の足元にも及ばないのだ!」

 

 結構な言われようだけど、まぁきっと元料理人かなんかが転生したか転移した人なんでしょう。そんなの相手に私が料理の腕で敵うわけないもんね。ここは山田錦原酒に免じて気にしない事にするわ。


「んぐっ、うまー」

 

 ああん、これぞ日本酒とでも言うように主張してくる辛口、からのじんわり甘さと共にお腹からあったかくなってくる幸せ。

 目の前には私が飼ってあげたいくらい愛くるしいコボルトガールのガルンちゃん。

 

「ガルンちゃん、オレンジジュースのお代わりいる?」

「いるのだ! 飲めば飲む程喉が渇いてクセになるのだ!」

 

 あはは、お水も出してあげなくちゃね。かなり大きなだし巻き卵を作ったのにガルンちゃん。小さいのによく食べるわね。お皿からだし巻き卵が綺麗さっぱり無くなっちゃったわ。

 

「そろそろ、ご主人のところに帰りたいのだ……」

 

 食べる物がなくなると耳と尻尾が垂れてきてまた元気がなくなってきたガルンちゃん。帰したくない気持ちになるわねぇ。でもこれ以上イジメちゃ可哀想なので……

 

「ガルンちゃんのご主人様はお酒を飲むのかしら?」

「うー、それなのだ! ご主人がたまに夜に飲んでるお酒なのだ!」

 

 それって……ブランデーのレミーマルタンVSOP。ブランデー入門に丁度いいお値段で飽きない美味しさに各世代から人気のお酒。

 

「じゃあ、これ持っていっていいわよ! お土産に」

 

 まぁ、私のリカーラックのお酒じゃないしいいわよね。するとガルンちゃんは、

 

「いいの? ご主人に褒められるのだ! 迷子になった言い訳をこれを買いに行ってたと言えるのだー!」

 

 やっぱり迷子になっていた自覚あるのね? それと、レミーマルタンを購入したって言ったらその時点で嘘になるわよ。異世界で売ってるわけないじゃない。

 このお酒は兄貴のナイトキャップによく飲んでるから部屋に常備されてるだけで、この辺でもちょっと大きいリカーショップとかいかないと置いてない銘柄なんだから。

 

「ありがとうなのだ! 金糸雀。また遊びにくるのだ! 今度はボクの住んでいるところにも遊びに来るといいのだ! 美味しいご飯をご馳走してあげるのだ!」

 

 やーん! 可愛い! 今からご主人様に会えるからって耳と尻尾がブルンブルン動いてるわ。

 

「ばいばーい! ガルンちゃん!」

「バイバイなのだ! ご主人と同じ犬神の名前をもつ金糸雀!」

 

 えっ? 「ちょっ、ガルンちゃん待って!」

 

 バタムと扉は閉まり、当然追いかけて開いてもマンションの外で、ガルンちゃんの姿はない。私よりも料理が上手で、レミーマルタンを夜にナイトキャップとして飲む犬神性。私の兄貴じゃないでしょうね?

 ガルンちゃんが帰った今となってはもう確かめるすべもないから、山田錦原酒でも飲んで不貞腐れよ。

 

「ん?」

 

 ボトルの裏には山田錦特別吟醸原酒のタイアップラノベ、“この素晴らしい世界に祝福を“のヒロインである水の女神アクア様が泥酔してぶっ倒れているイラストだった。

 

 女神って……なに?

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