第32話 アラクネとホットケーキとホットバタードチャイと
さて、これは口には出さないし出してはいけないんだけど……
割とお金がヤヴァイのよね。そりゃそうでしょうよ。貧乏学生の私が二人養っていて、さらに飲んでたら誰か来るんだから、酒代はまぁほとんどかからないからいいとしてバイトを増やそうかしら……
そんな事を考えて家に帰ってきた私に、
「金糸雀殿、おかえりである。少しそこに座るといい」
「えっ? どしたのデュラさん」
と、デュラさんは深刻な顔で、というか顔しかないんだけど私の心でも読んだのかお金の話をし始めた。
「昨日、もやし炒めと焼酎のお湯割りを飲んでいて思ったのであるが、我ら、金糸雀殿に負担をかけているのではあるまいかと……勇者よ! 貴様もそこでねとげとやらを止めてこっちにくるといい」
ひっくり返ってミカンちゃんはゲームをしながら、一言。
「先ほどかなりあの口座に配信で得たお金を振り込んだ。問題なし、とはいえ少ない金額。外で仕事を受ける事にした。故に、動画配信はデュラさんに任せる」
は? 私は自分のスマホに入っている銀行アプリを見ると、確かに数万円動画投稿サイトからの振込が入っていた。そしてミカンちゃんは配信時に映った容姿からモデルの仕事まで勝ち取ってしまっていた。
無表情でピースを私たちに向けるミカンちゃん。この子を私の世界に深く関わらせていいのか分からないけど、まぁ私の生活が保障されるならどうでもいいかと本日の食事の準備。
私は1箱100円くらいの最強の食材を二人に見せる。
「最強の食材。ホットケーキミックスよ! 子供の頃はオヤツがホットケーキだったら嬉しかったな!」
ホットプレートを用意すると、私は卵、牛乳、ホットケーキミックスをボウルの中でダマが残る程度にかき混ぜる。
「それはなんであるか?」
「甘そうな匂い、勇者が好きな食べ物系と確信!」
ふふん、「デュラさん、生クリーム作ってください」
「承知した」
とデュラさんが生クリームを泡立て器でかき混ぜているのをみて、ミカンちゃんも、
「勇者は? 勇者も何かする!」
「ミカンちゃんはケトルでお湯を沸かして」
「ラジャー!」
そして私はホットケーキ作りに入ります。高いところからホットケーキの生地を温めたホットプレートに流し込む。
じゅわっ!
同時にガチャ。
まだお酒も用意していないのに、気が早いわね。
「ミカンちゃん、ちょっと見てきて」
「はーい」
そして勇者であるミカンちゃんを見て、「ぎゃああああ! 勇者ぁ!」と言うお約束の声、と言う事はモンスター系の方なんでしょう。
やってきたのは紅いゴスロリ調のドレスに身を包んだ淑女。
黒髪、黒い瞳のツインテールにチャイナメイクや病みカワ系メイクの美女、上半身はね……
下半身はアレね。
蜘蛛ね。ミカンちゃんに捕まれて半ば強引に連れて来させられてる。見た目と違って力強いのよね……
「あっ、いらっしゃい。私は犬神金糸雀。この通り、ホットケーキを焼いているJDの家主です」
「おー、アラクネとは珍しい。幻獣か神族か微妙なところに位置している種族であるな!」
アラクネ、アラクネ。スマホでググってみると背中から蜘蛛の触手が出てたり、下半身が蜘蛛だったりするモンスターだったり神様だったりするのね。
「なんなのかしら失礼しちゃうわ! 勇者なんてとんでもない奴もいるし……これが噂のモンスターハウス?」
「違います。私の家です」
「おバカな事を言うのはよしなさい人間。こんな狭いところに住んでいるわけがないでしょう! ワタクシが人間でないからってそんな嘘では騙されません事よ?」
「……すみません。狭いところで」
「アククネ、かなりあに謝れ! かなりあはこんな狭いところで生活をしている。勇者もデュラさんもここで一緒に生活をしている! この狭い部屋はかなりあの家」
うん、すごい傷つくけど、なんか私の肩を持ってくれるミカンちゃん。異世界の人はさぞかし広い家に住んでいるんでしょうね?
それは掃除が大変なんでしょうね!
「そ、そうなの? なんだかごめんなさいね金糸雀ちゃん」
「いえいえ、ところでアラクネさんは迷い込まれた感じですか?」
「えぇ、そうなのよ! 弟のミノタウロスの迷宮に遊びに行ったんだけど、気がつけばここに」
あー、ミノタウロスさんのお姉さん! どう考えても種族が違うけど、異世界って不思議ね。
でもそれなら話が早いわね。
「ミノタウロスさんも一度遊びに来られたんですよ! 良かったらアラクネさんも一息ついていきませんか? お菓子と、お茶、というかお酒を私たち飲もうとしていましたので」
「……あら、よろしくて?」
「えぇ! 是非是非。ホットケーキも焼けたみたいですし! 今日はちょっと面白いお酒を作りますので!」
用意する物はラム酒。バカルディ8。そして、チャイラテ、バター! チャイラテにバカルディ8を40ml、バターを小さじ1、ナツメグを振りかけると!
