第69話 継母に転生した人とちくわと厚揚げの甘辛煮とウィスキー水割りと

「ストライク! ばったーアウトなの!」

「む! 今のはそれっぽかったであるぞ!」


 ミカンちゃんとデュラさんは来月始まるWBCにお熱です。本格的なスポーツという物が異世界には子供の遊びの延長くらいにしかないらしくて私には良さが全く分からないゴルフ中継ですら二人は食い入るように見てるわね。特にそんな中で野球の二人の盛り上がり方は凄いの。


「ふふっ! やはり巨人が良いであるな! ジャイアントというも強者の証である!」

「タイガースの方がいいの! トラッキー可愛いのー!」

「ジャビット君も中々であるぞ!」


 私は野球とかあんまり知らないけどつば九郎は大好きね。今日はなんだか素朴な物が食べたいという理由付けで賞味期限が切れていたちくわと厚揚げの煮物を作ります。おでんを作った時の余りものだと思うけど、賞味期限が切れて味が落ちた物を生き返らせれる煮物って本当に凄いわよね。


 ガチャ。

 今日は早めの到着みたいね。


「どっちか玄関みてきてくれますかー!」

「分かったである!」


 そして、お約束と言うべきか、


「きゃああああああ! 魔物! 誰か、誰かおらぬか!」

「勇者ならいる。あとかなりあー」

「勇者? えっ? 勇者がいるの! どういう事!」


 本日の来訪者は見たところどこかいいところのご婦人というところかしら? さて、どうやって説明しようかし……


「こんにちは、この部屋の家主の犬神金糸雀です」

「ここって! やっぱり日本じゃない? 私はフロイライン。前世の名前は……まぁいいわよね? アルスレット男爵家に嫁いだ玉の輿よ!」


 あー、はいはい。そっち系の人ですが、一回やってきたわね。パッと見はどっかのヨーロッパの人種のように見えなくもないけど紫外線が地球より少ないらしく肌は妙に綺麗なのよね。で、この人は元々ヨーロッパの人ではなく、多分普通の日本人ね。


「えぇ、今は令和5年です」

「令和? 平成って終わったの?」


 んんっ、1世代違う時代の人かしら?


「終わりましたよ」

「私の時もそうだったけど、平和そうで何よりね。私の世界は魔物が沢山いて、貴族連中は至福を肥やす事以外は何考えているか分かりはしないし、流行病になったら最後。異世界ハードよ!」

「まぁ、今リアルタイムで外の国では戦争してますし、世界を巻き込む未曾有の新型ウィルスは蔓延しましたし、なんなら国の元リーダー襲撃されて命を落としましたし今の地球側もまぁまぁナイトメアモードですよ」

「マジで?」


 と、お互いの世界の不幸自慢はこのくらいにしてデュラさんとミカンちゃんがぽかーんとしているので、フロイラインさんが私の世界から転生した人物であることを伝える。


「はっはっは! そうであったか! さぞかしこの世界から我らの世界に生まれるとなると不便であろうな」

「そうでもないわね。だって可愛い娘がいるんだもん!」

「おー! まだ若いのに娘ー!」

「うん、結婚した男爵様の連れ子の娘が可愛くて可愛くて!」


 とフロイラインさんはブローチにしてあるロケットを開くと、そこにはフロイラインさんと男爵さん、そして娘ちゃんの非常に上手な絵が収めらていた。そして……娘ちゃんを見て私はそれが中高時代に少し流行った女子向けのラノベの主人公である事を思い出した。確か、魔女である継母に何度となく貶められそうになりながら何故かやたら出てくるイケメン達に助けられ逆ハーを作ってリア厨ライフを満喫する話だったかしら? 当時は私は夢中になって読んでたけど、そもそもイケメンが周りにあんなにいないし、いたとしても可愛い彼女持ちだし、私のロマンスはお酒を飲める頃には完全にキャンセルされていたわね。


 と言うことで、フロイラインさんは要するに本来虐め回すはずの娘を撫でくりまわして可愛がる継母キャラって事ね。


「とりあえず何かの縁ですし、飲みますか?」

「あぁ、そういえばこのお部屋お酒だらけね! 何飲んでもいいの?」

「一番上と一番下の棚以外であればなんでも!」

「じゃあ……上から三番目の真ん中にあるアードベッグ飲んでいいかしら?」

「渋いところ選びますね……かなりクセ強ですけど大丈夫ですか?」

「いやね、昔読んだ漫画のキャラクターがそれを飲んでて、でもその頃未成年だったからどんな味だろうなーって」


 なるほど……まぁ私にもそういう時期ありましたね。ロマネコンティってどんな味だろうと思って飲んでみたいと兄貴に言ったら値段を見せられて嗚呼、多分私は生涯飲む事はないだろうなって思ったりしたわね。なら、飲ませてあげますとも! ストレートやロックはクセ強すぎるから、


「水割りでもいいですか?」

「えぇ」

「二人も水割りでいい?」

「うむ構わんぞー!」

「えー、勇者シュワシュワがいいー」

「じゃあミカンちゃんはハイボールね」


 と言う事で本日はアードベッグの水割りでまさかのちくわと厚揚げの煮物を楽しむ事になったわけだけど、合うのかしらね?


