第36話 後宮女官と湯豆腐と自家製梅酒と
皆さんこんにちは、犬神金糸雀です。
朝起きた時、寒いなぁ、寒いなぁ。
と思いました。恐る恐る半目を開けると私のベットの掛け布団が無くなっていたんです。怖いなぁ、怖いなぁと思ってふと横を見ると掛け布団にくるまっているミカンちゃんの姿があったんですね。
私は節約で朝の6時にエアコンが切れるようになってます。しばらくは暖かい部屋なんですが、急速に冷え出して今に至るわけね。
「くちん!」
まずい。非常にまずいわね。風邪を引くと病院代諸々無駄にお金がかかっちゃう。こんな時は暖かい食べ物に暖かいお酒。
朝からお酒?
ふふん。本日は大学の授業はお昼にオンラインで一コマあるだけ、大丈夫!
何も大丈夫じゃないんだけど、背に腹は変えられないので、私は素早く着替えを済ますと冷蔵庫と睨めっこ。豆腐が二丁、白菜、とろろ昆布。これは私に湯豆腐を食べなさいと言っているわね。
シュポッ! コンロの火で温まる瞬間、冬を感じるわね。
「はぁああ暖かい」
「かなりあ、朝ごはん?」
パンダの着ぐるみパジャマに包まれた勇者ちゃん事ミカンちゃんが鍋を覗き込む。こういう格好って実はよほど可愛いいか自分に自信がないとできないんだけど、そのどちらも兼ねているミカンちゃんに嫉妬の朝ね。
「うん、湯豆腐食べようかなって思って」
「おぉ! 勇者は湯豆腐はすきー! ポン酢」
「ノンノンミカンちゃん、今日はポン酢等の薬味は使わずに食べれるこれで作ります」
私が見せたのはおでんの出汁。最近流行りのおでんの〆に食べるとう飯。おでん出汁が染み込んでる豆腐が美味しかったので、そもそもおでん出汁で湯豆腐したらいいんじゃない?
というのが私が導き出したアンサーよ!
そして、お酒は……兄貴が漬けまくっている果実酒の中から、今日は梅酒。ホワイトリカーで漬けてる物、ブラックニッカ(ウィスキー)で漬けてる物、VOブランデーで漬けている物。そして、私が漬けた砂糖を一切入れていない梅酒。この四種類をドリンクバーならぬ、梅酒バー。
ガチャガチャ
「ごめんください」
「はいはい、ただいまー……わぉ!」
本日のご入店というか迷い人さんは、あれね。可愛い中華系民族衣装を身に纏った女の子。なんだかぐっと親近感が湧くのはなぜかしら。
「こちらは? 主上の為の湯ぐすりを取りに行った所、宮廷の中からこちらに……」
「ええっと私は犬神金糸雀。この部屋の家主ね」
「……仙道の方?」
「どちらかというと学士ね」
「そちらの方も?」
「ええっと、衛士かしら、あともう一人が」
ふよふよと兜の生首が浮いて向かってくる。
もちろんデュラさん。
「これはまた珍しい服を着た者であるな。人間の模様」
「きゃ、きゃあああ! 妖魔? 妖怪? なんですかここぉ!」
大きく口を開けて驚き方がなんか可愛い。これはあれね……この子は、所謂主役級ね。
「まぁそうね。ここは人ならざる人や普通の人がなぜか迷い込んでくる普通の人である私の部屋ね。異世界水準でいうと狭いらしいわ。ところで貴女は?」
少女はややデュラさんを気にしながら私たちに自己紹介をしてくれた。
「イーファと申します。武王妃様の後宮で官吏として働かせていただいています」
「……で、実はその武王妃様だったり、あるいは他の女官の人より武王妃様の寵愛を受けていたり……その事から色々事件に巻き込まれたりして、わりとイーファさんは顔がきく……みたいな?」
まぁ、大体中華ファンタジーの受け売りだけど……さてさて、
「金糸雀様にはかないませんね。なんでもご存じ。恐らくは人ならざる何か、妖仙の類とお見受けします」
「普通に違うけど、まぁそんなことより。せっかくだから湯豆腐食べませんか? 美味しいお酒もありますよー」
グツグツといい匂いがするおでんだし湯豆腐。まぁ、ガチの官吏の人なら即効で戻っちゃいそうだけど、こういう子は……
「いただきます!」
ほらね。
よだれなんて垂らしちゃって、食いしん坊キャラでもあるのね。設定盛り盛りね。梅酒の方はどうしようかしら、みりん(かつては嗜好品として飲まれてたらしいわよ)や梅酒は女、子供の飲み物って言われてたけど、現在の梅酒はスピリッツで漬けるから度数も結構高いし、キツイのに飲み続けてしまう魔性のお酒。
「はい、イーファさん、夜の花とでも書くのかしら? はい、ミカンちゃん。はいデュラさん」
みんなの手元に湯豆腐の入った器が配られ、まず最初の一杯はお猪口で、ブランデー梅酒のストレートね。
「ではでは、朝から飲むというこの背徳的な一杯とイーファさんとの出会いに!」
かんぱ〜い!
