第37話 イフリータとサイゼリヤとアルパカワインと
サイゼリヤって好きですか?
私は好きです。ファミレスとして見れば激安ですし、ワインを楽しみにワインバルとして使えばその際のオツマミとして使うメニューとしてもやはり安いです。本格的なイタリアンを食べたいと思えば、そういうお店に行けばいいわけですし、棲み分けとしてのサイゼリヤの存在はプチ貧乏学生である身分の私としては偉大です。
さて、ここで随分前に話題になった『サイゼで喜ぶ彼女』という議題について語りたいと思います。これが『サイゼで喜ぶ彼氏』だった場合はどうでしょう? 非常に可愛らしく思いませんか? しかし、『サイゼで喜ぶ彼女』“で”が問題なんでしょう。これが『サイゼも喜ぶ彼女』“も”であれば印象も変わってくるのではないかと思います。
まぁ、いずれにしてもサイゼリヤには罪はないのです。ここに一つの結論を付けたいと思います。かくして、
『サイゼも喜ぶ異世界の住人』となります。
本日、私はいろはさんの家に向かっています。何故か? 何故ならご飯をご馳走してくれるからという至って簡単な理由です。お酒の持参も不要というまさかの手ぶらです。これは期待を大きく上回る不安感を感じます。というか掃除とか嫌いそうだし、汚部屋に住んでそうないろはさん。
「むふー、ここがいろはの拠点なり?」
本日はデュラさんがお留守番。というか見たいテレビ番組があるらしくて、泣く泣く不参加。有名なバディ物の刑事ドラマね。私も大好きよ。いろはさんの家にテレビがないという悲しい事実を知らされて、デュラさんはスーパーのお寿司で一人酒。少し羨ましくもあるわね。
して、いろはさんの住んでいるところ……お巡りさん漫画で有名な比較的家賃の安い場所だけど……
「そうみたいね」
「要塞?」
はい、30階以上のタワーマンションです。その17階、インターフォンを鳴らすとオートロックが開けられるので私は戦々恐々としながらエレベーターに乗りいろはさんの部屋に向かう。部屋の前で待っているいろはさんは……本日はピンク色に髪の毛を染めている。そして一般的にダル着と呼ばれているビッグシルエット。
「いらっしゃー! 入って入って!」
「おじゃまします」
「邪魔はしないけど邪魔をするという疑問を覚えながら勇者はいろはの拠点にはいり」
入った部屋は……生活感が殆どないモデルルームのような部屋でした。意外と綺麗にしている事。というか、何故こんなところに住んでいるのか色々疑問は覚えるけど、あえて聞かない事にしましょう。
「あんねー、サイゼの冷食もらったからさー、ついでにサイゼのデリバリー頼んでコイツをヤラナイカ?」
ドンといろはさんが取り出したのは、ボックスワイン。それもスーパーの何処でも売ってるアルパカワインだ。
ドンドンドン!
誰か来た……まさかね。
「ちょっとみてくんねー」
そんな、まさか……まさかね。
「うわ! ボスモンスターいた! まぁ入って入って」
そんな声と共にいろはさんが連れてきたのは……真っ赤な髪に褐色の肌をした女性。羊みたいな角にエキゾチックな雰囲気を醸し出す露出多めのジプシーみたいな恰好。勇者ちゃんが首を捻っているので知り合いではなさそうね。
「はいはーい! この家の家主のいろはでーす。これ言ってみたかったんだよねー! かわいこちゃんのお名前は?」
「はわわわ! わ、わたしはイフリータ。先代イフリートから火炎神殿の守りを受け継いで、対魔王の力を得に来た勇者の為にあそこにいないといけないのに、どうしよ! もし、今きてたら……」
半泣きのイフリータさん。要するに、勇者のパワーアップイベントとかに出てくる。
「あぁ! お前の真の力を見せてみろ! みたいな試練系のイベント? だって、勇者ちゃん!」
そう、ぽかーんとしているイフリータさん。そうなんですよ。貴女が待っているべき勇者ですが、当分その火炎神殿とやらには来ません。何故なら、
「ご紹介に預かった。いかにも勇者なり!」
「えぇえええええ!」
ぼぉおおとイフリータさん全身から炎が、危ない危ない火事になる!
家主のいろはさんはその状況に腹をかかえて大爆笑。
相変わらず、すげー!
