第38話 ポーターと餃子とホッピーと
私が個人的に自家製の方が美味しいと思う食べ物がある。カレー……はお店で食べる方が美味しいわね。例えばおでん、例えばミートソーススパゲッティ、最近はミートソースじゃなくてボロネーゼなんて混ざってるのになってたりするけど、でも私が一つ選びなさいと言われたら、迷う事なくこれを選ぶわ。
「今日は餃子を作ります。何故なら明日でかける予定がないからです」
「ギョーザ? 勇者は意味深な名称に期待を隠せずにいる!」
「ううむ、何やら暗黒系魔法のようであるが、食べ物であるか?」
既にタネは作ってる。豚ひき肉、キャベツ、ニラは多め。ニンニクひとかけ、これに醤油、酒、胡椒、ごま油、片栗粉、少量のタバスコ、生姜、お塩、そしてサラダ油を入れて混ぜ合わせた特製のタネ。
後は市販の餃子の皮に皆んなでせっせと餃子を作るの。
「こんな感じで、デュラさんはこの100均の餃子を作る道具で作ってくださいね!」
「了解したである!」
「ああーん、勇者もそれ使いたいー!」
「と、言うと思ったからもう一つ買ってあるわ! とにかく一心不乱に作るわよ!」
ギィ……来たわね異世界の人。さぁ、どんな人が……ひょこっと顔を出したのは帽子を被った男の子。そして身の丈を遥かに超える巨大なリュックサックを背負っている。
「こんにちはー……ここはダンジョンの奥地ですか?」
「いいえ、ここは私の家ね。私は犬神金糸雀。あなたは?」
男の子は巨大なリュックを背負ったまま、お辞儀。すごいバランスね。男の子は、
「僕は冒険者のサポートを行うポーターのテオです。今回、攻略していたダンジョンでトラップを踏んでしまい落とし穴の落ちた先が、こちらで隠し部屋かと思ったんですが……」
私が言葉をかけるよりも先に、ミカンちゃんが、
「そこなポーター。今勇者達はギョーザ作りクエスト中。手伝って!」
「ゆ、勇者様?」
「いいから早く手伝って!」
「はい、ただいま!」
テオくんはミカンちゃんに言われてせっせと餃子作りを見よう見まねで作ってくれる。
上手ね!
「料理とかも基本ポーターの仕事ですから」
「へぇ」
「時には強力な道具で魔物を蹴散らす輩も存在しておるから我ら魔王軍も警戒しておる」
「……あの、先ほどから気になっていたんですが、魔物ですよね?」
かくかくしかじか状況を説明するとテオくんは妙に物分かりが良かった。
「なるほど、ここがいろんな場所からの中継になっていると……何故なんでしょうね? それらしい魔法の道具とかは見当たらないですけど」
「そうなのよねー、不思議でしょ? ふぅ、テオくんのお陰でとりあえず100個できたわね。じゃあ焼きながら、飲みましょうか?」
本日のお酒は、ホッピー! かつてビールが高嶺の花としていた時代のお父さん達の代用ビール。低アルコールの炭酸ビールティスト飲料ホッピーに、焼酎なんかで割って呑む昭和や大衆居酒屋を代表とするお酒。
こちらを本日は……
「キンキンに冷やしたウォッカで作ります! もちろんジョッキも冷蔵庫に入れておきました!」
シュポ! シュポ! ホッピーの王冠を開けるとみんなのジョッキにホッピーを注ぎ込む。お店とかだと氷が入っているんだけど氷を入れるのは邪道よ!
そして目安7%くらいになるようにウォッカで割ってあげると……
「さぁ! 大衆居酒屋? 昭和感? おじさん臭? そんな物を吹っ飛ばしたオシャンティなホッピーで!」
乾杯!!
「きゅうぅうぅ! このお酒、キンキンに冷えてやがると勇者は宣言する!」
「なんというワイルドな酒か、この前のビアボールとは違い刺々しさがクセになる」
そう、いいお酒に慣れている二人に対して、テオくんは全然違う反応を見せてくれた。
「これ、麦酒でしょうか? にしてはややきつく、そして想像を絶する美味しさです。どんどん水のように飲めてしまいます」
そう? ほんとコスパいいのよねぇホッピー! アルコール濃いめにして二杯くらい飲めるし、業務用でも良かったんだけど炭酸が抜ける事を気にした兄貴が販売用のホッピーを大量買いしてるのよね。
「じゃあ乾杯したところで、今日のおつまみ! みんなで作った餃子を焼いていきまー!」
油を引いたホットプレートにイン! 羽根を作るのに水溶き小麦粉の準備も万端よ。
「かなりあ、ポン酢で食べるの?」
「妖怪ポン酢大好きなミカンちゃん、今回は即席餃子のタレだからポン酢にラー油を数滴垂らして使うの!」
全員分小皿にタレを作ると、私はホットプレートの蓋を開けて素早く水溶き小麦粉を流し込む。
匂いだけでジョッキのホッピーがなくなっていく。みんなそれぞれホッピーを消費したところで二本目。ホッピーのナカもソトもはっきり言って無限にあるからまさにホッピーバーね!