キュッと一口でいく。あぁ、甘ーい。そしてお腹からじんわりと温かくなってくる。そして口の中を梅の香りが……
「ウマウマ!」
「うむ、この果実酒たまらんな!」
「金糸雀様、なんです杏のお酒? ではなく、これは梅でしょうか」
「正解よ! ささ、梅の風味が残っている間に湯豆腐を行っちゃって!」
そしてオンザロックを素早く用意する。お酒作るのもう職業病みたいになってるわね。二杯目からはしっかり湯豆腐をおつまみとして腰を据えて飲める飲み方よ。
「このお豆腐、ふわふわで、しかもとても味わい深い味が染みて……おいひぃですぅ!」
目を瞑っておいしさを体全体で表すイーファさん。
控えめに言ってクッそ可愛いわね。同じ可愛いでもミカンちゃんは器を隠すようにガツガツ。一口ごとに満足するイーファさん。イーファさんが女の子の理想とする食いしん坊キャラで、ミカンちゃんは男の子の理想とする食いしん坊キャラといったところかしら?
「とろろ昆布がまたにくいであるな!」
「んまい。ポン酢を使わない湯豆腐やばし」
うんうん。このおでん出汁で作る湯豆腐は正解だったわね。もう一丁豆腐を一口大に切り分けてお鍋にイン。その間にポットにお湯、炭酸メイカーで炭酸水を作り、アイスペールに氷。ミネラルウォーター。
そしてその前に梅酒の瓶を並べる。
「はい! 右から今まで飲んでいたブランデー梅酒、その隣がウィスキー梅酒、でホワイトリカーの梅酒、同じくホワイトリカーの砂糖無しよ! 好きな飲み方を試してみてね!」
イーファさんはその光景を見て、いや兄貴の部屋に飾ってある多種多彩のお酒を見て、
「金糸雀様は薬師様なんでしょうか? このような美味しいお酒を沢山」
「梅酒はですねぇ。私の世界というか、国の文化というか……あっ、イーファさんって確か薬湯取りに行ってたんですよね?」
「えぇ、はい」
私はすかさずウィスキー梅酒を取り出すとそれでをお湯で割る。ナイトキャップにはもってこいでしょ。
「これよければ少し持って帰りませんか? お湯で割ってあげるだけでぐっすりいけちゃうんじゃないですか!」
「いただきます……あぁ、梅の香りが広がって、先ほどと違ってポカポカが最初から続きますね」
本来自分で作った梅酒は自分一人で呑む為の物で誰かにあげたりしてもいけないんだけど、異世界の人ならいいでしょう。私は空いている瓶にウィスキー梅酒を入れるとそれをお土産にイーファさんにお渡し。
「さぁ、豆腐はまだまだありますので!」
「勇者はこの砂糖が入ってないのをソーダで割るのが好き!」
ミカンちゃん渋いわね……
「我はホワイトリカーなる酒につけてある物をストレートであるな!」
さすがは悪魔の公爵デュラさん、一番安定の飲み方を知ってるわねー。イーファさんはブランデー梅酒のロックがお気に召したみたい。
日本酒やワインに漬けた梅酒はメーカーの物はあるんだけど、自家製すると酒造法の問題で引っかかるから泣く泣く兄貴も作らなかったみたいね。
おでん出汁のよく効いた湯豆腐に梅香る梅酒のペアリング。口の中が幸せになるこの瞬間。
湯豆腐がなくなる頃。
「金糸雀様。長々とご馳走になってしまって」
「いーえー! 可愛い女の子を見ながらお酒飲めるって私も至福だったわ。それじゃあ武王妃様によろしくね」
「はい! ぜひ、今度武王妃様の後宮にお立ち寄りください! 誠心誠意おもてなしさせていただきます」
私は笑顔でイーファさんを見送った。きっと彼女はこれから様々な厄介事やらに巻き込まれてそれでいて成長し、多分イケメンといい感じになったりするのだろう。
そして私は時計を見て考えることをやめた。
あまりにも湯豆腐と梅酒が美味しいのと、イーファさんが愛らしかったので時間を忘れて大学の授業すっぽかしてたわ。
というか朝が一番冷えるんだからエアコンが切れる時間を2時間遅めにすれば良かったじゃない……私のバカ。
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