第33話 王宮近衛兵と麻婆カレーとどぶろくと

 今から私が語る事はにわかには信じられないかもしれない。あの一件以来私はもう一度あの場所にいく方法を調べている。

 今後私が迷い込んだあのアルケイディアに迷い込んだ者の為にこれを記そう。

 気持ちが先行してしまったらしい。私は王宮近衛兵のパーン。趣味は休みの時に城下町や隣街などに人気店で食事を楽しむグルメだった。

 いや、グルメだと思っていたのだ。

 

 これから記す話は王様お抱えの占い師も、世捨て人と呼ばれた魔道士も誰もが信じてくれなかった。

 一部では大嘘つきのパーンなどと言われているらしい。

 あの日は王の勅命で近隣の森に出たという大型モンスター討伐の任を受けていた。近衛隊長指揮の元、キャンプを張り私は薪を拾いに行ったのである。珍しいキノコが自生していた丘を見つけそこに足を踏み入れた時、その地面そのものが大型のモンスターだったのだ。

 私は足を滑らせてもうダメだと思った時、巨大なモンスターの背中に扉を見つけた。常世の闇に続いているかもしれないそんな扉を開いた先、

 

「いらっしゃい。あぁ、今日は普通の人だ。私はイヌガミカナリア。この部屋の家主です」

 

 と黄色の服に身を包んだ若い女。何者だ? 魔物の背中にある扉の中に住まう者。恐らくは人ならざる何か、曰く妖魔と呼ばれた者か……私は私の家に代々受け継がれてきた魔法加護がついた金貨4枚の鋼の剣を向けて、

 

「私は、王宮近衛兵パーン! 邪悪な者と見た。差し違えてもこれ以上我が王都の民に涙と血を流させてなるものか! えいやー!」

「うわっ、ちょ! 危ない!」

 

 仕留めたと思ったが、私の剣は短剣に受け止められる。それを持つのは小柄な、それでいて数多のオーラを纏う美しい少女。

 

「貴様、何やつか?」

「勇者は勇者。かなりあの身の危険を感じ助けたり!」


 勇者を名乗る少女。いやしかし、その力は本物。そして何より私が驚いたのは信じられない事にこの謎の場所には魔物もいたという事だった。

 

「騒がしいが、オーガでもきたのであるか? やや、普通の人間と見受けるが……」

「も、モンスター!」

「いかにも悪魔の侯爵デュラハンである!」

 

 何故か首だけの魔物。この勇者を名乗る少女か、もう一人の全身黄色服を着た女に恐らく調伏されたのだろう。となれば話は別だ。

 勇者というのも事実、そして勇者が守ろうとしたこの女は大賢者様か何か、

 

「おぉ、知らぬとはいえなんという無礼、許していただきたい」

 

 誠心誠意謝罪した私を大賢者様は、

 

「あー、大丈夫です大丈夫です! よくこんな事あるんですよ。パーンさん、今から私たち一杯やるところなんんで、一緒にどうですか?」

 

 と指をクイクイと動かして何かを表しているようだが、最初意味が分からなかった。なんと、この大賢者様が飲む酒というのはジョッキでもグラスでもない。とても小さな、ぐい呑みという物を使って飲むらしい。

 

「今日のお酒は! この時期によく出回る。純米どぶろくでーす!」

 

 と大賢者様が持ってきた酒は、白く濁っているお酒。麦酒でもワインでもなく、見た事のない酒。

 

「金糸雀殿、えらく濁っているお酒だが?」

「甘酒に似ていると勇者は睨む!」

「あっ! ミカンちゃん、えらいわね! 確かに近いのよ。このお酒の飲み方が面白くて、とりあえず皆さん、上澄で乾杯しましょう!」

 

 状況についていけない私のぐい呑みにも入れていただいた酒、少し濁ってはいるがまだ透明なそれで、

 

「「「乾杯!」」」

 

 まさか、調伏された魔物まで一緒に酒を飲むとは、私は遅れて、

 

「乾杯」

 

 と続いた。この、“どぶろく“ もしかすると発音が違うかもしれないが、その酒について語る。甘さの中に口の中でとろみがある摩訶不思議な優しいまろやかなお酒なのだ。

 

「うーうん! 最っ高!」

「うみゃあ! 日本酒のもっとあまいやつ!」

「はっはっは、金糸雀殿の世界の酒文化には本当に驚かされる」

 