「じゃあ、フロイラインさんの娘ちゃんに、乾杯!」

「「「かんぱーい」」」


 かー! いつ飲んでもアードベッグは強烈ね! 水割りで度数が落ちてもそれ以外は全体的に味わい深くなってるみたい。


「うんみゃい! シュワシュワなのに味がすごーい! ウマーなの!」

「おぉ……こいつは中々主張してくるであるな。シングルモルトという奴であるな?」


 さすがは飲兵衛の二人ね。アードベッグを初めてで楽しめるなんて……


「なぁにこれぇ、正露丸みたいな味がするぅー」


 まぁ、最初に飲んだ日本人の多くはそう言うわね。アードベッグの正露丸味とマイヤーズダークラムのイソジン味は有名だもん。まぁ、そう言うだろうと思ってたので、アードモアの水割りを用意してみました。


「フロイラインさん、こちらならどうです?」

「えっ? あら! こっちは甘くておいしー!」


 そうでしょうそうでしょう。まさに真逆のウィスキーですから。アードモアは大半の日本人の口に甘くて飲みやすいと感じますもの。

 じゃあ、おつまみの賞味期限切れのちくわと厚揚げの甘辛煮を、異世界の人に出すのは少し申し訳ないと思ったけど、同じ日本人ならまぁいいでしょう。


「はい、お待たせしましたー! 冷蔵庫の残り物で作った煮物です!」


 ちくわは私の大好物。厚揚げはデュラさんやミカンちゃんが好きなので作ったんだけど果たして……フロイラインさんはどうかしら?


「うわー! 懐かしい! 給料日前とかお母ちゃんがよく作ってくれたのよねー! いっただっきまーす! んーんうまい! この水割りもよく合うわー!」


 お口に合いましたか! そりゃよかったですよ。もむもむと食べる私達。まぁ、うん。残り物から生み出されるご馳走。安定の美味しさね。


「うきゃあああああ! 厚揚げウマーなの! 味がジュワッと染みてるのー!」

「うむ。この食い物。我らの世界では再現不可能と言って良いな! 豆腐を揚げておるのだろうが、謎食い物である! 日清のカップ麺の謎肉の次くらい謎である」


 お豆腐とかそういう繊細な食べ物はまだ異世界では作られないみたいだから、二人からすれば食感も味も栄養価も全て謎の食べ物なのよね。


「そっか、そっかー! お豆腐もちくわも前世ぶりだから忘れてたけど、私たちの世界ないわよねー。どうしよっかなー、こういうの作るとまた目立っちゃうのよねー! ところで犬神さん、あのお鍋の中にあるのは何かしら?」


 私が作っている自家製どぶろくを指差すので……私は笑顔で……


「甘酒を……」

「どぶろくよね? あれもう一次発酵終わっているから濾して炭酸用のペットボトルに移して砂糖入れて二次発酵しなきゃダメよ? あっ……前世の世界では度数あるどぶろく御法度だったっけ?」

「えっ? これこのまま放置じゃダメなんですか?」

「うーん、それだと苦いままで下手すれば酢になっちゃうわね? 私、前世では酒屋の家だったから、私の言った通りにすればお父ちゃんの作った美味しいどぶろくできるわよ! ペットボトルに入れる量は7割くらいにしてね? 炭酸でパンパンになるから」


 えっ? 兄貴の友達のレシピくそじゃんか! フロイラインさんの言われた通りに濾して酒粕を取って炭酸用ペットボトルに入れ替えているとフロイラインさんが、


「ねぇねぇ、犬神さん。いいこと教えてあげたんだからそれと酒粕少し分けてくれない? 代わりにこれあげるわ」


 何かメモのような物をくれたので後で確認しましょ。

 まぁ……そう言うことなら仕方がないですね。私は1Lペットボトルに三本分どぶろくの元ができたのでその内の一本と出涸らしで出来た酒粕を半分タッパーに入れてフロイラインさんにお渡しする。

 というかそろそろ……


 ガチャリ。


 来たな! 妖怪。


「こーん、にーち、わー! 女神ニケです! お邪魔しまーす! 今日のご飯とお酒は何かしらー!」

「あらニケ様じゃないですか! ご機嫌麗しゅう!」


 おや? フロイラインさんニケ様とお知り合い? ニケ様は笑顔で、とても困惑した顔をしているわね。


「あら、これはこれはケイコ。いえ、今はフロイラインでしたね? 転生後の生活健やかそうで何よりです。お帰りですか? お気をつけてお帰りなさい!」

「ニケ様、女神である事をいい事に旦那様のお屋敷のワインとチーズを毎度毎度ご飲食になられて、当シェフが困り果てており機会があればゆーっくりお話をと思っておりました。あー、犬神さんに頂いたどぶろくもありますので、是非、当家でこれらか」

「あの……フロイライン。今から金糸雀ちゃんのところでお食事を……」

「そうなんですか? 犬神さん、勇者ちゃん、デュラさん?」


 どう答えるべきか……先陣を切ったのはミカンちゃん。


「勇者は迷惑をしているー。いつもタダ飯を喰らいにくるロクでもないのー」


 そしてデュラさんが、


「うむ。女神どころか邪神の類に近いであるな」


 フロイラインさんは私を見て、泣きそうな顔のニケ様……


「まぁ、ニケ様。一度フロイラインさんのところでしっかりお話をして、綺麗な身体になってからまた遊びに来てくださいね」


 ミカンちゃんのガッツポーズ。デュラさんは何度も頷き。ニケ様は「いやー! 金糸雀ちゃんのところのごはーん! おさけー!」とか叫びながら自業自得の償いをしに連れていかれました。


 ニケ様、ほんと何やってるんだろう。ふとフロイラインさんのメモを見ると、フロイラインさんの実家の酒屋さんの住所だった。フロイラインさんもとい、ケイコさんの知り合いだと言えば、安くお酒を売ってくれると……気になったのが、酔いどれ部という記載なのよね。フロイラインさん、兄貴の知り合いじゃん……


 世の中は狭いわね。

 私たちはニケ様がいない事でいつもより3時間は時間を有意義に使えるなと、宅配ピザでも頼んじゃおうか? だなんてささやかなひとときを楽しんだのは言うまでも無いわね!

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