第334話 傭兵のオッサンと羊羹とネグリタと

 デュラさんが恒例のいろはさんの家に料理をしに行っているので今日はミカンちゃんと二人なのよね。

 貸本屋から漫画を借りてきてミカンちゃんがひっくり返りながらいつものソファーで読んでるわね。そしてテレビアニメも同時に視聴しているわ。さらにネットサーフィンもしてる。

 

「ミカンちゃん、アニメ見るか、漫画読むかどっちかにしなさいよ」

「勇者、ブラックラグーンに出てくるラム酒について探してり!」

「えぇ? それって確かバカルディのゴールドじゃないの?」

 

 恐らく一時期日本人に一番有名になった銘柄、私の部屋にも何本かストックがある筈だからそれのオールドボトル(作中デザイン)を持ってくると、

 

「それはロックとレヴィが最初に飲んでるラム酒なりにけり! テレビアニメの方で東京のホテルで飲んでるラム酒が知りたし、どこにも書いてなき」

 

 と言ってサブスクの一シーンを停止して私に見せるミカンちゃん。赤いポケットボトルにRUMと書かれている銘柄。私の知るところ、この表記はドーバーラムなんだけど、ドーバーラムにポケットボトルは存在しないわね。というかドーバラムはお菓子用だし、酒飲みのキャラクターが愛飲してなさそうね。

 

「ちょっと漫画貸して」

 

 作者の趣向はアメリカかぶれ、アメリカで一番飲まれている蒸留酒がラムだから主人公の女の子レヴィはラム酒が好き、かつ海の仕事をしているから海賊って感じでかけてるのかしらね? 方やアニメの方は作者の趣味嗜好をそこまでフィードアップされていないかもしれないわね。作中年代は2000年頃かしら? この頃に日本でラム酒は下火だから比較的手に入る銘柄は限られているわよね。普通に考えれば色味的にマイヤーズなんだけど、バカルディが好きな主人公達がマイヤーズをストレートで飲むとも思えないわね。

 ありえないけど、一番近いのは高級ラムのフロール・デ・カーニャ。残念ながら私の部屋にはあるけど兄貴のお酒故に飲めないわね。そしてボトルの色味は違うけど唯一このホテルで主人公二人が飲んでいるボトルサイズに合う物、かつ日本で当時手に入れやすかったと推測される物は……

 

「この辺りじゃない? ネグリタ」

 

 ※このアニメのワンシーンのお酒は何か? とかいう意味不明な質問があり閲覧して調べてみましたが正直、アニメスタッフが適当に描いたお酒かも知れないので、該当銘柄不明です。可能性がある物として海賊マークで有名なレッドラムのボトル色合いをネグリタラムのポケットボトルにした感じ、あるいはマイヤーズのポケットラムが一番近いのではないかと推測されます。作品的にもしかするとキャプテンモルガンのプライベートストックかも知れませんが、だとしたらアニメスタッフはアニメーターをやめるべきですかね。

 

「えぇええ! 全然ちがし」

「このボトルと大きさとラベル的なラム、これくらいしかないわよ。というかないんじゃないこれ? 他のシーンのジャックダニエルとかは精巧に描かれているのになんかこのシーン適当だもん」

「アニメにそれ言うの戦犯なりぃ!」


 私個人の予想としてはレッドラムかなと思うんだけど、この時代にレッドラム日本で手に入ったのか謎なのよね。マイナーなリカーショップとかにはあったと思うけど、適当に滞在しているホテルの一室で飲んでるからコンビニとかスーパーとかで買ったと推測すると、自国から持ち込んでるのかしら? だとしたら謎銘柄という事で話は済むかも知れないわね。兄貴が海外旅行で購入してきたお酒の中にも、個人で作ったヤバそうなのが何本かあるもの。

 

 ※もうこの手のお酒は多分、日本に持ち込めません。すこーし、ゆるい時期が十年程前にあり、その頃は謎の酒が普通に持ち込めました。機会があればご馳走しましょう。

 

「ネグリタ、美味しいわよ。じゃあ、アニメに倣ってこのお酒、ストレートで煽ってみる?」

「やりぃ!」

 

 こうなるとまぁ、基本ウチの家には誰かやってくるものよね。

 