「はい! ホットバタードチャイラムです! それに付け合わせは四段ホットケーキ!」
ホットケーキ、生クリーム、ホットケーキと四段に重ねて8糖分に切った物にバターと蜂蜜をかけて完成!
「あら、とっても美味しそうな食べ物と……お酒? お茶みたいね」
「ふふふ。今日はちょっと趣向を変えてみたんです! ホットカクテル系ってあんまり飲んでなかったなと、じゃあ乾杯しましょう。今日はマグカップですので! 持ち上げて」
カチャンと合わすと割れちゃいそうなので上に上げて、
「「「「かんぱーい!」」」」
甘くて、あぁ優しくて落ち着く味。
「ほふぅ〜、あったかーい!」
「本当に美味しいですわね。お酒が入ってるからゆっくりお腹からあったまるわぁ」
「……美味しい! 甘いお茶。たまらないの」
「うむ。暖かいお茶に酒を混ぜるとは、これは仰天であるな」
ふふふのふ! 美味しいでしょ? グリューワインや熱燗、お湯割りだけじゃないのよ! チャイやココアなんかとラム酒の相性は抜群なのよ。そんな中でもお菓子と合わせて美味しいのはチャイなのよね。
「ホットケーキも食べてください! 滅茶苦茶合いますから!」
見た目で美味しいのが分かるホットケーキを前にみんなフォークでブッ刺して口に運ぶ三人。
「んんん! うまー! あまー! 勇者これ好き! これ大好きぃい!」
手足をバタバタさせて喜ぶミカンちゃん。甘い物好きだもんね? 実はデュラさんも甘い物は好きで、異世界の人は甘い食べ物がとても好きな傾向にある。多分、アラクネさんも……
「…………っ」
「大丈夫ですか? 泣いてますけど、口に合わなかったですか?」
「違うのよ。あまりにも、美味しくて……」
「うむ……チョコレート、キャンディー。恐ろしく甘い食べ物が金糸雀殿の世界には存在するからな。我々からすればちょっとした猛毒の如きである!」
「そうなんですか? まぁまぁ、ティータイムなのか晩酌なのかちょっと分からないですが、まだまだありますし、無くなったら焼きますからどんどん食べて、飲んでください!」
ミカンちゃんはガツガツと、アラクネさんは上品に、デュラさんは味わって、それぞれホットケーキを楽しんでいるので、私はせっせとホットケーキを焼く。ぷつぷつができてきたらさっとひっくり返して、こういうのって日曜日のお父さんとかの仕事よね。まさか私がこんな役回りになるとは思わなかったわ!
チャイも無くなってきたので新しく作っておく。ラムを少量シロップ代わりに入れるだけなので作るの楽なのよね。
ホットケーキを1箱作り終えたころ、ホットカクテルだったからか、みんなほろ酔いでホカホカ。アラクネさんが私を人間の腕と蜘蛛の脚で優しく抱きしめてくれた。
「金糸雀ちゃん。ありがとう! とってもあったかくなったわ! それに食べた事のない美味しい食べ物とお酒。今度ちゃんとお礼しますわ! 金糸雀ちゃんにはそうね。これを差し上げますわ!」
そう言ってアラクネさんはお花のコサージュを私の頭にポンと乗せる。そして私を見てにっこりと笑って頬を撫でてくれた。
「可愛い金糸雀ちゃんがより可愛くなったわね?」
皆さん、可愛い、可愛い言ってくれるのは嬉しいんですが……私、三本ラインのジャージなんですけどね……こんなゴスロリなお花を頭に乗せてジャージとか……ちょっとアレだなぁと思うんですけどアラクネさんのお気持ちなんでありがたく受け取っておきましょう。
「なかなか、ここに同じ人が来る事はないんですけど、また遊びにきてくださいね!」
「そうね! またね」
ガチャリと去っていくアラクネさん。ゴソゴソとミカンちゃんが戸棚から見つけてきたホットケーキミックスを私に見せて、
「かなりあー! これ作ってこれ! まだ食べたい!」
「これ、勇者。金糸雀殿は疲れているであろう。遠慮するといい。確かに頭がとろけそうになる程美味い食べて物ではあったが……」
オッケー、オッケー! 作りますとも! ホットケーキでもドーナッツでもアメリカンドックでも!
チャイは無くなったからホットバタードラムでも作ろうかしら。
尚翌日、体重計を前にして私は絶叫した。
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