「まぁ、運命的な出会いもできたわけなので、一杯やろーよー! ね? イフちゃん!」
「イフちゃん?」
「イフリータのイフと畏怖する者をかけた高等なニックネームじゃん!」
「イフちゃん、うん。それいいです!」
いいんだ。絶対適当に言ってそうなのに、いろはさんはボックスワインとグラスを四人分用意すると、自分のグラスにワインを注いでみせた。
「ワイン飲み放題だから好きなだけついで好きなだけ呑んでね!」
という事で私達はアルパカワインをそれぞれ注ぐ。ミカンちゃんはなみなみと、イフリータさんはグラスの半分以下で、
「じゃあ! サイゼリヤで喜ぶ女子会に! かんぱーい!」
物議をかもしそうないろはさんのセリフと共に。
「「「かんぱーい」」」
アルパカの赤。カベルネ・ソーヴィヨン。なんだろう若いワインなのに香がよくて甘みが強い。酸っぱさと渋みは抑えめでテーブルワインらしいテーブルワインね。
「はぁああああ、おいしー! いろは様。こちらお代わりは」
「どんどん飲んじゃっていいのよ。イフちゃん」
悪魔のささやき。そしてイフリータさん。完全に呑兵衛ね。一方のミカンちゃんは……黙って飲んでる。時折グラスを振って。いつもならうきゃああと喜んでるのに、そんなミカンちゃんに気付いたいろはさんは1.5Lのジンジャエールをドンと置いてミカンちゃんのワイングラスを奪うとカクテルグラスに入れて氷とジンジャエールで即席キティを作る。
「勇者ちゃんはこっち系のが好きでしょー」
「んっ! うきゃあああ! 美味い! そう、勇者はシュワシュワを所望した」
さすがはガールズバーのエース。テキトーに見えて全体をしっかりと見てるわね。
ピーピーピーと電子レンジの音がする。いろはさんが運んできたのは、サイゼで不動の人気を誇る。
「はい、ミラノ風ドリアとポップコーンシュリンプ」
実は全然ミラノ風じゃないミラノ風ドリア。私の大好物よ! 紙のお皿に適量とって……もう、なんでこんなに美味しいのかしら。子供の頃の幸せを大事に残していてくれるようなこの味。
「うめー! ぎゃははは! ワイン進むねー。ほらほら、イフちゃんやっちゃってー!」
「はい、はむっ……んんんっ」
あっ! イフリータさん、美味しそうにミラノ風ドリアを食べている彼女。まさにアレね。そりゃ異世界の人たちからすれば私達の世界の料理の破壊力は想像を絶するのを私は何度も見てきたんだから。
「うまいうまい! これ! 勇者超好き! ミラノ風ドリア神!」
ほら!
そして追いかけるように口にするテーブルワインの美味しい事。おかわりもーらお!
「これは? 虫?」
「これはね? エビだぜ! まぁ海の中にいる虫?」
「へぇ、おいしい! 私、エビ好きです」
「ボクもー!」
いろはさんめ、テキトーな説明して!
えっ……いや、まぁ甲殻類だけどさ、虫とか言われるとちょっと抵抗があるんだけど……
「うまー! ぽっぷこーんシュリンプうまー!」
異世界の人って虫とかも全然いけるのね。まぁ今更エビ無理!! とか言う私でもないわ。サイゼリヤの謎のソースにつけて食べるポップコーンシュリンプの美味しい事よ。ワインと洋食の組み合わせって当然ながらなんでこんなに美味しいのかしら。
「はいはーい! そろそろ素でワインばっかり呑むの飽きてきたっしょ? はい、辛味チキンよ! 勇者ちゃんと同じく炭酸系で……いっちゃってー!!」
コーラ、炭酸水。そういえばキティ以外にもカリモーチョとかスピリッツァー・ルージュとかワインのお手軽カクテルってわりとあるのよね。
私にはアルパカのコーラ割り。要するに即席カリモーチョを渡してくれるいろはさん。
「今年成人式っしょ? フランスでは成人が最初に呑む酒なんだってー! 勇者ちゃんはキティでいいとしてイフちゃんはスピリッツァー・ルージュが好きそうね。はい」
「いろは様、ありがとうございます!」
そう言ういろはさんはそのままアルパカを楽しんでる。この人、本当にヤバい飲み方をするけど、バーテンダーとしてはちょっと勉強になるのよね。
みんな辛味チキンを両手で持って……あぁ、絶対に裏切らない味。ビールもいいけど、たまにはこういうペアリングも悪くないわね!
「このお肉。辛くて、なのに味がしっかりわかって、こんなのフェニックスより美味しいじゃないですかぁああ!」
サイゼリヤ様、御社の辛味チキン。異世界のフェニックスより美味しいそうですよ。
やったね!