 ガチャリ。

 

 ほらね。

 

「はいはい、こんにちはー」

「ここは一体?」

 

 そこには190センチくらいの身長の男性。顔には傷、そして身の丈と同じくらいの巨大な剣を持ってるわ。歴戦の戦士って感じね。

 

「ここは私の家です。私は犬神金糸雀、ここには何故か異世界から誰かやってくるんですよ」

「俺は見ての通り傭兵だ。名前はウルゴン。これでも魔王軍との最前線で戦っているんだぜ」

 

 そう言って男を魅せてくるウルゴンさん。いやね、私もマッチョかマッチョじゃないかといえばマッチョの方が好きですよ。遺伝子が強い雄を求めてるって事も分かるんだけど、私のタイプはイケメンや美人なのよね。まぁ、強いていえばクッそ面食いなのよ。

 残念ながら私の好きなタイプの顔じゃないのでごめんなさい。年上の男性だったら私はお洒落な髭の似合うジェントルが好みよ。

 

「そーなんですねー、とりあえず今からお酒飲むんで、ご一緒にどうですか?」

「おっ! 金糸雀ちゃんが付き合ってくれるのかい? 俺は傭兵内でも酒豪と言われてんだぜ」

 

 ほぉ、それはいいわね。

 

「是非、リビングにミカンちゃんもいるので」

「ミカンちゃん?」

 

 ソファーでひっくり返って漫画を読んでいるミカンちゃんがウルゴンさんを見ると「よっ! なりぃ」と返事。ウルゴンさん、ミカンちゃんが勇者って気づいたらしいわ。

 

「はっ? 勇者様? 何故こんなところに」

「勇者、アニメと漫画からしか摂取できない栄養を補給にて候」

「なるほど、深い言葉ですぜ」

 

 意味わからないけど、勇者が言うからそうなんだろうな忖度を感じるわね。

 

「ウルゴンさん、甘い物いけますか?」

「そりゃもう、大好きだぜぇ!」

 

 かつて昭和あたりの日本でのみ存在した。酒飲みなので甘い物が苦手という風潮。それはその時代以外の日本や、外世界や異世界では存在しないのよね。そもそもお酒という糖分を取るから過剰に甘い物はいらないと身体が反応しているのかもしれないけど、昭和時代って無駄に格好つける事に男の美徳みたいなクソ仕様があったんでしょうね。

 だって大のお酒好きの織田信長だって甘い物大好きだし、江戸時代のお侍さんは酒とお菓子がなければ生きていけないくらいだったし、当然、明治大正平成令和と酒好きは甘い物好きなのよね。

 

 という事で、今回のラム酒に合わせてチョコレートではなく、羊羹を用意してみたわ。ラム酒をストレートで舐めるならやっぱり甘い物よね。スモークチーズとかも美味しいんだけど、ここは譲れないわ。

 

「じゃあショットグラスも雰囲気合わせましょうか?」

 

 私の、というか兄貴のコレクションの中にある弾丸がめり込んだデザインのショットグラスを用意するわ。

 ※昔は2000円くらいで買えたんですが、今は驚異の倍になってます。ブラックラグーンごっこがしたいとか気になる方はお早めに購入を! 

 

「うおー! うおー! カッケー! 金糸雀ぁ、すげー! 勇者このグラス好きー!」

「でしょ? 貴女に一杯、私に一杯ってね!」

「おいおい! 金糸雀ちゃんに勇者様、これっぽっちの酒かい? それになんだこの強烈な匂い」

 

 さて、ネグリタは黒人の少女を意味する言葉ね。お酒のラベルにも黒人少女のイラスト刻印されていて素敵なラベルだわ。そう、このお酒はフランスのラム酒。そしてマイヤーズや、バカルディなんかとは比べ物にならない癖のある芳香があるのよね。

 言ってしまえば正露丸。

 

 そう、この正露丸臭。ミカンちゃんが観ているアニメのブラックラグーンで一躍有名になったお酒が一つあるのよ。バーボンのラフロイグ。作中に登場しているのはそのプロヴィデンス。兄貴のコレクションに1本だけあるけど、多分市場価格とんでもない事になってるから開けた事も飲んだ事もないからわからないのよね。で、レギュラーボトルが6000円くらいであるんだけど、アニメのお酒だからと買った日本人が強烈な正露丸臭に驚いたお酒ね。