 私は話を合わせながらしっかりと聞いていた。かなりあ殿の世界。と、大賢者様の世界。ここは異次元、かつての伝承で聞いたことがある伝説の地、アルケイディアであると、

 何故なら大賢者様は私に奇跡をお見せされたのだから、

 

「はい! どぶろくのもう一つの飲み方。混ぜて飲みます!」

 

 下に沈殿している物と合わせて飲む? それは舌に絡みついてくる。噛んで飲める酒。私は自分の世界にもう戻れない覚悟でその酒を楽しんだ。妖精や精霊などの作る飲食を口にするとその世界の住人になってしまい。二度と自分の世界には帰られないという奴だ。

 いいだろう。であれば、私は全力でこの体験を楽しむ事にしたのだ。

 

「では皆さんおまちかね! おつまみは! 麻婆カレーです! と言っても麻婆豆腐とカレーライスのあいがけなんですけどね! ふっふっふ! 実は日本酒とカレー系は全然合ないんですが、不思議な事にどぶろくはフルマッチします! 結果として辛い麻婆豆腐も最高の女房となります!」

 

 言っている意味は分からないが、勇者が拍手をしているので、大賢者様はそれはそれは凄い料理をお作りになられたのだろう。

 私の前に出された一皿、マグマのように真っ赤な何かと、茶色のスープをもつ何か、いずれも見た感じでは食欲が湧かないが、視覚に対して嗅覚は真逆の反応を示していた。

 私に食べろと本当が囁いてくる。私は恐る恐る、それを一口。口に運んだ。

 

 

「うまー! カレーと麻婆豆腐。うまー! どぶろくが進む!」

「ほほう。金糸雀殿。これは新感覚であるなー、やや微炭酸のこの酒が、スパイスが効いた両者を引き立てている。見事だ!」

 

 勇者やモンスターの言う通りだ。これほどまでに計算された組み合わせがあるのだろうか? この甘く、口当たりと舌触りで楽しめる酒は非常に辛いこの二つの料理に合う。中心にある白い穀物もまた不思議と両者と喧嘩をせず、そしてどぶろくなる酒と混ざり合っても違和感を感じない。

 

 こんな酒とつまみ、恐らく海の向こうの国にも存在しないだろう。そんな物を一介の私のような者にお与えいただけるとは、大賢者様。感謝いたします!

 私が頭を下げて見せると、

 

「??????えっ? あ、どうも」

 

 大賢者様も私の礼儀が通じたのか頭を下げて返していただける。私はゆっくりと、じっくりとマーボーカレーなる食べ物を味わい、どぶろくをいただく。大賢者様は勇者はまだしも魔物に対しても、私に対しても腰低く。

 嗚呼、身分などという物を毛ほども気になされない方なんだろう。自分が恥ずかしくなって仕方がない。

 気がつけば、私は魔物とも勇者とも、そして恐れ多い事に大賢者様ともぐい呑みを合わせて愉快に飲んでいた。

 

「ほれほれ、デュラハン殿、飲んでくだされ」

「いやいや、パーン殿。これは手厳しい」

 

 どぶろく、非常に飲み易く酔いやすい危ない酒であるとここに綴りたい。確か、私は大賢者カナリア様と、勇者とデュラさんとどぶろくをがぶがぶと飲み、そしてまーぼーカレーなる食べ物。サンショウ、ソースやタバスコ、マスタード、ケチャップ、一味などと呼んでいた物。大賢者カナリア様の部屋、いいや工房には様々な見たことも味わった事もない調味料があり、恐らく私の世界では同じ重さのオリハルコン、伝説の金属と取引がされるレベルだろう。それらをかけて食べるまーぼーカレーの美味さは例える言葉が見つからない物であった。

 

 そう、私はどうやって大賢者様の工房から家に帰ってきたのかは分からない。もしかすると元の世界に帰れない私を不憫に思ってなんらかの計らいをしてくれたのかもしれない。

 

 だが、私はあれから何を食べてもあの大賢者様の部屋の食べ物と酒程美味しいとは思えないのだ。できる事ならもう一度あの場所へ行きたい。

 私は今も王宮近衛兵として働いている。嘘つきと罵られているのかもしれないが、この前とある招待状が届いた。

 そこには、異世界転移者、転生者の存在とその証明についてという会議らしい。正直興味はないが、あの場所に戻れるならと私は私の知っている事を出来る限りそこで語りたいと思う。

 異世界の証明、私を笑った者達に伝えたい。

 まーぼーカレーとどぶろくという酒は存在すると。

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