それにしても何も考えない量をいろはさんはポップコーンシュリンプも辛味チキンもだしてくれるんだけど、ミカンちゃんとイフリータさん一心不乱に食べてるので、相当気に入ったのね。
ピンポーン!
誰か来た。さすがに異世界の人じゃないわね。
「サイゼきたー」
いろはさんはそう言って再び玄関の前で待って持ってきたのは、熱々のピザ。
「ピザ到着よーん! エスカルゴもデリバリできれば最高なんだけどー、ここはコストコのガーリックバターエスカルゴで代用しちゃうぜ!」
まさか、まさかとは思うんだけど、いろはさん。サイゼで喜ぶを本気で再現したくて今日私達を呼んだんじゃ……
「もちもちぃ、勇者はピザという食べ物に心から敬意を払う」
「チーズがよくのびて。これもおいひーです。ねぇ? 勇者、このでんでん虫も最高!」
「うん。たみゃらん」
ピザ美味しいわよね。トマトとチーズとピザ生地なんて戦士と魔法使いと僧侶くらい相性いいじゃない。仲いい者同士で仕事してるんだから美味しくないわけないのよね。エスカルゴ……つまようじでくりっとこれはカリモーチョより、ワイン単体の方がいいわね。
「こりこりしておいひー、いろは様はこんな高いところにお住まいで、きっとさぞかしお偉い方なんですね?」
「うん、アルバイトリーダーさ!」
微妙に偉いのかどうか分からないけど、イフリータさんは尊敬の眼差し。事実上飲み放題のアルパカを相当飲んで、いろはさんが用意してくれたサイゼリヤの食材とコストコのエスカルゴが綺麗に無くなった時、いろはさんは私達にデザートを配ってくれた。
「サイゼリヤといえばミラノ風ドリア……だけど、双璧の人気を誇るのがボクはこのイタリアンプリンだと思うの! プリンだけ売り切れてセットデザートを頼んだ時にティラミスを二個つけられた時の絶望といえば心がすくおもいだったなー! という事で、カナはもう分かってると思うけど、勇者ちゃんとイフちゃんは! はじめまして、イタリアンプリン! そしてこの美味に溺れちゃいなー!」
あー、サイゼリヤのプリンねー! これ、本当に美味しいのよね。最初はティラミスが珍しかったから人気だったけど、すぐにプリンの方が人気になってよく売り切れてたのよね。これをこの世界の味に全然なれていないイフリータさんが食べたら……
「……うぅ、あぁああああ! こんな美味しい食べ物があるなんて、あんまりですー!」
泣いちゃった。ミカンちゃんは一口食べるごとに放心してる。お話を聞く限りでは異世界にもちゃんとお菓子はあるんだけど、いずれも私達の世界の水準には至ってないのよね。綺麗に食べ終えると、ミカンちゃんが手を合わせる。
「ご馳走様。いろは、とても美味しかった。勇者は満足。かなりあー、帰ってゲームしたい」
「そうね。デュラさんは大丈夫だと思うけど、年頃の娘があまり夜遊びはけしからんってデュラさんに怒られちゃうから、帰りますね! いろはさん、ご馳走になりました」
帰ろうとする私達を見てイフリータさんも、
「すっかりご馳走になってしまいました。私も、えっ?」
イフリータさんの手を掴んでにんまり笑ういろはさん。まさか……イフリータさんも私の家に? さすがにそれは、
「イフちゃん。勇者ちゃんここにいんじゃん?」
「えぇ、はい」
「戻ってもぜってー勇者ちゃんこねーじゃん?」
「そうですね」
親指を自分に向けていろはさんは、
「ウチ、住んどく?」
凄いイケメン顔でいろはさんは、イフリータさんの同居を勧める。まぁ、いろはさん的には楽しそうだからという理由だけど、何を思ったのかイフリータさんは両手で顔を抑えて号泣。
「お世話になって、いいんでしょうか?」
「なっちゃえよー! ボクは一向にかまわないぜ!」
そして異世界からもう一人、この世界に留まる人(?)が来ました。また異世界の人はサイゼリヤ“も”当然喜ぶという事を知った私はミカンちゃんと手を繋ぎながら家に帰ります。
「ミカンちゃん、コンビニでアイス買ってかえろうか?」
「その提案は素晴らしいと称える! 勇者はチョコモナカジャンボ! デュラさんは白熊」
「わたしはチョコミントアイスかなぁ」
異世界の人、というかミカンちゃんも難色を示す食べ物が一つあるのよね。それが、私の好きなチョコミント。
「あれは歯磨き粉の味がする。勇者は少々理解に苦しむ」
「なんでよー。おいしいじゃない!」
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