 それと似た香りがして全然違う味のお酒。

 そりゃ、ウィスキーとラム酒だからね。

 

「それじゃあ、最前線で頑張っているウルゴンさんに乾杯」

「乾杯なりぃ!」

「こんな少量じゃ酔えねぇよ。乾杯」

 

 クイっと私達はそれを口の中で転がして飲み干す。ウルゴンさんは一口含んで、喉を抑える。

 

「ぐぁあああああ! 喉が焼ける! なんだこのキツい酒」

 

 ビールと果実酒しかほとんどない異世界だもんね。お酒を蒸留するという知識や理論は多分あるんだろうけど、それでもワインに毛が生えた程度の度数のお酒しか飲んでこなかったウルゴンさんには未知との遭遇でしょうね。

 

 なんせこのネグリタ。44度あるんだもの。日本の焼酎は平均25度。私が好む洋酒でも平均40度。私たちの世界でも平均以上のアルコール度数を誇るお酒を前にしてお酒に慣れていない異世界の人が飲めばそうなるわよね。

 

「うみゃああああああ! 勇者おかわりぃ!」

 

 そしてここに私をして化け物と言える酒飲みミカンちゃんがいるんだもの。兄貴とどっちが強いのか一回見てみたいわね。

 

「味わってちゃんと飲んでよ! 1950年代に初めて日本に入ってきた由緒正しいラム酒なんだからね!」

 

 私はお酒の値段とかよりこういう歴史を重んじるの。ネグリタさん、日本に来てくれてありがとう! 貴女のおかげでラム酒が今や流行り始めてるわ!

 

「じゃあ、ネグリタの風味がある間に羊羹もいっちゃってー! んま」

 

 あぁ、日本の羊羹と日本に初めて入ってきたラム酒のコラボレーション。日本なんて島国を知らない黒人の少女は不安と期待でやってきたところ、お近づきの印にと! 当時でいえば最高のおもてなし、羊羹を渡すのよ。

 

 でもそんな事を知らないネグリタさんはそうは思わない。

 嗚呼、自分の肌が黒いから、この国の人間もまた黒い物を渡して自分を見下すのかと、欧米と変わらないじゃないかと、呆れと絶望を少しばかり溜めて出された羊羹を食べた黒人少女、その強烈なれど控えめな甘さ、そして味わい、これは歓迎されていると知り、日本人の私たちもこう聞くのよ。

 

“ネグリタさん、どうですか? 口にあいますか? いらっしゃい日本へ!“

 

「羊羹、うまうまー! 勇者、羊羹超すきー」

「口の中にベタついて、なんだこれ。甘いが……うーん」

 

 あら? ウルゴンさんは口に合わないみたいね。私とミカンちゃんがネグリタをカパカパ飲んでいるとようやくウルゴンさんのショットグラスが空いたのですかさずおかわりを入れてあげる。

 

「えっ!」

「いくらでもありますので、どんどんやってください」

「俺は、麦酒とかの方が」

 

 あっ、これを言うと。

 

「麦酒なんてヤクルトと一緒なりぃ! いくらやっても酔えぬ、踊れえぬぅ! 男なら、ラムなり!」

「あー、いただくぜぇ」

 

 勇者に出された酒を断ることはできないらしくウルゴンさんは合計二杯半のショットでラムを飲んでフラフラになりながら、帰って行ったわ。

 一般人が帰ると、ここからは神話の時間ね。もうすでに気配を感じているの、何故ならミカンちゃんの姿が消えたから。

 

「出てきなさいよ。ニケ様、今日はとことん付き合ってあげるわ!」

「はーい! 金糸雀ちゃん、今日は素直ですねぇ!」

 

 私の隣の椅子にふわっと幽霊のように現れるニケ様はとっても可愛い笑顔でショットグラスを両手で持ってお酒を所望。

 

 普通に怖いわね。

 この人、幽霊でもなければ居候でもなければ不審者でもないのよ。


 勝利の女神様なのよ。信じられる?

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