「さぁ、ひっくり返して! お帰りなさい! 餃子!」
油の中に薬味の香りが漂う。否応なしに嗅覚を刺激し、それは空腹スイッチを全開にしちゃうのよね!
「タレにつけて食べてみてください!」
ミカンちゃんとデュラさんが、恐れもせずに餃子をパクり。
「これ! 勇者が作ったやつ! 勇者が作ったやつちょーうまー! 勇者の作ったやつが口の中に残っている内にホッピー…………さいきょー! 手が、止まらないのー!」
くうあああ、ぷはぁあああ! とミカンちゃんは全身で餃子とホッピーのペアリングに感動し、デュラさんは自ら作った餃子を食べて、ミカンちゃんとは対照的にホッピーをクピりと、からの。ダムが決壊したようにジョッキを飲み干す。
「なんという破壊的な組み合わせ! 我らが作ったこの餃子なる完成された美食、形状良し、歯触りよし、歯ごたえよし、味良し、そこにまた自ら作ったホッピーで味わうこのどちらでも自分で苦労して見つけた黄金比……言葉にできぬ美味さ! 勇者の言う通り、食べる手が止められぬ!」
うぉおおお! と二人はホッピーと餃子をこれでもかと飲み食いする。そんな二人を見た後に、テオさんは……
「いただきます。僕らが作ったこの食べ物は蒸し焼きにするんですね。あぁ、カリカリふわっふわっで、シャキシャキ。肉汁の中に、各種素材の旨味が流れ込んできます。そうか。中の肉の餡に味をつけてるんですね。この食べ物はこの麦酒で食べる為に生まれてきたみたいです。はぁああ、おいしー!」
餃子とビールは日本の文化よね。ホッピーはビールじゃないけど。私たちはニンニクとニラの元気を取り込みながらホットプレート一面の餃子を平らげた。
さて、栓抜きで、
シュポン! ホッピーの王冠を開栓してか……ら……の!
「第二弾焼いていくわよ! 100個も作ったんだから! まだまだあるからね! 次はビール焼きをします」
ビール焼き? という三人が不思議そうな顔をしたので、私はアサヒスーパードライのミニ缶を見せるとそのプルトップを開けて、ホットプレートに注ぐ。
「ああん! 勿体無い! かなりあ! 酒を無駄にするな!」
「一体、金糸雀殿。どういった心境の変化か……」
驚愕する二人に対して、テオさんはちょっと反応が違った。彼は冒険者のサポーターとして料理をすることもあるから、
「麦酒は飲む以外にも調理にも僕も使っていましたが、まさか蒸し焼きに麦酒を使うと言う考えはなかったです」
通常よりもちょっとカリカリになるのよね。これは昔、居酒屋にいた土建屋のお兄さん達に教えてもらった食べ方なんだけど……おすすめ。できれば黒ビールが良かったんだけど、ミニ缶が売ってなかったのよね。
ビールの蒸し焼き餃子をおつまみに、偽ビール。ホッピーを合わせるの。もちろん、合わないわけがないわ。
「うきゅうううう! ウマウマ。これ、クセになる。勇者はちょっと、ギョーザになら支配されてもいいと申告す」
「確かにいくらでも入っていく危険な組み合わせであるな……」
テオさんはそのビール蒸餃子を一つ食べてホッピーで流すと、大きなリュックから銀色のグラスを取り出した。
「金糸雀さん、ご馳走になりました。こんな美味しい物を食べてて、冒険者の皆さんがお腹すかしてないか心配になっちゃいました。僕は餃子のお陰で元気一杯です! これ、お礼に銀食器ですのでそこそこの値段で売れるかと」
サポーターの仕事を思い出したのね。流石に引き留めるわけにはいかないから、私はその銀のコップは受け取らずに、ホッピーを10本、そしてまだ焼いていない餃子を包んでテオさんに渡した。
「ああん、勇者まだ食べたいのにー!」
「また今から作りましょ」
私たちはテオさんを見送る。テオさんが冒険者のみんなに餃子とホッピーを振る舞ったかまでは分からない。だけど、異世界のある地域における名物で、麦酒と味付けお肉を小麦粉で包んだカナリア焼きと言う食べ物が名物になっているとか言うお話を私はきっと生涯しる事はないだろう。
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